第42話 遠のいた朝市
一階に着くと人が大勢集まり、ざわついていた。
その中心のテーブルに、グレン様が座っていた。
エドガーとリックが顔を合わせ、視線で会話をする。
「行ってくる」
「頼んだ」
短い会話をして、リックは人混みを掻き分けグレン様の所へ、エドガーは俺を人目から隠すように人のいない方へ移動する。
エドガーが難しい顔をしている。
「エドガー?」
「ん? ああ、すまん。大丈夫だ。レオ、首を突っ込むなよ」
「え? なに?」
「約束しろ、いいな?」
有無を言わせないように、言い聞かせるエドガー。
無言で神妙に頷く。
「悪い。怖がらせたいわけじゃない。嫌な予感がするんだ。レオを関わらせたくない」
あ~、それ言ったらダメな気がする。
グレン様は、厄介事を拾う?
違うな……、率先して首を突っ込むタイプだ。
「あ、待ちなさい!」
エミールさんの叫び声が響く。
すると、人混みの中から少年が飛び出してきた。
「エドガー」
グレン様の静かな、そして抗えない響きの声で、エドガーの名を呼んだ。
反射的に、エドガーは俺を下ろして少年の後を追う。
降ろされる途中で、グレン様と視線が絡んだ。
あ~、やられた。
エドガーに続いて、少年を探しに人が出てくる。
「レオ!」
そこに、俺を呼ぶリックの声が聞こえた。
――俺は、返事ができなかった。
****************
「グレン様! あなたは、なんてことを!」
俺はグレン様に近寄り、食って掛かった。
そんな俺に周りが驚く。
「どうしたんだい? 何をそんなに怒っているんだい?」
宿屋の女将、エミールが慌てて寄ってくる。
「この人は!! ――」
言いかけて、言葉を飲み込む。
グレン様の視線と覇気に抑え込まれる。
「エミール、俺が泊まった部屋を、少し使わせてくれないか?」
グレン様は立ち上がりながら、俺に目配せしてくる。
俺は腹が煮えくり返るのを抑えるために、両手を固く握りしめ唇を噛んだ。
「え? あ、ああ。それは構わないよ。構わないけど……」
俺とグレン様を心配そうに何度も目線を往復させる。
俺は目を閉じ、深く息を吸う。
「失礼しました。大丈夫です」
意識して笑顔を作る。
そんな俺の顔を見て心配そうな顔をするエミール。
「リック、部屋で話そう」
返事をしようとした時、宿の入口が騒がしくなる。
「レオ!!」
レオの名前を呼びながら 、入って来たのはエドガー。
俺とグレン様の顔を見た途端、顔色を変える。
怒りに顔を真っ赤に染めて、次の瞬間、グレン様が壁まで吹っ飛んだ。
そこに居た誰もが息を飲み、固まる。
肩で息をして、荒い息を吐き出して怒りに震えるエドガー。
「レオはどこだ……」
低く怒りに満ちた声が落ちる。
グレン様を今にも殺しそうな目で睨みつけるエドガー。
「レオを……」
怒りで声が震えている。
「――どこにやった!!」
そう言って、グレン様の顔を殴りつける。
慌てて、エドガーを止めに入る。
「落ち着け」
「ふざけるな!!」
俺にも拳を向けてくる。
避けて、後ろから羽交い締めにする。
「離せ!!」
「落ち着け!」
「レオを!!」
怒りで我を忘れて、暴れるエドガーを押さえる。
「よくも……、この、離せ!!」
俺の腕を振り払い、俺に拳を振り下ろしてくる。
それを防ぎ、腹に一発入れる。
「ぐっ」
腹を押さえるエドガーを、素早く押さえ込む。
「今、ここで暴れてもレオは戻ってこない。レオを探す時間を浪費するつもりか?」
俺を睨みつけてくる。
負けずと睨み返す。
「俺だって、殴りたいんだ」
目を見開くエドガー。
バツが悪そうに、そっぽを向く。
「悪かった」
ボソッと謝罪をするエドガー。
「気にしてない。怒って当然だ。それに、殴ったのは俺だしな」
ニヤッと笑ってやる。
「手加減しろよ」
腹を擦りながら言ってくる。
「手加減しただろ」
しれっと、答えてやる。
ふてくされるエドガー。
「あ、あの、今の話って……」
そこに、エミールが遠慮がちに声を掛けてくる。
俺達とグレン様を伺いながら、慎重に聞いてくる。
「ま、まさか……、レオまで、攫われたのかい?」
ぐっと押し黙るエドガー。
代わりに答える。
「そうだ」
「そんな!!」
驚きに声を上げて、両手で口を塞ぐエミール。
何かに気づいたように目を見開き、グレン様に視線を向けた。
「部屋をお借りします」
エミールの肩に手を置き、静かに伝える。
俺を見返し、エドガーとグレン様を見て、声を絞り出して答える。
「……あ、ああ。好きに使って。すぐ飲み物と軽食を届ける」
「助かります」
頭を下げる俺に、小声で話しかけてくる。
「誰も三階には行かせないから、安心して話しておくれ」
俺はもう一度、深く頭を下げた。
「エドガー、先にグレン様が泊まっていた部屋で待っていてくれ」
無言のエドガーに、チラッとグレン様を見る。
「必要な手当をしてから部屋に行く」
エドガーもグレン様を見るが、直ぐに視線を外した。
「俺は少し情報を集めてくる。先に食べていていい」
そう言って外に出ていった。
一人にして大丈夫だろうかと思ったが、動いていたほうが落ち着くか……。
そして問題児のグレン様に声を掛ける。
「グレン様、さっさと起きてください。気絶なんてしてないくせに、黙りでやり過ごせるわけないでしょう」
「え?」
その俺の言葉に驚いたのは、エミールだ。
「あんなので、気絶しませんよ。ほら、グレン様、起きて片付けてください。俺は手伝いませんよ」
「まったく、心が狭いな~」
首を鳴らし、ゆっくりと起き上がり、背を伸ばす。
自分と一緒に飛んだ、椅子を片付け机を元の位置に戻す。
「エドガーも、二発殴らせてやったんだ、大丈夫だろう。しかし、冷静に全体を見られるように、ならんとダメだな」
はぁ!?
なんだ、その言い草は、レオを餌にしたくせに!!
キレそうになるのを、ぐっと堪える
椅子に座り、頬杖をつくグレン様。
その目の前に、木のコップを勢いよく置くエミール。
《 ダン!! 》
中身が半分ほど溢れていた。
「色々と、全体を見られるグレン様なら、今の私らのことも手に取るように分かるだろうね」
引きつった笑顔を張り付け声を掛ける。
目が笑ってないエミール。
「おい、エミー……」
何かを言いかけ、怒りの形相のエミールを見て押し黙る。
周りを見渡し、全員から冷たい視線を浴び、頭を掻く。
「あ~、やり過ぎだったか?」
『『『この、ど阿呆が!!』』』
そこに居た全員の心の叫びが一致した。
俺は感情のままぶち撒けそうで、口を固く閉じる。
代わりにエミールがぶちまけた。
本当に、物理的に。
《 バシャ!! 》
もう一つ手に持っていたコップをそのまま、グレン様にぶちまけた。
『『……』』
「……」
ポタポタとグレン様の頭から水が落ちる。
誰もが、あっけにとられ押し黙る。
「……」
グレン様も固まって言葉も出ない。
水を掛けられたことなんて、はじめてだろうな。
その様子を見たエミールは、一度、調理場に引っ込んだ。
戻ってきたエミールの手には布、それをグレン様に押し付ける。
「自分で拭きな、魔法を使うんじゃないよ」
エミールはその勢いのまま、俺や周りを見る。
「あんたたちも、魔法でこれを乾かすんじゃないよ! あ、グレン様、濡れた机や床も、それで拭いてくださいね。いいですね!」
「わ、わかった」
グレン様は、上体を後ろに引いて、コクコク頷く。
そこに居た誰もが、エミールさんは怒らせてはいけないと、密かに思った。
「リックさん、そっちに座って休んどくれ、すぐ新しい飲み物を持ってくるから」
「あ、ああ」
返事に少し詰まる。
女性は怒ると怖い。
とくに、いつもにこやかな人は……。
エミールが調理場に行くと、こちらにまで会話が聞こえてきた。
「あれだけで、よかったのか?」
「仕方ないだろう。私は第三者なんだから、あのぐらいにしとかないとね。本当に怒っていいのは、レオやエドガーだろう。もっと殴ってやって、よかったのにね~」
「そうか? お前がいいなら、いいが」
「あ、一つは水でいいよ。もったいない。リックには、美味い果実酒でも出そうかね」
き、聞こえているんだが……。
内緒話とは到底思えない、声の大きさだ。
グレン様をこっそり伺うと、しょんぼりしていた。
……自業自得だな。
果実酒か、美味そうだ。
エドガーの分も用意してもらおう。
レオは……攫われる前、グレン様と一瞬、視線を交わしたように見えた。
それに――その後、俺を見た。
俺を見て笑った気がするんだよな……。
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次回 6/24 (水) 20時~22時の間に更新します。
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