第75話 大人の対応
鏡の前で固まった俺。
「……」
まぁ、見た目はレオだし、可愛いさ。
だがな……。
ヒラヒラやリボンを嫌と言った、俺にこれなのか?
ぐっと両手を握りしめて、怒りを抑える。
「ふぅ~~~」
おもいっきり息を吐く。
「レ、レオ君。とても似合うと思って、着て似合っていれば喜ぶかな?って……」
ピクリとも動かない俺の態度で、声が尻すぼみになるセドリックさん。
確かに服にはリボン、ヒラヒラはない。
ないが——これは、なんだ?
オスカーさんが、着終わった後に「襟元に飾りボタンを付けます」と言っていたボタンがこれか?
テディベアってなんだよ!!
シンプルなクリーム色のシャツの襟の中心に鎮座しているのは、水色のテディベアだ。
瞳は宝石なのか?
首には濃いブルーのリボン。
ベレー帽、子供らしく細い濃い青のリボンは許そう。
だが、しかし……リボンの中央にも、水色のテディベアが鎮座していた。
「……」
鏡の中の俺は無表情だ。
俺はもう一度、大きく息を吐いた。
おもいっきり剥ぎ取りたいが、ぐっと我慢する。
まず、襟のテディベアを外す。
そして、ベレー帽を脱ぎテディベアを見つめる。
俺が身に着けないなら何も問題ない。
恨むなら、ここに付けたセドリックさんを恨んでくれ。
ベレー帽のテディベアも外す。
もう一度鏡を見る。
美少年の無表情は怖いね。
くるっと、皆の方を向く。
全員が固まった。
もの凄く焦った顔のセドリックさんはスルー。
気になったのはクラリスさんだ。
無表情だが目には静かな怒りを宿していた。
俺と目が合うと目礼した。
なるほど。
俺は皆を見回して、にっこり笑う。
「クラリスさん」
クラリスさんに声を掛け、腕だけ身体強化をしてテディベアを軽く投げ渡す。
結構なスピードで飛んでいったが、クラリスさんは難なくキャッチする。
「お好きに使ってください」
「まかせて」
とてもいい笑顔で答えてくれる。
「お願いしますね。あと、クラリスさん、伺いたいのですが」
「うん? 何?」
「こちらのお店は、客の意見を無視して、自分の趣味を押し付けるのでしょうか?」
静かに微笑むクラリスさんの目が、キラッと光った気がする。
「いいえ、当店はお客様を第一に考えております。そのようなことは、あってはなりません」
「そうですか。おかしいですね。俺は可愛いものは好きではなく、ヒラヒラやリボンもやめるように伝えましたが……。なぜ、テディベアが付いていたのでしょう?」
「当店の不手際でございます。誠に申し訳ございません」
クラリスが頭を下げる。
ちらっと、オスカーを見る。
顔色を悪くしている。
「気を付けたほうがいいかと。とても良いお店なのに、貴族への対応を間違えたら一瞬で信用を失いますよ」
「はい。おっしゃるとおりです」
「今回の件、伯爵家として店に責任は問いません。ですが、テディベアを付けた本人、それを止められなかった者たちに、しっかり教育をしてください」
「はい。必ず」
うわ~。
クラリスさん、生き生きしだしちゃった。
かなり、煮え湯を飲まされていたのか……?
「それと、俺はテディベアを付けた人とは今後一切、会うつもりはありません。問題ないですよね?」
「はい。ございません。ご安心ください」
「よろしくお願いしますね」
「承知いたしました」
視線をエドガーとリックに移す。
二人とも顔が引き攣っているよ。
「二人とも服を着替えたら、すぐ帰るから準備しておいてね。クラリスさん、お願いします」
チラッとセドリックさんの方へ視線を向ける。
「はい、対処いたします」
「では、着替えます」
俺は踵を返す。
すると、慌ててオスカーさんが隣の部屋の扉を開けた。
オスカーさんは無言で着替えを手伝う。
表情には出ていないな。
「オスカーさんにしては、大失敗ですね。セドリックさんは伯爵家の次男ではなく、ここの経営者ですよね?」
「……左様でございます」
「身内感覚だった気持ちはわかります。エドガーとリックが連れてきた子供ですからね」
「……」
「オスカーさんは、セドリックさんをまだ伯爵家の次男として接していませんか? クラリスさんの様子からして、こういうことは今回だけじゃないですよね? 相当、溜まっていたみたいですし」
「その通りです」
悔いるような表情を見せるオスカーさん。
「俺は貴族で、二人は俺の護衛です。わかりますよね?」
「はい」
そう、二人は俺の護衛だ。
二人とセドリックさんの関係は俺には関係無い。
「気を付けたほうがいいですよ。俺みたいにわかりやすく立ち回る貴族は、そういないでしょう。非がセドリックさんにあれば、この店の評判は簡単に落ちますよ。落ちるだけならいいですけどね」
「ありがとうございます。肝に銘じます」
「……俺は、礼を言われることはしていませんよ」
着替えが終わる。
「では、帰ります」
「レオ様、本当に旦那様とはもう会わないおつもりですか?」
ドアに向かって歩いていた俺はピタッと止まり振り返る。
「はい。セドリックさんには俺だからこそ、いい薬になると思いますよ?」
それを聞き、苦笑いになるオスカーさん。
「はい。とても良い薬になるかと」
「ですよね。まぁ、俺自身がイラッとしたのも事実ですけどね」
困った顔をして、その後スッと姿勢を正すオスカーさん。
そして静かに一礼をする。
俺も軽く会釈を返し部屋を出る。
部屋の中にセドリックさんは居なかった。
部屋のドアの近くに、エドガーとリックが立って待っていた。
スッと視線を向けると、姿勢を正す二人。
二人には怒ってないんだが。
「まさか、二人とも知っていたの?」
首を振る二人。
「なら、そんなにかしこまらなくていいのに」
クラリスさんが、静かにこちらにやって来る。
「クラリスさん、俺たち帰りますね」
クラリスさんが、スッと頭を一度下げた。
「レオ君、この度は不快な思いをさせてごめんなさい。でも、きつく言ってくれてありがとう」
「俺は、自分が言いたいことを言っただけですよ」
「ふふ。何回も駄目だから止めるように言っても、誰も真剣に取り合わなかったのよ」
チラッとオスカーさんを見る。
なるほど。
「よくわからないけど、これからは大丈夫そうですか?」
「ええ、私がしっかり管理するわ。ありがとう」
とてもスッキリした、いい笑顔だ。
「エドガー、作ってもらった服はどうすればいい?」
エドガーを見上げる。
「ああ、今着ていた服は翼亭に、残りは公爵家に届けてくれ」
「承知しました。いつ頃、公爵家に行かれますか?」
「明後日の朝に向かう」
「では、公爵家へ明日お届けしておきます」
「頼んだ。レオ、行くか」
「うん」
返事を聞いて俺を抱き上げるエドガー。
「じゃ、見送りはいいぞ」
そう言って、苦笑い気味で挨拶をして部屋を出るエドガー。
リックは軽く会釈して部屋を出た。
外に出ると、エドガーがガシガシと頭を掻く。
「レオ、セドリックが悪かった。嫌な思いをさせた。それに、笑って悪かった」
申し訳なさそうにして、しょんぼりするエドガー。
垂れている耳が見えるんだが……。
「俺も、悪かった」
リックも謝ってきた。
「二人が謝る必要はないよ」
「あれは、今までセドリックさんを甘やかしてきた人達が悪い。伯爵家の次男として対応していたんだろうけど、今はシークレット・ローズの経営者なんだから自覚持たないとね」
「ああ。……そうだな。なぁ、本当に会うつもりないのか」
「うん」
複雑そうな顔をするエドガー。
「セドリックさんが心配?」
「いや……、あ~、この世の終わりみたいな顔をしていたからな」
そこまで?
「ふふ、ならいい薬になったね」
「いい薬か? 劇薬の間違いだろ?」
「お店が潰れるより良いでしょ?」
「それは、そうだが」
「セドリックさんの作る服は、素人目でも素敵だと思った。だから、ずっと続けてほしいからね」
「それだけか?」
いたずらっぽく聞いてくるエドガー。
「かなりイラッとした」
「ははは、そうか。でも、セドリックのこと考えてくれて、ありがとうな。これで上手くいけばいいが」
「大丈夫じゃないかな? クラリスさんがしっかり締めるでしょ」
「いやまぁ、な」
「そんなに心配なら、たまに顔を見に行ってあげたら?」
「それは……」
なぜ、そこで嫌そうな顔をする?
「なぁ?」
リックにふるエドガー。
「そうだな……」
遠い目をしながら言うリック。
え……、クラリスさんだよ?
確かに豪快で気が強そうだけど。
「そこまで心配しなくても、クラリスさんだよ?」
「ん? あ~」
言葉を濁すリック。
何かあるの?
思わず首を傾げる。
「まぁ、大丈夫だろ。レオ、クラリスは冒険者として活動していたんだ」
エドガーが軽く答え、新情報をくれた。
「え? 貴族だよね?」
「ああ、男爵令嬢だな」
「クラリスのお父上は人が良くてな」
リックがなんとも言えない顔で言う。
「騙されやすくもあってな」
溜め息をつくエドガー。
「ま、家計の足しに冒険者をしてたんだよ。で、Cランク 。ただランクアップしなかった、Cランク だけどな」
「どうして?」
「嫁の貰い手がなくなると言って、母親が許さなかったようだ」
なるほど。
「大変だね」
「まぁな。でだ、クラリスはセドリックよりも強い」
「え!? あの体型で!?」
「身体強化があるだろ?それに、性格もあるがな」
「あははは、そうなんだ。うん、娶ったのはセドリックさんだから仕方ないよね」
「娶ったか……」
え?
もういいよ。
聞かないことにしよう。
「そんなことより、お腹すいた。パニーニの屋台に行こう」
エドガーとリックは俺の言葉に、顔を見合わせて笑った。
「ああ、行くか」
「楽しみだ」
エドガーに抱っこされての移動だと、市場でも早いね。
「ここか、いい匂いだな」
リックがポツリと感想を言う。
「並んでいるね」
お目当ての屋台には、お昼時だからだろうか列が出来ていた。
人気店になっているようだ。
いつもお読みいただきあろがとうございます。
次回 10/17(土) 20時更新です。




