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電波 第10話

「じゃあ、また後で」


 


火宮拓哉はそう言うと、だるそうに片手を上げ、そのまま総監室へ入っていった。


 


まるで上司の部屋へ入る態度ではない。


 


綾乃は呆れながらも慌てて後を追う。


 


総監室。


 


広い。


 


重厚な机。

壁一面に並ぶ資料。

歴代総監の写真。


 


だが、その空気は普通の“警察組織”とは少し違っていた。


 


静かすぎる。


 


まるで、この部屋だけ外界から切り離されているようだった。


 


警視総監・糠田は窓際に立っていた。


 


都内の景色を見下ろしながら、低い声で言う。


 


「座れ」


 


火宮はソファへ雑に腰を下ろす。


 


綾乃も慌てて頭を下げ、隣へ座った。


 


糠田はしばらく二人を見つめていた。


 


そして。


 


「今日から二人には“Mファイル”を担当してもらう」


 


静かな声だった。


 


だが、その言葉には妙な重みがあった。


 


「Mファイル……?」


 


綾乃は思わず呟く。


 


聞いたこともない名称だった。


 


糠田は険しい顔のまま続ける。


 


「正式名称は“Misfit File”」


 


「警察庁、防衛省、公安、内調……あらゆる組織が処理不能と判断した特殊案件をまとめた極秘資料だ」


 


綾乃の表情が強張る。


 


「特殊案件って……」


 


火宮が横から口を挟む。


 


「幽霊、人体発火、集団失踪、UFO、原因不明の怪死体……その辺です」


 


「っ……」


 


綾乃は火宮を見る。


 


冗談を言っている顔ではない。


 


糠田は重々しく頷いた。


 


「表向き、それらは事故か未解決事件として処理される」


 


「だが現実には、“説明できない事件”が存在する」


 


部屋の空気が冷える。


 


綾乃は思わず唾を飲み込んだ。


 


すると火宮が、まるで日常会話のように尋ねる。


 


「……で、今回は?」


 


糠田は机の上へ一枚の写真を置いた。


 


新宿駅ホーム。


 


規制線。


 


そして、首のない男の遺体。


 


綾乃の顔色が変わる。


 


「今朝七時四十二分。新宿駅で発生した変死事件だ」


 


火宮は写真を見つめたまま呟く。


 


「また“鳴った”か」


 


綾乃が振り向く。


 


「え?」


 


糠田は苦い顔をした。


 


「現場にいた全員の携帯電話が、一斉に発信不能の着信を受けている」


 


「発信源は不明」


 


「通信記録にも残っていない」


 


綾乃の背筋に寒気が走る。


 


実夏。


 


妹も今朝、新宿駅にいた。


 


嫌な予感が胸を締めつける。


 


火宮は淡々と写真をめくっていく。


 


「被害者は?」


 


「会社員・杉浦健一。三十五歳」


 


「死因は?」


 


糠田は沈黙した。


 


そして静かに答える。


 


「不明だ」


 


「頭部だけが消失していた」


 


綾乃の顔が青ざめる。


 


だが火宮は驚かない。


 


まるで予想していたように。


 


「断面は?」


 


「異常なほど滑らかだ」


 


「熱反応なし。切断痕なし。血液流出も極端に少ない」


 


火宮は小さく鼻で笑った。


 


「相変わらず雑だな」


 


「何がですか?」


 


綾乃が思わず聞き返す。


 


火宮は写真から目を離さない。


 


「“向こう側”のやり方だ」


 


「向こう側……?」


 


その時。


 


ザザ……


 


 


部屋のスピーカーから微かなノイズが流れた。


 


綾乃の肩が跳ねる。


 


火宮だけが静かに顔を上げた。


 


「……来てるな」


 


「火宮」


 


糠田の声が低くなる。


 


「今回は公安も動いている」


 


「御影が介入してくる可能性が高い」


 


その名前を聞いた瞬間。


 


部屋の空気が変わった。


 


火宮の目が細くなる。


 


「……あいつか」


 


綾乃は二人を見た。


 


何かある。


 


明らかに。


 


だが、その時。


 


綾乃の携帯電話が震えた。


 


ブルッ――


 


画面を見る。


 


非通知。


 


そして。


 


 


《CONNECTED》


 


 


綾乃の呼吸が止まる。


 


火宮が静かに呟いた。


 


「出るな」


 


だが。


 


携帯電話のスピーカーから、勝手に音声が流れ始めた。


 


ザザ……


 


 


――聞こえるか


 


 


綾乃の顔から血の気が引いた。


 


その声は。


 


今朝、エレベーターの中で聞いた声と同じだった。


 

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