第68話 心強い味方
昼食は俺たち四人だけだった。
話す内容のことも考えてのことだがローウェンにも配慮がされていた。
執事のローウェンは使用人のため、本来食事は別で食べる。
だが今回は呪いの石の件や、俺のこともあるため、時間が取れないので一緒に食べた。
おかげで緊張せずに食事を楽しめた。
本来なら公爵様に一番緊張するんだろうが……。
じいさんの件で、もう今さらだった。
公爵家の昼食はとても美味しく、お土産にパンをもらうことになった。
ふわふわで、ほのかに甘く絶品だった。
その後、公爵様からエドガーとリックは騎士団へ報告に行くように命令されていた。
確かに戻ったなら報告に行かないとね。
エドガーは不機嫌だったが、リックに引っ張られていった。
俺は公爵様とローウェンと一緒に執務室へ移動した。
「レオは、少し休憩をしているといい」
「なら、隣の部屋にあった本を借りて読んでもいいですか?」
「ああ、構わない。ただ、こちらの部屋で読んでくれるか?」
「分かりました。ありがとうございます」
「では、私も一緒に参ります。本をお取りいたします」
断ろうかと思ったが、読みたい本は高いところにあったので、お言葉に甘えることにした。
ローウェンに本を取ってもらい執務室に戻った。
公爵様が一定空間の音を遮断する魔法具を起動してくれた。
俺は静かな空間で、ソファーにゆったり座り紅茶を飲みながら本を読んでいる。
なんて贅沢な時間だ。
本はこの世界の国々のことが書かれた本だ。
最新版らしく上級貴族しか持てない本のようだ。
それぞれの国の特徴と、大まかな地図が載っている。
本当に大雑把だけどな。
せっかくの異世界だ、どんなところか知りたいじゃないか。
チラッと公爵とローウェンを覗き見る。
二人は顔を突き合わせて真剣に話し込んでいた。
内容が俺のことなのが、少し複雑な気分だ。
俺は声がかかるまで読書に没頭した。
「レオ、話をしよう」
いつの間にか、公爵様が目の前に座っていた。
そして、机にはフルーツタルトが置かれていた。
「私が座ったのにも気づかないとは、凄い集中力だな」
「さようですね。しかし、お一人の時はお気を付けください」
ローウェンは紅茶を淹れ直してくれた。
「はい。ありがとうございます」
「お前は双月で何をしたんだ?」
「え?何もしていませんよ?何故ですか?」
「そのフルーツタルト、双月のルナからお前にだ」
俺は瞬きをした。
なんで?
嬉しいけど……。
「何故でしょうね?」
「もしよければ味の感想が欲しいそうだ」
「そうですか、分かりました」
「ルナ様からとは珍しいですね」
ローウェンも少し驚いた感じで話す。
「ローウェンさん、ルナさんのこと知っているの?」
「ええ、妹のステラ様とも面識があります」
「どうして様付けなんですか?貴族なんですか?」
ローウェンと公爵は顔を見合わせる。
「聞いてなかったのか。あの二人Aランク冒険者だぞ」
「Aランク!?」
「はい。何度か依頼を受けていただいております」
「そうなんですね」
「よく、冒険者を辞められましたね」
「イザベラと俺も口添えしたからな」
「なるほど、権力か」
「まあな。ただ、有事の際は協力をすることが条件だがな」
「それだけではございませんけどね」
「ああ、ルナのケーキを家の夜会で出したところ、ご婦人たちが協力をな」
「貴族女性の胃を掴んだと」
「はい。見事に」
「ルナさんのケーキは本当に美味しいですからね」
「ああ、甘さが絶妙だ。私もルナのケーキは食べられる。これも、美味いぞ」
公爵様はタルトを一口食べて目を輝かせた。
「レオ様もどうぞ」
「ありがとうございます。いただきます」
一口食べる。
この果物、マスカット?
「凄く美味しいです。これは、マス……、何の果物でしょう?」
「知らないが、美味いな。ローウェン知っているか?」
「いえ、私も存じ上げません」
「双月に行ったときに、聞いてみます」
「ああ、私にも教えてくれ」
「分かりました」
ケーキに舌鼓をうち、紅茶で一息ついたときに公爵が口を開いた。
「レオ、ローウェンにも伝えた」
「ありがとうございます。ローウェンさん、ご迷惑をお掛けしますが、よろしくお願いします」
「迷惑などではございません。レオ様のお手伝いを最大限させて頂きます」
「とても心強いです。ありがとうございます」
公爵様が姿勢を正して口を開いた。
「レオ、私へのお願いとは具体的になんだ?」
真剣な眼差しで俺を見つめる公爵。
「はい。まず伯爵家の断絶です。領地は国に変換するのが筋でしょうが、できれば公爵様に預かって頂きたいのです」
「何故だ?」
「そうですね。公爵様のことは信頼できると思えたからです」
「この数時間でか?」
「はい。ローウェンさんが仕えていること、イザベラさんとのやり取りも含めてです」
「……」
「レオ様には、かないませんな」
「全くだ。予想外な返答が来る。だが、国に返したほうが安全かもしれんぞ」
「どうでしょう?伯爵家をいとも簡単に捨て駒にできる。そんな相手が野放しで国を信じろと?無理があります」
息を飲む二人。
「それに、呪いの石を作れる財力、人の確保、その作成方法の情報を持っていること。それは、力のある権力者ですよね?」
「——ああ。そうなるな」
「王家が関与している可能性は否定できません。関与してなくとも、黙認している可能性はありますよね?」
「そうだな……」
「このことについて、俺はこれ以上何も言いません」
「何故だ?」
「私の願いは、伯爵家で働いていた者たちへの報奨と、できればあのまま屋敷で働けるようにしていただきたいです」
「伯爵家の屋敷でか」
「はい。公爵様の信用できる人を派遣していただいて、そのまま屋敷で働けるようにお願いします」
俺は頭を下げる。
「そこで、レオに頭を下げられると断れないのだが」
「ふふ。ありがとうございます。そういうことにしておきます」
「旦那様、レオ様には素直におっしゃったほうがよろしいかと」
公爵様はローウェンを軽く睨む。
二人のやり取りを眺めながら追加を投下する。
「そして領民を救ってください」
「領民?」
「はい、私は実際に見てはいませんが、バカの、んん。伯爵の増税でかなり苦しい生活を強いられているようです」
「なるほど」
「証拠の書類は先程の中にあります」
「ああ、あの中な」
公爵は遠い目をした。
莫大な量だからね。
「旦那様、心配には及びません。レオ様が、しっかり分類されているので、該当書類はすぐ見つかるでしょう」
「わかった。書類を確認後、現地に調査員を送る。その結果を見てからになるが、悪いようにはしない。約束しよう」
「ありがとうございます」
「伯爵家のことも、私が請け負おう。ローウェン、人選を頼む」
「承知いたしました」
「公爵様、伯爵家に残っている者たちは疲弊しております。家族を人質に取られ、あるいは人質となり、家族がバラバラで暮らしていました」
「ああ、そうだな。配慮できる人選をしよう」
「無理を言って申し訳ありません」
「ところでレオ、伯爵たちを自身で捕まえたいか?」
「いえ、それはお任せします。でも、そうですね——牢屋に入った後に可能なら面会したいです」
言いながら口角があがる。
「レオ様、悪いお顔になっています」
「そんな顔も可愛いのは卑怯だと思うがな」
公爵様は何を言い出すのか。
胡乱な目で見ると、慌てる公爵様。
「い、いや。変な意味ではないぞ?誰もが思うだろう、な?」
ローウェンさんに振る公爵様。
「そうですな。レオ様はもう少しご自身の容姿を気にされたほうが良いかと思いま」
容姿ね。
そう言われてもな。
「もう少しの時間ですから、我慢してください」
言った瞬間、空気が凍った。
「……っ」
しまった!
ど、どうする?
チラッと二人の顔を見ると、何とも複雑な表情で俺を見ていた。
二人の握りしめられた拳を見て、ハッとする。
「軽はずみでした。お二人は私の寿命のことも知っているんでしたね」
「……ああ」
公爵様は声を絞りだすように返事をした。
ローウェンさんは静かに頷いた。
沈黙が続く中、公爵様が静かに問いかけてきた。
「レオ、……どうにもならないのか?」
何について、と言わなくても分かる。
理由は聞いているだろうに、この人は子供に弱いのかも知れないな。
俺は緩く首を振る。
「ええ、俺の体は4年の暴力とポーションでの回復を繰り返しました。また、私の記憶が消えた暴力で本来なら死んでいたと思われます」
絶句する二人。
「その時、じいさん……。神が救ってくださったのでしょう」
部屋の空気が重くなる。
「私は記憶をなくしましたが、状況を見てチャンスだと思いました」
「チャンス?」
怪訝な様子で公爵は聞き返す。
「はい。伯爵家を叩き潰す時間をいただけたと思っています」
ニヤッと笑う。
「本来、あの時つきた命だった。でも、俺は今ここに生きています。証拠も十分です。何より、強い味方がいる。そうですよね?俺は公爵様の優しさに付け入って手に入れましたよね?」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする公爵様。
これでもイケオジなんだな。
奥さん、どんな人なんだろうか?
思わず関係ないことを考えてしまった。
「ハハハ、そうだったな。私はレオに付け入られて君の願を全部聞き入れるんだったな」
今度は俺が豆鉄砲を食らった。
「は?」
ニヤッと笑う公爵様。
「やっと、勝てた気分だな。クク」
「大人げないですよ。旦那様」
「うるさいな。いいんだよ」
「公爵様?今の発言は?」
「ん?レオの願いを全部叶えてやる。そう言ったんだが?」
「全部って、いいんですか?」
「私に出来ないとでも?」
「そんなことは」
俺は慌てて手を振る。
「ハハ。レオ、自分で言ったんだぞ。強い味方がいると。私のことだろ?」
ニヤッと笑う公爵様。
凄く格好良い。
「ええ、最強の味方です」
「それと、レオ。私たちの前では俺でいいぞ」
ピキッと固まった。
バケの皮が剥がれていた。
大笑いの公爵様と、苦笑いのローウェンに見守られていた。




