第73話 双月のひととき
いつも読んでいただきありがとうございます。
次回 10/10(土) 20時更新です。
店内では女性たちが沸き立っていた。
「ご覧になって?リック様とエドガー様が、あのようにお笑いになるなんて」
「ええ、ええ、とても貴重ですわ。自慢できましてよ」
「そうよね。ああ、こちらを見て笑ってくだされないかしら」
若い貴族女性にモテモテだね。
リックなんて既婚者なのに。
ハッとして姿勢を正して復活したのはルナさんだった。
「大変失礼いたしました。先日、お会いしたときと、あまりにも容姿が、あ、申し訳ありません!」
「クク、失礼。気にしないでくれ、分からなくてホッとしたよ」
「え?」
きょとんとするルナさん。
可愛いなぁ。
「ルナ」
ルナさんの服を摘み引っ張るステラさん。
「ルナ、場所変えたほうがいいかも」
「え? ああ、そうね」
店内の視線と耳がこっちに集中しているからね。
下手に話せない。
「以前、お話されていたご依頼の件ですね?」
ルナさんが、俺達にウィンクする。
話を合わせてほしいみたいだ。
「うん。今、お時間あるかな?」
俺が答えると、安堵したように微笑むルナさん。
「はい、大丈夫です。では奥へご案内いたしますね」
「ああ、頼む」
リックが調子を合わせた。
「ステラ、お店をお願いね」
「はーい。皆さんごゆっくり」
いい笑顔で挨拶してくれるステラさん。
お店の奥に入ると厨房の手前に休憩できるスペースがあった。
中も可愛いな。
店内と同じ配色でテーブルと4脚の椅子は白色だ。
「狭くて申し訳ありません。こちらへお掛けください」
「いや、こちらこそ気を使わせて申し訳ない」
「いいえ。大丈夫ですよ」
「しかし、繁盛しているな」
「ありがとうございます」
「昨日は公爵家からの注文まで受けたから、また評判があがって客が増えるぞ」
「周りには気づかれてないですよ、イザベラさんからの助言です」
「イザベラから? なんでまた?」
「え? 昨日、公爵家へ持っていくケーキの依頼をされましたよ? レオ君のですよね?」
「そうだけど、公爵家の人からの注文じゃなかったの?」
「注文は公爵家からいただきましたよ。それを先回りで伝えてくれたのがイザベラさんです」
「なるほどな」
エドガーが納得する。
「どういうこと?」
「イザベラは、レオが双月のケーキが好きなことを、朝一に飛書魔法で知らせているだろ?」
「あ、そうだった」
公爵様が嫌そうに言っていた気がする。
「たぶん、違うか?」
エドガーがルナさんへ向かって聞く。
「はい、お察しの通り朝一に飛書が届きました」
「何をやっているんだ、イザベラさんは……」
リックが頭を抱えた。
「大丈夫ですよ。飛書が届いたとき、私は起きて仕込みをしていましたから」
「そうなのか?」
「はい。ケーキ屋の朝は早いんです」
屈託のない笑顔で答えるルナさん。
あ、そうだ。
「ルナさん、公爵家へ届けてくれたフルーツのケーキですが、とても美味しかったです」
「本当?」
「はい。香りがよく甘くジューシな果物が引き立つように、クリームの甘さは控えめでした。それに一番下にあった香ばしいクッキー生地が最高でしたよ。ナッツ、木ノ実を入れて焼いたんですか?」
ガシッと俺の両手を掴むルナさん。
え?
いつの間に?
「やっぱり、レオ君凄いわ。そこまで分かってくれるなんて!」
ルナさん顔が近い、近い。
思わず仰け反るも、エドガーに抱っこされているから意味がない。
「アハハ。ルナ、興奮しすぎだ。レオが困っている」
「あ、ごめんなさい、レオ君」
スッと離れるルナさん。
「驚いただけだから、大丈夫だよ」
「落ち着いているのかと思ったが、年相応のようだな」
ふっと笑いながらリックが言う。
赤面するルナさん。
恥ずかしそうに両手で頬を押さえる。
「す、すみません」
「いや、こちらこそ不躾だった」
頭を掻きながら謝るリック。
「そんなんだから、エリーに怒られるんだぞ」
「関係ないだろ?」
「今日は時間も早いし、エリーにケーキでも持っていったらどうだ?」
「いや、妊婦は甘いものは良くないと聞いたからな」
「そうですね。妊婦さんでしたら、あまりお勧めはしないですね。果物のほうが良いと思いますよ」
「果物か」
「エリーさんはリックさんの奥様ですか?」
「ああ。ありがとう。果物でも買って持っていくか」
「たまには顔を見せてやれよ」
「悪いな」
「この後は、翼亭に帰ったらもう出かけないし問題ない」
「助かる」
「良かったね、リック」
ちょっと照れながら頷くリック。
果物で思い出した。
異世界、果物が高い。
市場で見たが、傷が多くてあの値段だ。
公爵家で食べたマスカットを使ったケーキの値段はかなり高そうだ。
「ルナさん、あのケーキって試食でくれたんでしょ?」
「ええ、いつも仕入れている果物屋さんから勧められて、作ってみたものなの」
「とっても美味しいけど、かなり高価なんじゃないの?」
「そうね。でも、この店のケーキは高めだから許容範囲よ」
え?
そんなに高いの?
思わずエドガー、リックの顔を見る。
「ケーキは貴族しか食べないからな。普通だぞ?」
庶民と貴族の感覚が違いすぎる。
「ちなみに、前に食べたチョコレートのケーキは?」
「チョコは高めで、1つ銀貨6枚なの」
高!!
「公爵家で食べたフルーツのケーキは?」
「そうね。もしお店で売るとしたら、銀貨7枚は欲しいわね」
更に高い!!
「珍しい果物らしくって、流通も少ないからどうしても値が張るのよ」
なるほど。
「美味しかったけど、気軽には食べられないな」
「ん? 問題ないぞ? 俺が買ってやるから好きなだけ頼め」
エドガーから、あっさり許可がでた。
「え? でもかなり高いよ」
「公爵の騎士団の給料舐めんなよ」
エドガーは言いつつ、俺のほっぺをつつく。
「まったく問題ない。このぐらい出させろ」
「ありがとう」
「ルナ、ケーキ持ち帰りたいんだが、チョコレートケーキはまだあるか?」
「ええ、大丈夫ですよ。レオ君用に取ってありますから」
俺とエドガーは視線を交わし怪訝な表情になる。
「ふふ、イザベラさんから午前中に連絡が届きました」
俺の情報ダダ漏れなんだが……。
眉間を揉むエドガー。
「これは、さすがに駄目じゃないか?」
エドガーがリックに言う。
「駄目だな。アークさんに頼もう」
「それがいいな」
イザベラさん、お叱りを受けそうだな。
仕方ないね。
きっと、アークさんなら大丈夫だろう。
「レオ君、同じ果物で普通のケーキも作ったのよ。どうかしら?」
おお~。
ショートケーキのいちごがマスカットになっている。
美味しそう!
「それ、1ホールで頼む。ただ、カットしてもらえるか」
「わかりました」
「チョコレートケーキは、この3種類ですね。どれにしますか?」
この前に買ったチョコレートケーキだ。
「俺はこのナッツが入っているケーキがいい」
「ルナ、それもホールで頼む。残りは3個ずつで頼む」
「はい。ありがとうございます。翼亭へお持ちしますね」
「ああ、頼む」
他のも見てみたいんだけど。
「ん? 気になるケーキがあるのか?」
「あるけど、今日は十分だよ。その代わり明日も連れてきて」
「それは、かまわないが。連日でよく食べられるな」
「公爵家へ行ったら、あまり出られなくなりそうだから見ておきたいの」
「ふふ、ありがとう。明日の午前中に来てくれるなら、全種類を3つ取っておいてあげるわ。全部買わなくていいから安心してね」
「いいのか?」
リックが確認する。
「午前であれば大丈夫です。午後で売れますから」
すごい自信だ。
ルナさんと視線があった。
「ふふ。双月は人気店なのよ? 今までケーキ売れ残ったことないの」
「え? 凄い!」
「でしょう」
ふふふ、と笑うルナさんは嬉しそうで自信に満ちている。
「仕方ないな。なら、またセドリックの所へ行く前に寄ろう」
「明日、セドリックさんのお店に行くの?」
「ああ、まだ伝えてなかったな」
「そうなんだね。明日も楽しみ」
「なら、良かった」
俺の頭を撫でるエドガー。
「そろそろ帰るか」
リックがチラッと店内へ視線を向ける。
あ、忙しくなっているみたいだった。
「うん。帰ろう」
「じゃ、これで会計を頼む」
「はい、お預かりします」
いくら渡したんだろう?
見えなかった。
ルナさんは一度、部屋の奥に入りすぐに戻ってきた。
「お待たせしました。こちらがお釣りとなります」
「ああ。じゃ、行くか」
何か忘れているような……。
「あ!」
「ど、どうした?」
急に声を上げたから、エドガーを驚かせてしまった。
「ごめん、エドガー。一回降ろして」
抱っこされていると出しづらい。
「ああ」
降ろしてもらい、外套に隠れているカバンから出すふりをして、収納から取り出す。
「ルナさん、これ。出店で買ったものだけど二人に似合うと思って、ケーキのお礼です」
「まぁ! これを私とステラに?」
「はい。気に入ってもらえたら嬉しいです」
「ありがとう。可愛い髪飾りね」
「こっちがルナさん。こっちがステラさんです」
名前にちなんで、月と星の髪飾りだ。
月と星と言っても、俺の感覚だ。
この世界でも、そうとは限らないからな。
「月と星ね。私たちの名前からね?」
「うん」
どうやら一緒だったようだ。
良かった。
「大事に使わせてもらうわね」
すごく優しい笑顔をしてくれるルナさん。
「はい」
思わずモジモジしてしまう。
「ハハ、良かったなレオ」
エドガーが頭をグリグリ撫でて、抱き上げた。
「じゃまをした」
リックが挨拶して、店内へ出て行く。
それに続いて店に戻る。
「きゃー、何あの少年。天使よ、天使がいるわ!」
しまった!
すぐフードを被るが、すでに時遅し。
「ありがとうございました!」
ステラさんの元気の良い挨拶に、軽く手を振って足早に店を出た。
店を出るまで、恥ずかしい黄色い声を聞くことになった。




