第39話 神力の糸
エドガーは部屋に入り、俺に被せた外套を取る。
「悪いな」
「いいけど、そこまでかな?」
「残念だがな」
俺のおでこを突きながら困った顔をする。
「レオ、容姿もそうだが、――お前は爆弾を抱えている。些細なことが命取りになる」
ベッドに寝かせながら、真剣な眼差しで見つめられる。
無意識に息を飲み込む。
「……」
確かにその通りだ。
俺はこの世界のことは分からない。
俺が緊張したのが分かったのか、ふっと優しく目を細めるエドガー。
「安心しろ、必ず守る。だが、用心は必要だ。わかるな?」
頷き答える。
「いい子だ。さぁ、ゆっくり休め。話が終わったら起こしに来る」
「うん、絶対だよ」
「ああ、おやすみ」
優しく笑って、おでこにキスを落とす。
「お、おやすみ」
「ハハ、早く慣れろ」
そう言って、部屋を出て行くエドガーを見送る。
慣れるか!
俺は日本人なんだよ。
愛情表現がストレートになってきてないか?
子供に無駄遣いするなよ。
「まったく」
ため息をつく。
『悠人~』
顔面にボフッと光の玉が現れる。
「わ!」
思わず掴んで、顔から離す。
「びっくりするでしょ!」
「すまんの~、ちょっと慌てたのでの」
「まったく、あれ? 掴めている?」
「掴んどるの~」
「なんで? 掴めないと思っていた」
「儂の認識も一緒じゃの」
「え?」
「なぜ掴めるのじゃ?」
「……」
「……」
二人して固まり、しばし無言。
「……分かんない」
「まぁ、よい。それより離してくれるかの?」
「あ、ごめん」
そっと手を離す。
「うむ、そんな事より悠人。――お主、何をした?」
一段低くなった声で問われる。
「え?」
「何をすれば、そこまで魔力を使うのじゃ!?」
「え……」
「……気付いてないのか? 何に魔力使ったか知らぬが、今のままでは王都まで持たぬぞ」
俺は目を見開き固まる。
なんで、どういう……?
「……」
「本当に気付いていなかったようだの」
頭が真っ白になる。
「っ……」
血の気が引く。
王都に行けない?
どうしたら……、考えがまとまらない。
頭を抱え込み、髪をぐしゃっと握る。
「落ち着くのじゃ」
「これが、落ち着いていられるか! 王都に行けないと、――何も、何も出来ない」
声が震える。
「そなた…、自分の命より、王都行きが大事なのか?」
「当然だろう、俺は元々死んでいる。王都に俺が行って、公爵と話をつけないと、伯爵家にいる使用人や騎士、それに多くの領民たちが苦しむことになる。なんとかしないと……、どうする」
「そなたは、レオだからではなく、――悠人の時も、自分を粗末にしていたようだの」
「……代理人、遺言? いや……」
ブツブツと考え込んでいた俺は、じいさんの独り言は耳に入っていなかった。
「聞こえておらんの……、困ったやつじゃ。悠人。悠人!」
顔面に光の玉が突っ込んでくる。
「わ!!」
衝撃でひっくり返る。
「む?」
「む、じゃないよ」
ベッドの上で良かった。
上半身を起こし、あぐらをかく。
「この姿じゃと、物質に影響を及ばさぬはずじゃが、なぜじゃ? 悠人だからか?」
「なんで、そうなる」
「そなたの魔力が異質だからじゃ、まぁ、よい。そんな事よりも、レオの体のことじゃ」
「!!」
目に期待の色が浮かぶ。
「どうにかなるのか!?」
前のめりになり、じいさんに迫る。
「落ち着くのじゃ。まったく、その話もしようと来たんじゃよ」
「そ、そうか、すまない」
「よい。レオから許可がでた」
「許可?」
「……忘れたのか? レオの体、寿命を伸ばす方法じゃ。呪いを儂の神力で抑える」
息を飲む悠人。
「……いいのか? レオが、許してくれたのか?」
「ああ、許すというより、好きに使ってくれと言っておったの」
「好きに、って、――本当にいいのか?」
「ああ、レオは許可なんかいらないと言っておったぞ」
「そうか……。レオに感謝を――ありがとうと伝えて欲しい」
「ふむ。それは自分で伝えれば良い。レオが、悠人と話したいと言っての。最後の願じゃと」
「俺と話すのが、最後の願い?」
「そうじゃ」
「いいのか、それで? 俺は構わないが、レオの魂は大丈夫なのか?」
「レオがどうしても、悠人と話したいと言うからの。話せるようになるには、もう少し時間が必要じゃの」
「一ヶ月ぐらいしか時間がないだろ? 間に合うか?」
「問題ない。しかしの、悠人。無茶な魔力の使い方をしたら、いくら儂が神力で抑えていても、そなたの魔力がなくなれば、一ヶ月も持たぬぞ」
「うっ、気を付けるよ」
「それで、一体何に魔力を使ったのじゃ」
藪蛇だ!
俺は観念して出発から馬での移動の件を、じいさんに全て話した。
「……そなた、加減を知らぬのか?」
「あの時は、怖すぎて切れたんだよ。お願いしても、意味通じないし……」
「二度と、するでないぞ?」
「う、うん。気を付けるよ」
光の玉が目の前まで迫ってくる。
「信用できぬのぉ。その、エドガーという者を、悠人の命令に従うようにするかの」
「やめろ!!」
「ほう」
「っ、ごめん。何もしなくていい。俺がちゃんと気をつける。無茶な魔力の使い方は絶対しないから」
「ふむ」
ふよふよと、目の前で光の玉が揺れる。
「エドガーという者は、悠人にとって特別のようじゃの」
「そんなことない」
そっぽを向き答える。
「その割には、咄嗟に出た言葉だったようじゃがの」
「そうだったかな」
ぶっきらぼうに答える。
「悠人、そなたは一人ではない。良い者たちと出会えたようじゃの」
「……まぁ」
「ほほ、では早速、呪いを抑えよう」
「ああ、頼む」
「横になると良い。悠人、もう一度言う、魔力には気を付けるのじゃぞ。今回は儂がなんとかしよう。だが、そなたの魔力は異質なため、何度も同じことは出来ぬ」
何度も同じ事を言う、じいさん。
これは、かなり心配かけたかな。
それだけ……危なかったんだな。
「心配かけてごめん。魔力の使い方は気をつける。約束する」
「うむ、横になって楽にすると良い」
「ああ」
言われたとおりに、ベッドに横になる。
仰向けで天井をじっと見つめる悠人。
「悠人、そなたの魔力を通り抜け、儂の神力で呪いの球体を直接包む。神力に違和感があると思うが、拒むのではなく受け入れるのじゃ」
「わかった」
目を閉じて精神を整える。
「はじめるぞ」
全身が温かな魔力に包まれる。
神力は外から入ってくるものと思っていた。
だが、体の内側、胸の中央のあたりから少しずつ、清らかな強い力の源が湧き出す。
思わず、体がビクつく。
「大丈夫じゃ。思っていた以上に、そなたの魔力は親和性が高いの。ゆっくり深呼吸を繰り返すのじゃ」
俺は頷き答えて、ゆっくりと深呼吸を繰り返す。
胸の中心から湧き出た神力は、若草色で透き通る新緑のような美しい色合いに見える。
その神力が徐々に体に浸透していく。
そして、呪いの場所に近づくと、神力が集まり糸のようになる。
その糸が、呪いを囲んでいる俺の魔力の壁を通ろうとする。
「あっ」
弾いてしまった。
「受け入れるのじゃ」
頷き、受け入れるように自分の魔力を、糸が通れるように道を開ける。
そこを、神力がスッと通り、呪いと俺の魔力の間に入り込む。
「いいぞ、あと少しじゃ」
糸の神力が濃さを増す。
そして呪いの球体を糸が絡めていく。
じっと、観察していると呪いの球体は見えなくなり、神力の毛糸玉……糸玉が出来あがる。
ガッチリ、球体を包み込んでいる。
「上手くいったの。よし仕上げじゃ」
次に神力の糸が俺の魔力と混ざり合い、混合の糸ができあがる。
その糸で、さらに絡めて先程より大きめの糸玉となった。
「完成じゃ。儂の神力と、そなたの魔力との混合。そして、そなたの魔力で囲う。三重構造となっておる。これであれば、魔力と親和性が高まり、身体の負担も少なかろう」
「……すごい。神力って綺麗な新緑の若葉色なんだな」
「ほう。そう見えたのか。そなたの魔力は透明だが。キラキラと小さい金色の粒子が光り綺麗じゃぞ」
「金色の粒子? そうなんだ。透明だと思ってた」
「ほほ。さて疲れたであろう。眠ると良い、近いうちに様子を見に来るでの」
「……ん」
急激に眠気に襲われる。
さすがに、緊張していたかな。
これで、王都に行ける……。
「……ありがとう、ございます。おやすみな……」
途中で言葉が途切れ、すぐ悠人の寝息が聞こえてきた。
「おやすみ。――安心したようじゃの」
悠人の側に近づき、じっと見つめる。
「神力が胸の中心から湧き出るか、――悠人、やはりそなたは特別な者なのかの。しかも、色が新緑とはの」
ライガード神が囁いた、その言葉は誰の耳にも届かなかった。
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次回 6/13 (土) 20時~22時の間に更新します。




