第5話 執事ロベルト
モニカが去って静かになった部屋。
俺は横になっていた。
モニカが部屋を出た後、この少年の体の状況を知るために軽く体を動かした。
腹筋、腕立て1回もできなかった。
この狭い部屋のドアから、反対の壁までの一往復で息が切れた。
「まいったな……」
食事ができたからと言って、すぐ体力は戻らない。
分かっているが、体内を回復してもらっても、これまでの栄養不足、運動不足は簡単に回復するものではない。
「魔力……、俺の魔力は多いと言っていたな」
魔法が使えれば、突破口になるはず。
ん?
音はしないが、気配がする。
ロベルトか……?
執事と聞いていたが、ただの執事ではないようだ。
気配が扉の前で止まる。
沈黙が降りる。
へぇ……俺を試すか。
「入っていいぞ」
声を掛けると気配が揺れた。
「……失礼します」
鍵を開け入ってきたのは、シルバーグレーの髪を綺麗にセットし、執事服を着こなし背筋が伸びた生真面目そうな男。
イメージそのままだ、執事は皆こうなのだろうか。
「ロベルトか?」
俺をじっと見て何も答えない、それを是と取る。
「モニカから聞いたよ、俺の怪我の手当してくれてありがとう」
視線を逸らさずお礼を言うと、右手を胸に当て頭を下げるロベルト。
「いえ、とんでもございません」
「時間が惜しい、これからのことを話そう。適当に座ってくれるか」
「では、ご用意いたします」
すると、一瞬でお茶の用意されたテーブルがセットされた。
モニカと違い早く隙がない。
ポカンと口を開けて見ていると、そんな俺に気づいたロベルトの目元が柔らかくなる。
「そんな表情は変わらないのですね」
「そうか?」
軽く答え、椅子に座ってクッキーをかじる。
「行儀が悪いですよ、レオお坊ちゃま」
「お坊ちゃまは止めろ、名前でいい。この屋敷にいる他の連中が、行儀を覚えたら直してやる」
「お言葉が乱れております……」
「長くなるから座って」
スルーする俺に、溜め息をつき椅子に腰掛ける。
「ロベルト。先に俺に聞きたいことがあるだろう?」
紅茶に口をつけ様子を伺うと、何か逡巡しているように見えた。
「気にせず話していいぞ」
そう言うと、虚を突かれたように困った顔をした。
「今のお坊、レオ様は聡いようですね」
「さぁな、で?」
「記憶ですが、サラサ様、母君のこともお忘れですか?」
「ああ、顔も覚えていない。サラサ、それが母親の名前か?」
「お顔も……はい、さようです。サラサ様とレン様は……」
「待った、今はその話はいい。それよりも優先することある」
「しかし……」
俺は手を上げて待ったを掛ける。
「俺の母親の話で、この屋敷が正されるなら聞こう。違うなら時間の無駄だ」
愕然とするロベルト。
「……誤解のないように言うが、聞きたくない訳じゃない。だが、覚えてないから知りたいと思う気持ちも正直ない。ロベルトには悪いけど。なら俺は、この屋敷を正すために、時間を使いたい」
「承知致しました。ありがとうございます」
「礼を言われることでもない。早速だが、聞きたいことがある。ロベルト、俺は魔法が使えるか?」
手を顎に添え少し考えるロベルト。
「そうですな。実際に使ったところを拝見しておりませんが、レオ様は魔力暴走を起こしました。その時、サラサ様がレオ様に、決して一人で魔法を使わないようにと、言い聞かせていたのを聞いております」
よし、内心でガッツポーズを取る。
「そうか、良かった」
「何故です?……まさか?」
「察しの通り、魔法の使い方も忘れている。そこでロベルト、魔法の使い方を教えて欲しい。この状態の体では、人質の解放どころじゃないからな。魔法でカバーしたいんだ」
「……はい?」
「どうした、まさか俺の魔法はしょぼいのか?今の体だと歩くのもままならないから、魔法でどうにかできないかと思っていたが、難しいか?」
虚を突かれたような顔をして、固まっているロベルト。
こんな顔もするのか。
「ロベルト?」
「はっ、申し訳ありません。その、まったく予想しておりませんで……」
俺は何のことか分からず首をかしげる。
「その、人質の解放とおっしゃられたので……。私はレオ様を逃がすための、算段のお話だと思っておりましたので」
「は?モニカから聞いてないのか?」
「お会いするとだけ、興奮して話しておりましたが要領を得ず。それに時間がありませんでしたので」
なるほど、納得である。
興奮して話すモニカの姿が思い浮かぶ。
「俺だけ逃げてどうする?皆を助けるのが先だ」
「……ご立派になられて、サラサ様もお喜びに」
涙ぐみ、俺を眩しそうに見るロベルトに既視感を感じた。
「言っておくが、俺は神童でも、愛しなんとかでもないからな。忘れろ」
「……そうですか」
残念そうな顔をするな。
「はぁ、話を戻すぞ。俺が魔法を使えるようになれば、人質解放……。それに、俺はここの奴らを、このままにする気はない。だから当然、伯爵の確保だ。やれるか?」
いい笑顔を見せる執事。
「問題ないかと、私も微力ながらお手伝いさせて頂きます」
「はっ、謙遜はよせ。気配を消せる執事がよく言う」
「……本当にレオ様なのですか?」
「さぁな。そのつもりだが。前の俺自身がわからないからな、判断は任せる」
肩を竦める。
「……いえ、失礼しました」
「気にするな」
お互いお茶を飲み一呼吸置く。
「本題に入ろう」
「そうですな、人質の解放ですな」
「そうだ、人質の解放……なら容易いが、安全を確保して、伯爵を確保するまで匿いたい。
伯爵を追い込むのに、できる限り多く証言をしてくれる人が必要になる」
「レオ様、伯爵の始末ではなく、あくまでも確保なのですね?」
「ロベルト、俺は幼気な少年だぞ、始末なんて言葉は知らないな」
お互い含み笑いをする。
「人質もそうですが……使用人の中には人質となった家族を、眼の前で殺された者もおります。確保に納得するか判断ができません」
「気持ちは分からなくもないが、確保は絶対に譲れない。それに被害者を、犯罪者にする事は絶対にしない」
言い切る俺に、目を見開くロベルト。
「当然だろう、驚くことか?納得しないやつがいたら、その時考えるし、どうとでもなるだろ」
「……さようですか」
「さようですよ、だ。それで、人質を匿うのに、安全な場所はあるか?協力者も必要だが……」
「そうですな。まず、協力者の確保は、すでに準備できております。安全な場所ですか、困りましたね。想定と違い、そちらは考えておりませんでしたので……」
「……お前たち、刺し違えるつもりだったのか?」
「いえ、ただ犠牲は覚悟、数人残る算段でした。そう睨まないでください。優先順位の違いです。私達はレオ様を助け、逃がすのが目的でした。つい先程まで、レオ様は守られるだけの存在だったのです」
「それはそうだが……」
「納得がいかない顔ですね」
「当たり前だろう、俺一人を助けるのに、何人犠牲になるつもりだったのか知らねえが、命は一つだ。誰の命も同じように守られる大切なものだ。いいか、ここから先は、誰も死なせないし、誰も傷つけさせない。絶対にだ」
息を飲むロベルト。
「ただ、俺を助けようと、動いていたことには感謝する。ありがとう、ロベルト」
一瞬目を見開き、嬉しそうな笑みを見せた。
「もったいなきお言葉です」
俺は頭を掻きながら視線を外す。
「安全な場所が確保できないとなると……、利用できるか?」
あからさまに話題を変えた俺に、微笑ましい視線を向けながら、話に乗ってきた。
「利用するとは?」
「人質が捕らえられている別館だ。見張り二人だろ?野犬を手懐けられる笛を、こちらが確保すれば、どうにかなるんじゃないか?別館はここから、どのぐらい距離が離れている?」
「距離は徒歩で5分ほどでしょうか。ただ、野犬とは?」
「ん?モニカが言っていたぞ?ここから別館へ行く道には、野犬が放たれているから傭兵と一緒でないと危険だと」
「ふっ……」
口を手で塞ぎ顔を背け、肩を震わせるロベルト。
普通に笑っていいぞ。
「失礼致しました。モニカの勘違いですね。野犬ではなく、傭兵たちが連れている狩猟犬です」
「狩猟犬?何のために?うさぎか何か狩るのか?」
「……いえ、魔物です」
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次回2/18(水) 20時更新
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