第76話 穏やかな時間
パニーニの屋台の列に俺たちも並ぶ。
順番が来るとお姉さんが俺に気づいた。
「坊や! 並んだのかい?」
「うん。お姉さん、おはよう」
「次からは並ばなくていいからね」
「え? いいの?」
「もちろんさ、坊やのレシピのおかげで売上2倍だよ! ありがとうね」
おお、昨日の今日で2倍は凄いね。
「どういたしまして。お姉さん、何個買えるかな?」
「数が欲しいのかい?」
「うん」
お姉さんは少し考えて、俺たちの後ろに並んでいる人達に声を掛けた。
「あんた達、悪いけど明日きてくれるかい?」
「ええ~、せっかく並んだのに」
「そりゃないぜ」
文句を言ってこっちを睨んでくるのは、若い冒険者だ。
「悪いね、この人達で売り切れなんだよ」
「彼らの明日の分は、こちらで払おう」
リックがお姉さんに言う。
「いいのかい?」
「構わない」
「助かるよ。あんた達、聞いたね。明日の分はこの人が払ってくれるから無料でいいよ」
「は? 料金だけ払って、いいわけないだろ? 俺達が待っていた分も上乗せしてもらおう」
はぁ……何を言っているのか。
俺達で売り切れたなら、それで終わりだろ。
呆れて見ていると、リックが彼らに近づいて行く。
ああ、可哀想に。
でもリックは優しいから大丈夫、良かったね君たち。
リックが彼らに、何かを小声で伝えた。
すると、冒険者は直立不動になり、リックが離れると一目散に走って逃げた。
何を言ったのだろうか。
リック、優しくなかった。
「彼らは不要とのことだ」
リックが笑顔で言う。
「そ、そうかい。なら、20個は作れるよ。いくつ必要なんだい?」
お姉さんは、引き攣って笑いながら聞いてくれる。
「じゃ、20個ちょうだい」
「あはは、了解。ちょっと、待っていてくれるかい」
「うん、お願い」
しばらくお姉さんが作る様子を見て、出来上がったパニーニを受け取った。
リックはお姉さんに、冒険者分の料金も支払っていた。
男前だね、リック。
翼亭に着いた頃には、お昼時間は終わっていた。
食堂が閑散としていたので、寄ってキッチンへ声をかける。
「アーク、イザベラ」
エドガーが厨房へ声をかける。
すると、アークさんが顔を出した。
「お前たちか、早かったな」
リックは軽く会釈する。
「まぁな、アークだけか?」
「ああ、イザベラは出かけている」
「あれだけレオに会いたいと言っていたのに、タイミングが悪いな」
「ああ、まったくだ」
イザベラさんいないらしい。
ちょっと、ホッとする。
嫌いじゃないが、あの熱量は苦手だ。
「アークさん、これ良かったら食べてください」
「ん? これは?」
「パニーニだ。昨日から屋台で売られ始めて人気だぞ。な?」
エドガーはニヤッと笑って俺を見る。
不思議そうにするアークさん。
「屋台で思いついたのを、作ってもらったんです。そしたら屋台のお姉さんが、美味しいから販売していいかって」
「販売を許可したのか?」
「はい」
「まさか、無料で?」
頷くと、アークさんは呆れた顔をした。
「料理のレシピは秘匿なんだぞ」
「その代わり、並ばなくていいって言ってくれたよ」
「それと、レオは無料だ」
リックが言う。
「え?」
俺が驚くと、怪訝な顔をするリック。
「知らなかったのか?店主は受け取らなかったぞ」
「まさか20個全部無料だったの?」
「はじめはそう言われたが、なんとか半分は支払った」
「良かった」
さすがに20個無料は気が引ける。
「そっか、俺は無料になるんだ。……明日も行っていい?」
エドガーとリックが顔を見合わせ笑う。
「いいぞ」
エドガーは俺の頭をなでながら笑う。
「ああ、問題ない」
そんな俺たちを見て、アークさんは頭をガシガシ掻く。
「まったく、欲がないな」
「まぁ、レオだからな」
「レオですから」
ほぼ同時にエドガーとリックが答えた。
そんな二人に呆れた眼差しを向けるアークさん。
「まぁ、レオが良ければいい。イザベラと一緒に後で頂くよ。ありがとうな」
そう言って、アークさんは俺の頭をなでる。
「はい。食べるとき温めると美味しいですよ」
「そうか、分かった」
「アークさん、ケーキを乗せるお皿を5枚貸してください」
「5枚な。ちょっと待っていろ」
厨房に戻り、お皿を持ってきてくれる。
「ほら、これでいいか?」
「うん、ありがとう」
お皿はリックが受け取る。
「リック机に2枚置いて、エドガー、お皿にケーキ乗せたいから」
リックは黙ってお皿を置いてくれる。
「ん、分かった」
返事をしたエドガーは、机に近づき前かがみになる。
降ろして欲しかったんだけど、まぁいいか。
俺は収納からマスカットのケーキをお皿に出した。
「アークさん、これも二人で食べてください。まだ試作段階のケーキですから、他の人には内緒にしてくださいね」
「ああ、分かった。だがな、内緒にしなきゃ駄目なのは、レオの収納だろう。お前ら気をつけろよ」
言われた二人は困った顔をする。
「アークさん、ちゃんと人を見て使っていますから大丈夫ですよ」
アークさんは面食らった顔をする。
「そうか、でもな。レオはまだ小さい、判断を間違う可能性があるからな」
「アークさん、俺は12歳ですよ?」
俺は声を一段低くして、にっこり笑う。
目が泳ぐアークさん。
「お前らも部屋でケーキ食べるんだろ? 飲み物は?」
「俺は紅茶にするからいいよ。二人とも、あのケーキならお酒も合うと思うよ」
「いや、俺も紅茶でいい」
エドガーが答えると、同意というようにリックが頷いた。
「じゃ、アークさんフォーク借りていい」
「ああ、待っていろ」
「俺が受け取るから、二人は先に部屋に行っていいぞ」
「悪いな、じゃ先に部屋に行っている」
「リック、ありがとう」
俺の返事に笑って手を上げるリック。
部屋に入り食べる準備をする。
紅茶セットを出して、茶葉を入れ魔法でお湯を入れる。
本当に魔法は便利だ。
皿にケーキを置いたタイミングでリックが帰ってくる。
「お帰り、リック」
瞬きをして、ふっと笑う。
「ああ、ただいま」
「リックも手を洗ってきて」
「分かった」
先に座っていたエドガーは、ケーキを見ていた。
「どうしたの」
「いや、状態が買ったときの状態とまったく変わらないから感心していたんだよ」
「ああ、本当にな」
リックが戻ってきて同意した。
「そんなに珍しいの?」
「ああ、国宝もんだ」
「国宝って」
笑ってしまう。
「いや、国に囲われるぞ、最悪だと囚われるな」
まじか。
「はは、まぁ俺は大丈夫だけどね」
「どっからくる自信だよ」
「俺だから?」
「プッ、あはは、確かにレオだからな」
リックが吹き出す。
「はぁ、まぁ俺等もいるしな」
「そうそう」
「レオ、ついでみたいな返事はやめろ」
「はいはい。紅茶も出来上がったからケーキ食べよう」
「はい、は1回」
「は~い」
「美味しそうだな」
リックがしげしげケーキを見ていた。
「うん。食べよう」
三人が一斉にケーキを一口食べて、目を見開き固まる。
「「「美味い」」」
あまりの美味しさに、思わず素が出てしまった。
その一言の後、三人とも黙って食べた。
2個目を食べたのは俺だけだった。
ケーキを味わった後、紅茶を飲みながら明日の予定を話しあった。
「明日だけど、連れてって欲しい所があるんだけど」
「構わないぞ、どこ行きたいんだ?」
「冒険者ギルドに、武器屋、魔道具店、防具もみてみたい。それに本屋ってある?」
わくわくしながら言うと、二人に微笑ましそうに見られる。
俺は気にしない。
せっかく異世界にいるんだから見たい。
「ああ、構わないぞ」
「そうだな。冒険者ギルドは昼近くのがいいな」
リックが言う。
「どうして?」
「午前中は依頼を受けに来る冒険者が多い。その時間だと、ゆっくり見られない」
頷く。
「そうだな。午前中は武器や防具を見に行って、その後は時間を見ながら回ろう。本屋は最後でいいだろう。レオ、図書館もあるぞ?」
エドガーが興味を惹かれる情報をくれた。
「行きたい!」
「ハハ、分かった。図書館も行こう」
「うん」
「あ~、盛り上がっているところ悪いんだが、アークさんからのお願いで、明日の夕食は下に降りてきて欲しいそうだ」
「イザベラか?」
「ああ、俺達が明日で宿泊が最後だと聞いてアークに迫ったらしい」
「一緒に食べないのに来て欲しいの?」
俺の疑問を聞いて苦笑いするリック。
「ああ、夕食を美味しそうに食べるレオの顔が見たいんだとさ」
「イザベラらしいな」
「アークが突進はさせないから、安心して来てほしいとさ」
アークさんの保証付きならいいかな。
「分かった。下で食べるよ。美味しいご飯楽しみにしてますって伝えといて」
「ああ、伝えよう」
その後、俺は二人に武器のことや防具の話を聞いたりして、楽しい時間を過ごした。
リックからレオの伝言を聞いたアークはホッとした。
レオが明日の夕食を、食堂で食べると聞いたイザベラは泣いて喜んだ。
いつもありがとうございます。
次回の更新は10/21(水)の20時です。




