第41話 穏やかな朝に
「……ぅ」
暑い。
これは……、やっぱり。
隣を見ると、エドガーがくっついて寝ていた。
腕が乗ってないだけましか。
俺は上半身を起こし、エドガーを覗き見る。
「このヒゲ、いつ剃るんだろう?」
もっさい。
絶対、ない方が格好良いだろうに。
無意識に手を伸ばし、髪を触る。
「あ、サラフワだ」
少し癖毛のようだ。
気持ちよく、つい撫でてしまう。
「ダメだな、起こしちゃう」
じっと、エドガーの寝顔を見る。
隣のベッドを見ればリックも眠っている。
「……一ヶ月、か」
残されている時間は少ない。
あと、一ヶ月しか一緒にいられない。
腕枕となっていたエドガーの腕をそっと撫でる。
手を伸ばせば触れられ、温かい。
目がぼやけ、ぐっと胸の奥が締め付けられる。
気づかないふりをして、俺は窓を見る。
「まだ夜明け前か、前は別館の窓からだったな……」
様々な感情が湧き上がる。
「今の俺はレオだ」
この与えられた時間は、俺の時間じゃない。
「……俺は死んだ身だ」
ベッドについていた手のひらをぐっと握りしめる。
今の俺に出来ることを、すべきことをしよう。
「残された時間は少ない、――大丈夫だ。問題ない」
窓から見える空が白み始めた。
俺はそっとベッド降りて窓に近づき……。
「これくらいなら問題ないだろう」
遮音と結界をはり、収納から椅子をだして登り、窓を開ける。
朝の冷えた、澄んだ空気を胸いっぱいに吸う。
夜が明けていく空を眺めながら深呼吸をして、頭を整理する。
「なんだかな」
窓枠に両肘を付いて、両手のひらに顎を乗せて、朝日を眺める。
「かなり精神が身体年齢に引っ張られているな」
一人で落ち着けば、冷静な思考ができる。
「しっかりしろ」
両頬を手のひらで叩く。
「伯爵家にいる皆を助けないと、レオの願でもある。俺も助けられたし、見逃せない。シンプルにやるべきことをするだけだ。俺自身は異世界に関わる、おまけの時間を貰ったと思えばいい。魔法も使えて面白いしな」
後ろを振り返り、眠っている二人を見る。
「この二人は、俺との縁だな。グレン様も」
レオは会っていない。
不思議だな。
胸の奥に湧く感情を黙殺する。
「この二人、俺より年下だよな……」
なんか複雑だ。
まぁ、仕方ないよな、うん。
「考えても仕方ないな。残り時間を有効に使って、少しぐらい楽しんでもいいよな」
無意識にエドガーを見て話していたが、悠人は気づかない。
窓の外の景色を見ながら、思考を切り替える。
「朝市、楽しみだな。どの当たりだろう」
窓から身を乗り出すと、パリンっと結界が破壊される
「え?」
「何を!?」
エドガーに抱きしめられていた。
抱きしめる腕が震えているのが分かった。
「あ、えっと、朝市はどの当たりかな? っと、思って見ていたんだけど……」
さらに、ぎゅっと強く抱きしめられる。
「……どうして、遮音と結界を?」
「えっと、椅子を出したり、窓を開けるし、それに朝の冷たい風が入るといけないと思って」
腕をそっと緩め、俺の顔を覗き込むエドガー。
その目を、表情を見て、――息が止まる。
エドガーは優しく俺を抱きしめ直し、緊張を解くかのように大きく息を吐いた。
「はぁ~~~」
エドガーは俺を抱えたまま脱力して、俺が使っていた椅子に座った。
俺はそのまま抱き込まれ身動きができない。
だが、まだ震えているエドガーの腕を、振り払うことはできなかった。
「……」
「……」
黙ったまま動かないエドガー。
「エドガー?」
反応がない。
どうしたんだ?
なんか、変じゃないか?
「グゥ~」
静かな部屋に響いた、お腹の音。
思わず赤面する。
エドガーが体ごと震えた。
「フッ、お腹すいたか? ハハ、顔が真っ赤じゃん」
俺の顔を覗き込み、笑う。
条件反射で、ヒゲを引っ張る。
「ちょ、イタタ。ごめんって」
「はいはい、じゃれない、じゃれない。ほら、顔を洗って準備して」
「リック、俺達の扱い雑になってないか?」
「何言っている。雑にしているのは、エドガーだけだ」
「ちょ」
「アハハハ、フフフ」
エドガーから脱出して、笑う。
「あ、レオ」
「顔洗ってくる」
「あ、こら、一人じゃ届かないだろ?」
そう言って俺の後を付いてきた。
その後ろではリックが笑っていた。
支度を済ませて、荷物をまとめているとノック音が響く。
リックが返事をする。
「おはよう、皆起きているかい?」
宿の女将さん、エミールさんだ。
リックはドアを開ける。
「おはようございます」
「ああ、開けてよかったのかい? まぁ、今は私しかいないけど」
「ええ、どうされましたか?」
「もうすぐ、グレン様が帰ってくるから呼びに来たんだ」
「え? グレン様、こんな朝早くに出かけているの? あ、エミールさん、おはようございます」
「おはよう、レオ。ああ、グレン様はね、もう先に食べて、馬を見に行っているよ」
「え? 馬を?」
「ああ、親父の日課だ。親父の馬は軍馬と魔馬のかけ合わせだから、毎朝、体調を確認するんだ。必要だとそのまま朝駆けしてくる」
「大変なんだね」
「まぁな。好きじゃないと出来ないな」
優しい顔で言うエドガー。
その顔を見て、リックを見たら目があった。
リックは苦笑いして肩を竦めた。
「まぁ、そういうことさ、じゃ、準備して降りてきて」
「わかった。ありがとう」
「どういたしまして、ああ、温かい飲み物用意しとくから、飲んでいきなよ」
「ありがとう」
「じゃ、これで。そうだ、レオはしっかりフードを被っておいで」
エミールさんの言葉に、三人が顔を見合わせる。
「わかった」
「はーい」
「ありがとうございます。助かります」
リックは、お礼を言って、エミールさんと一緒に部屋を出て行く。
首を傾げて見送る。
「ふ、リックはエミールさんに、情報を聞いているんだ」
「情報?」
「ああ、レオがフードを被る理由の、な」
「なるほど」
「ほら、準備するぞ。親父が戻ったら朝市に行くからな」
「うん」
俺は持ち物を収納へ放り込んでいく。
エドガーとリックの分も預かっている。
「おしまい」
「ほんと、いいよな収納。今までの苦労が嘘みたいだ」
「俺が居るときだけだから、慣れたらダメだよ」
軽く言った言葉に、エドガーの空気が一瞬、変わった気がした。
「エドガー?」
振り向こうとしたら、フードを被せられる。
「わ? なに? まだ、いいでしょ?」
「しっ」
エドガーが人差し指を唇にあて、静かにとジェスチャーする。
俺も息を殺し、部屋の扉を注視する。
「そこで、何をしている!」
リックのドスの利いた声が外で響いた。
その後に聞こえたのは、舌打ちと駆ける足音。
少したって、ノックの音。
「入るぞ」
リックだった。
手にはトレイに乗ったコップ。
「店内は駄目か」
「ああ、こちらの情報を集めようとしている者がいる」
「何が狙いだ? 親父か、公爵か?」
「……いや、それが」
歯切れが悪いリック。
「おい」
エドガーの声が低くなる。
「ああ、レオだ」
「は? なんで俺? 誰にも見られてないよね?」
「そうなんだが……」
チラッとエドガーを伺うリック。
なんだ? どうしたんだ?
「はぁ~、もう、いい。わかった。あのクソ親父が!」
「え? どういうこと?」
「どうせ親父が朝、食堂でレオを自慢したんだろ」
髪を掻きながらイラつき、答えるエドガー。
「その通りだ。エミールがすぐ止めたそうだが、それにも変に対抗したらしく」
「アホな連中に、レオの存在がバレたと」
「そういう事だ」
な、なるほど。
孫の可愛さを自慢する、おじいちゃんか……。
その話を聞いて、俺に目をつけた連中がいると。
なんだかなぁ~。
「ハハハ」
「笑い事じゃないぞ、レオ」
「そうかもだけど、もう知られちゃったんでしょ? なら仕方ないじゃん」
「それは、そうだが」
「笑い事でもないぞ? 朝市で、レオは歩けなくなった。エドガーが抱き上げて移動だ」
「え? うん、最初からそのつもりだったけど?」
「え?」
驚くエドガー。
「だって、朝市なんて人混みでしょ? 俺だと歩きにくいし、迷子になりそうだから」
「それも、そうか」
「ほら、エミールから飲み物を貰ってきた。レオは果物の飲み物だ、俺達はホットエールだ」
「朝は冷えるからありがたい」
俺を椅子に座らせて、コップを渡してくれるエドガー。
「ありがとう」
「ゆっくり飲めよ」
そう言って、じっと俺を見てくるエドガー。
首を傾げる。
「いや、温かい果物の飲み物、美味いのかと思ってな」
飲みながら、なるほどと思う。
名前が一緒か分からないが、たぶん、りんごにはちみつ?
他にも果物が入っていると思うが、酸味は少なく自然な甘さで美味しい。
「美味しいよ。少し飲んでみる?」
「いいのか?」
頷きながら、コップを差し出す。
受け取り、恐る恐る口を付けるエドガー。
「お? 美味いな」
俺にコップを返しながら言う。
「でしょ?」
「レオも、少しエールを飲んでみるか?」
「いいの?」
目を輝かした俺に笑うエドガー。
異世界のエール、すごく気になる。
エドガーが差し出すコップを受け取ろうとしたが、リックが横から奪う。
「ダメに決まっているだろう」
「ええ~」
「硬いこと言うなよ」
「あのな、レオは爆弾抱えているんだぞ? 何が引き金になるか分からないだろ?」
いや、エールは魔力に関係ないだろ。
多少血流は良くなるかもだけど。
アルコールなんて微々たるものだろうが。
ムスッとしていると、リックが呆れた声で言う。
「レオは知らないかもだが、エールは魔草が入っている。だから、弱いが魔力を帯びているんだ」
「え? そうなの?」
「あ、そうだったな」
「エドガー、しっかりしてくれ」
「すまん」
そんな事を話しながら、ゆったりと過ごしていると、ノック音が響いた。
エミールさんが呼びに来た。
「グレン様がお待ちだよ」
「分かりました、すぐ降ります」
返事を聞いて、戻っていくエミールさん。
「出発しよう」
「ああ、行くか。レオ」
「うん」
俺はエドガーに両手を伸ばし、エドガーに抱えられる。
フードをしっかりと被り、部屋を後にした。
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次回 6/20 (土) 20時~22時の間に更新します。
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