第49話 レオの言葉
エドガーは、俺を先に馬に乗せて、自分が後ろに座り、俺を腕でしっかりと抱えた。
そして、ゆっくりと馬を歩かせた。
「エドガー、リックも言っていたけど、朝から様子が変だよね? どうしたの? 俺がなにかした?」
目を開いて、慌てて首を振るエドガー。
「違う。レオは何もしてない」
「でも、俺が原因でしょ?」
「っ」
息をのみ、黙り込んでしまうエドガー。
「エドガー?」
声を掛けても、前に視線を向けてこちらを見ない。
手綱を掴み、俺を支えている腕が緊張に強張って、固くなっているのが分かった。
「エドガー、大丈夫だから、ちゃんと何を思っているのか教えて? 俺に悪いところがあるなら直すから」
「……レオは、何も悪くない」
ぐっと押し黙り、一度ゆっくり深呼吸をするエドガー。
「—俺が悪いんだ。すまない、レオ」
「え? なんで、エドガーが謝るの? 俺、エドガーに、なにかされた覚えはないよ? 助けられてばかりだよ?」
「違う、違うだろ? 今回だって、俺が——」
ぐっと、喉を詰まらせるエドガー。
「俺が、お前を降ろさなければ、こんなことには……」
「それは、エドガーのせいじゃないよ。それに、俺はとくに何もされてないし、大丈夫だよ?」
「攫われて、閉じ込められていただろ?」
「そうだけど、部屋見たでしょ? 気にすることなんてないよ。地下室より、ずいぶん良い部屋だったからね」
俺は何も考えずに軽く答えてしまった。
「そう、それだ。地下室」
「地下室がどうかしたの?」
「俺は、伯爵家に来た当初から、レオが地下室に閉じ込められていて、伯爵の息子のはけ口になっていることを知っていた」
「おお、さすがだね。それで、それがどうしたの?」
「知っていたんだぞ?」
「え? うん。偵察に来たんだろうし、前情報として掴んでいたんでしょ?」
エドガーを見上げて答える。
すると、エドガーの瞳は揺れていた。
「エドガー?」
「知っていたのに! 俺は、俺は一度も様子を見に行かなかった! 貴族の家ではよくあることだと、決めつけて確認を怠ったんだ……」
「うん。当然じゃない? 本当によくあることなんだから、何を……」
「見に、確認に行っていたら!」
俺の言葉はエドガーの叫びにかき消された。
そこで、理解して、後悔した。
軽く地下室と言ってしまったことを……。
「すぐに、俺が状況を確認していたら、レオはこんな目に遭わずに済んだんだ!」
ああ、エドガーは今の俺があるのを自分のせいだと、自分が怠ったせいだと責めているんだ。
「暴力で記憶を失くすことも、ましてや、そんな呪いを、命を……、危なくすることもなかったんだ!」
俺を抱きしめるエドガーの腕の震えで、エドガーがどれほど自責の念で追い込まれているのかを感じた。
俺のことで、こんなにも自分を攻めているエドガーを見せられ、ぎゅっと胸が締め付けられ苦しくなる。
「エドガーのせいじゃない」
声が震えてしまう。
エドガーは、ただ首を振り、俺に縋り付くように抱きしめて動かない。
馬も足を止めていた。
「……」
「……」
エドガーの荒い呼吸と、全身に伝わってくるエドガーの震えで、エドガーの心の悲鳴を全身で感じた。
俺のフードに、ポタッと落ちる音が聞こえた。
俺は、エドガーの腕にそっと手を置く。
それに、ビクッと震えるエドガー。
怯えなくていいのに。
怒っているわけないのに、どうしてこの人は、こんなに俺を想ってくれるんだろうか?
こんなに自分を追い込んで、自分を責めて傷ついている。
こんな時に、心の奥が温まってしまう。
こんなに想われているなんて、気づかなかった。
短い関係だと思って見ないでいたから、エドガーがここまで追い込まれているのに気づけなかった。
俺は何も言わず、エドガーの腕をそっと撫で続ける。
エドガーの呼吸が落ち着くまで、そうしていた。
エドガーの呼吸が落ち着いたのをみて、撫でながら静かに声をかける。
「エドガー、ありがとう。そこまで、俺のことを考えて想ってくれていたんだね。気づかなくて、ごめんね」
抱きしめる腕の力が強くなる。
ポンポンと優しく叩く。
一度深呼吸をする。
「もう一度、言うよ。エドガーのせいじゃない。俺に、暴力を振るったのも、呪いを入れたのも——ダリルだ」
じっと動かず聞いているエドガー。
「それに、ダリルの暴力性があそこまでとは露見してない。それは、露見しないように、されていたんだよ。脅迫と暴力、見せしめでね」
エドガーが息を飲んだのが分かった。
「それを、させていたのは伯爵だ。あれでも跡取りだからね」
俺は、そっと手に力を入れてエドガーの腕を押す。
すんなりと動いた。
振り返りエドガーを見る。
涙を含んだ瞳が揺れていた。
« パン »
俺はエドガーに寄りかかりながら、両手で思いっきり、エドガーの顔を挟む。
手も痛かった。
びっくりするエドガーに、おでこを勢いよくぶつける。
« ゴン »
地味に痛い。
「エドガーのせいじゃない! 分かった!? 被害者の俺が言ってるんだよ!?」
固まるエドガー。
「理解した?返事は!?」
なんとか、頷くエドガー。
「返事!!」
「わ、分かった」
「よし! 次に同じことでグダグダしていたら、魔法でお仕置きするからね!?」
ぎょっとするエドガー。
「それは、遠慮したい」
後ろに仰け反るエドガー。
ほう。
どういうことかな?
「ん? エドガー、その反応は何かな?」
ニッコリ笑って、素早く両手でヒゲを掴んで引っ張ってやる。
「イダダダ、痛いって、ちょ、何本か抜けたよ!?」
俺は無言で両手を見て、サッと手を振り痕跡を失くす。
結構、抜けていた。
「なんのことかな?」
「お前な~」
そう言って、俺の両頬を引っ張るエドガー。
「いひゃい」
パンパンとエドガーの腕を叩く。
「柔らかくて、よく伸びるな~」
その言葉に、ジト目になった俺を見て、素早く両手を離すエドガー。
俺は両手で頬を擦りながら言う。
「そもそも、エドガーが変なこと考えていたんだから、悪いのはエドガーでしょ?」
「へ、変なことじゃ……」
しどろもどろになるエドガーに追い打ちをかける。
「だいたい、俺がそんなことを、考えるわけないでしょ。それとも、俺がそんな人間に見えたの? エドガーのせいにするような、人間に」
エドガーは、そんなことは一言も言ってない。
すり替えである。
「ち、違う、そんな事は思ってもない」
「本当?」
「本当だ!」
「なら良かった」
「お、おう」
「そんなこと、考える暇があるなら、これからのこと考えて、俺を手伝ってよ」
「レオを?」
「そう、俺はそうそう動けないだろうから、俺の代わりに伯爵とダリルをぶん殴ってよ。エドガー強いんでしょ?」
ニヤッと笑って見せる。
「ハハハ、ああ強いぞ! 任せろ、得意分野だ」
「うん、お願いね」
「ああ」
お互い笑い返した。
« « ぐ~、ぎゅるるる » »
タイミングよく、二人のお腹から催促の音が聞こえた。
お互い顔を見合わせ、また笑う。
「お腹すいたね」
「そうだな」
「リックに追いつこう」
「うん。走ってもいいけど、普通の速さでね! この前みたいに走ったら、とうぶん口聞かないからね!」
「わ、分かっている。大丈夫だ。じゃ、行くか」
「うん」
体に感じる風は気持ちよかった。
リックが馬を繋ぎ、木陰に座って待っていた。
俺達は馬を降りて、同じ木に馬を繋げた。
「遅かったな」
「悪い」
「お待たせ、リック」
「構わない。問題もなくなったみたいだしな」
俺達二人の顔を見てニヤニヤした。
リックって、こんな性格だったっけ?
こっちが素なんだな。
「お前な、レオの前で素が出ているぞ」
「もう、今更だろ」
「エドガー、降ろして。準備するから」
「ん? ああ。準備?」
エドガーは俺を降ろして、怪訝そうな顔をしてリックと顔を見合わせる。
「食べる準備」
そう言って、俺は収納から、机に椅子を出し、お皿と紅茶セットをテーブルにのせる。
それを見た二人は笑って、こちらに来て椅子に座った。
「ほら、もらったやつだ。甘いのもあったぞ」
リックがお皿に露店の食べ物を出してくれる。
「美味そうだな」
エドガーが嬉しそうに言う。
「じゃ、食べよう」
三人で久しぶりに穏やかな時間を楽しんだ。
空はよく晴れ、気持ちの良い風が吹いていた。
****************
私は、机に向かって公務をしていた。
そこに扉を叩く音が響く。
「旦那様」
ああ、執事のローウェンか。
「入れ」
「失礼いたします」
ローウェンは入ってきて、手紙を執務机に置いた。
「こちらが先程届きました」
「飛書魔法で届いたのか、誰からだ?」
「アルバート殿が……、こちらが潜ませていた者に気づかれたようで、——使われたようです」
「気づかれたのか、まぁ良い。見張っていたのはアルバートではないからな」
手紙を開いて、一通り読む。
「なるほどな、いい情報をくれた」
「いつ頃、こちらにご到着予定でしょう」
「3日後には会えるだろう」
「さようですか。そのように準備を致します」
「ああ、任せた」
あの二人が自ら護衛として動き、あのエドガーが執着する子供か、楽しみだ。
いつもお読みいただきありがとうございます。
やっとレオとエドガー、元に戻りました。
リックがレオに丸投げでしたが……。
楽しんでもらえたら嬉しいです。
次回 7/18 (土) 20時~22時更新予定です。
よろしくお願いします。




