第59話 執事オスカーの思考
セドリック様と分かれて奥様の所へ向かいながら、どう話すかを考えていた。
廊下を曲がると、前からメイド長のリネットが歩いてきた。
良いタイミングですね。
「お疲れ様です、リネットさん」
「お疲れ様です、オスカーさん」
お互い立ち止まり挨拶をする。
「リネットさん、この後少しお付き合い願えますかな」
「構いませんが、珍しいですね」
「ええ、今から奥様の所へ伺うのですが、本日ご来店のエドガー様のお連れ様の件です。できれば、リネットさんもご一緒にお伝えしたいことがございます」
「私もですか?」
「はい。それに、お話を聞いた奥様が暴走しかねませんので、お力添えをいただきたく」
「承知いたしました」
怪訝そうに聞いていたリネットさんは、奥様の暴走と聞き真剣な顔つきになった。
「ありがとうございます。早速行きましょう」
本来なら廊下で話すことではないのですが、先程の奥様の暴挙をお伝えしつつ部屋に向かう。
リネットさんの笑顔が深みを増した。
奥様、頑張ってくださいね。
奥様の部屋に着き、軽くノックをする。
「はーい。どうぞ~」
奥様……。
ドアを開けようとすると、リネットさんが素早くドアを開け放つ。
見えた部屋の様子で絶句する。
奥様と奥様付きのメイド二人で、先程のテディベアをボールのように投げて遊んでいました。
何をやっているのですか……。
私は知りませんよ。
奥様も、まさか部屋に私たちが来るとは思っていなかった様子で固まっていらっしゃいます。
メイド達は素早く壁際により頭を下げています。
「クラリス様」
底冷えのする声でリネットさんは奥様の名を呼んだ。
「は、はひ」
奥様、噛んでいます。
「何をされているのです?」
リネットさんが、奥様との距離を一瞬で詰めます。
相変わらず良い動きをされますね。
「えっと、これは、その~」
奥様、目が泳いでいますよ。
諦めて素直に謝罪いたしましょう。
私は二人の様子を横目で伺いながら、ボールにされた哀れなテディベアの……確かココアちゃんとローズちゃんでしたかね。
床から拾い、状態を見る。
少し汚れてしまいましたが、形は崩れていませんね。
さすがセドリック様の手作りですね。
感心して拝見していると、奥様の謝罪の声が響いた。
いつもの泣き落としに入られたようですね。
もうすぐ、終わりそうですね。
テディベアをメイド二人に渡し、汚れを落としてくるように指示を出します。
そして、この部屋には呼ぶまで誰も来ないように伝え、メイド達を部屋から退出させました。
静かな部屋にリネットさんの、凛とした声が響いた。
「よろしいですね。明日から再度、淑女教育を受けていただきます」
「そんな~。お店もあるのよ」
「鍛錬、睡眠時間を削ればよろしいのです。これは決定です」
がっくりと肩を落とす奥様。
自業自得ですからね。
お助けは出来ません。
それに、私も淑女教育は賛成です。
ですが、少しお待ちいただきましょう。
「リネットさん、少しお待ち願えますかな」
奥様は、まさか私が参入してくるとは思っていなかったのか、驚きで目を開いています。
そして、希望を見つけたようにキラキラと見つめてきます。
奥様、残念ですが違いますよ。
ニッコリと微笑み返すと、涙目になられる奥様。
可愛らしいお顔ですが、騙されませんよ。
「淑女教育の開始を、少しだけ猶予をいただきたいのです」
リネットさんがこちらをじっと見てきます。
この方の視線は見透かされそうな気分になりますね。
「先程、おっしゃっていたお話が関係しておりますか?」
「さようです」
「分かりました。まず、お話を伺いましょう」
「ありがとうございます」
奥様には座っていただき、私はレオ様の体のこと、リック様から伺った話をお伝えしました。
やはり、レオ様の体の傷跡のことで、奥様が勢いよく椅子を倒してドアに向かおうとされました。
すぐリネットさんに取り押さえられました。
素晴らしい早業です。
リネットさんをお連れして正解でした。
「以上となります。お二人にも、ぜひご協力をいただきたいのです」
「そんなの言われるまでもないわよ。ねぇ、リネット」
「そのとおりです」
「とっても、可愛らしくて綺麗な男の子なのよ。セドリックから守ってあげないと」
奥様、違います。
いえ、間違ってはないですが。
「クラリス様」
「わ、分かっているわよ。任せて! 腕がなるわ~。皆にも協力してもらえるように手紙を書いてくるわ」
「それがよろしいかと、私もお供します」
「え? い、いいわよ。お仕事あるでしょ?」
「問題ありません。さぁ、執務室へ行きましょう。お昼までにあまり時間がございません」
「あ、そうね。急ぎましょう」
「オスカーさん、私にもご紹介いただけますでしょうか?」
「ええ、昼食の時にご紹介いたしましょう」
「お願いいたします。では、また後ほど」
「はい。ありがとうございました。助かりました」
ふわっと、柔和な笑顔を見せて、奥様と一緒に部屋を出て行かれました。
基本、お優しいお方ですね。
ただ、普通のメイドではないことは分かりますけどね。
私も人のことは言えませんので、何も言いませんけど。
まぁ、お互い様ですな。
さて、昼食の準備を確認しに行きましょう。
皆さん、張り切っていらっしゃいますが、何も問題ないと思いますがね。
公爵様はそんな馬鹿な選択はなさらないでしょう。
さて、昼食の準備が整いましたので、今はダイニングルームに移動しております。
最初はレオ様を驚かせてしまいました。
執事として不甲斐ない。
部屋に入った時の使用人の多さに、驚いて目を丸くされていました。
「貴方たち、なにをしているのです。持ち場にすぐ戻りなさい」
リネットさんが、私より先に一喝してくださいました。
ありがたいですね。
「リネット、もう少しだけ許してあげて、服のデザインを考えるのに確認に来たのよ」
セドリック様が食い下がります。
「十分拝見なさったかと。まさか一流と言われる方々が、お客様をジロジロ見て不快にさせないとデザイン出来ない、なんておっしゃいませんよね?」
「も、もちろんよ」
セドリック様……、引きつり笑顔になって、一歩下がらないでください。
嘆かわしい。
勝ち目のない喧嘩をするからですよ。
お針子たちも、コクコク頷き部屋を速攻で退出なさいました。
それと同時に噂を聞きつけ見に来た者や、確認に来ていた私の関係者も一緒に退出しましたね。
まったく、わざわざ今でなくても大丈夫でしょうに。
楽しんでいますね。
「さ、さぁ、食事にしましょう。レオ君もごめんなさいね。皆あなたに会いたくて仕方ないのよ」
少し噛みながら、セドリック様が切り替えます。
「そうですか。もう会えたので、大丈夫ですね」
ふふ、軽やかに切りましたね、レオ様。
お見事です。
セドリック様、悲壮な顔をしないでください。
情けないですね、まったく。
いけません、リネットより視線が届きました。
紹介するとお約束しましたね。
「レオ様、不快な思いをさせて申し訳ありません」
「気にしてないですよ。まとめて終えられて良かったです」
ニッコリ笑われるレオ様。
ダメ押しですね。
ガックリと肩を落としたセドリック様を、奥様が背中を叩いて励ましています。
あれは、かなり痛そうですね。
「それなら良かったです。レオ様、ご紹介をさせていただきます」
スッと私の斜め後ろに来るリネット。
「こちら、メイド長のリネットと申します」
「はじめまして、メイド長のリネットと申します。よろしくお願いいたします」
「はじめまして、レオです。こちらこそ、よろしくお願いします」
丁寧に挨拶を交わすレオ様。
それに、先程のリネットの動きを目で追われていましたね。
レオ様は不思議なお子様ですね。
そこからは、穏やかな昼食となりました。
レオ様は、所作を気にされていましたが、問題なく美しい所作をされていました。
お伝えしたところ、首をかしげられ爆弾を落とされました。
「そう? それなら良かった。記憶がないけど、体が覚えているのかな」
セドリック様、奥様の二人から鋭い視線を受けて、エドガー様とリック様は “しまった” っという表情でしたね。
お二人だけでなく、私やリネットも一瞬視線が鋭くなってしまいました。
仕方ございません。
記憶がないことは伺っておりませんね。
かなり重要なことですよ。
それを伝え忘れるとは、エドガー様とリック様もまだまだですね。
「レオ君、休憩したら一緒に来てくれる? 仮縫いしたから着てもらって、動きやすいかどうか確認したいの」
レオ様はエドガー様を見ます。
「分かった。俺たちも一緒に行く」
「ええ~、レオ君だけでいいわよ。後でのお楽しみが減るわよ~」
エドガー様とリック様は顔を見合わせ、レオ様を見ます。
レオ様の意思に従うのでしょう。
「エドガーたちが来ないなら、オスカーさんが一緒に来て欲しいな」
おや、ご指名を頂きました。
嬉しいですな。
「喜んで、ご一緒いたします」
「ありがとうございます」
安心した可愛らしい笑顔をいただきました。
こういう時は、とても子供らしく可愛いですね。
セドリック様、あからさまに悔しがらないでください。
いつも読んで頂きありがとうございます。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
次回 8/22 (土) 20時更新します。




