第37話 最初の町
街の中を宿に向かい、ゆっくり歩く。
チラチラとこちらを見ながら歩くグレン様は、レオを気にしているようだ。
「ん……」
レオが身じろぐ、町に入り人通りがある。
騒がしくて起きてしまったようだ。
「ん~」
目をパチパチさせて、俺を見る。
「……リック、おはよう」
そう言って手で目をこする。
まだ寝ぼけているようだ。
「おはよう。具合はどうだ?」
「ん、大丈夫。まだ眠いけど……」
返事をしながら、周りに視線をやり固まるレオ。
「え? どこ? 今日は小さい村に泊まるって、言ってなかったっけ?」
「ああ、その予定だった」
「だった?」
「レオがぐっすり眠っていたから、早く移動できた。ここは2日目に泊まる予定だった町、ガルドだ」
「ガルド」
町の名前を呟きながら、周りを見るレオ。
寝起きだからか反応が遅いな。
「は!?」
急に声を上げて、ぐりんと体ごと俺に向き驚愕の表情を見せた。
「ふっ」
我慢だ、反応が面白く笑いそうになる。
そんな俺の反応を見てムッとするレオ。
「リック、我慢せずに笑えばいいでしょ」
「ク、アハハ、悪い。反応が面白くてな」
「そりゃ、驚くでしょ! 寝ている間に1日すっ飛ばした感じじゃん。と言うか、早すぎじゃない? どれだけ飛ばしたの? 馬たちは大丈夫なの?」
表情をコロコロと変えながら話し、最後には呆れ顔だ。
「馬は問題ない。3頭とも軍馬だし、辺境伯で鍛えられているからな。で、乗っているのがグレン様を筆頭に俺等だから可能だな」
ちょっと得意げに言ってみたら、胡乱な視線を返された。
「寝ててよかった」
いいながら視線を露店に向けた。
ああ、お腹が空いたか。
「いい匂いだね。リック、お腹空いた」
やっぱりな。
「レオは昼食を食べてないからな」
露店に目移りしているレオを眺めながら答える。
「何か買って食べたらどうだ」
横からグレン様がそわそわしながら、声をかけてきた。
レオを構いたいんだろう。
「そうですね。レオ、もう少ししたら夕食だから、軽めの物を食べようか」
「そっか、わかった」
納得したのか、素直に頷く。
可愛いと思うが、レオは同じ年頃の子供たちに比べて、聞き分けが良すぎる。
「レオ、何が食べたい? 好きなものを買ってやろう」
グレン様が、ここぞとばかりに甘やかす。
「うん、ありがとう」
お礼を言って、辺りを見渡すレオ。
「どうした?」
「エドガーは?」
「エドガーなら、宿を取りに先に行ったぞ」
「そうなんだ」
視線を下げて肩を落とすレオ。
キョロキョロとしていたのは、エドガーを探していたのか。
いないと知って、寂しそうにする姿に苦笑した。
エドガーが知ったら喜ぶだろうな。
「気にしなくていいぞ」
グレン様に言われても、レオは悩んでいるようだ。
そんな中、チラッとグレン様を横目で見ている。
これは、グレン様も気にしているな。
笑いそうになるのを我慢して聞いてみる。
「どうする?」
するとパッと俺に振り向いた。
「リック、宿は遠いの?」
「いや、ここの露店を抜けるとすぐだぞ。もう少し、我慢できそうなら宿で食べるか? たぶんエドガーが手配していると思うぞ」
「なら、露店やめて、宿でご飯食べる」
そう言いつつも、露店に視線が行くレオに笑いがもれる。
「クッ、エドガーなら、気にしないと思うけど、いいのか?」
「俺たちのために、先に行って準備してくれているんだからダメ」
「そうか、わかった。なら、急ごう。あと、露店なら朝市がある。明日の出発前に皆で行こうか」
「朝市があるの!? うん、行く!」
嬉しそうに笑うレオ。
グレン様は不服そうだが、レオは早く宿に行こうと急かしてきた。
「リック、早く行こう。明日の予定も知りたい。グレン様、ご飯食べながら教えてくださいね」
「もちろんだ、腹が減っただろう。さあ、急ごう」
レオに話しかけられ、打ってかわって、上機嫌に歩き出すグレン様。
ちょっと呆れてもいいだろうか。
親子揃ってレオが大好きだな……。
まぁ、グレン様を怖がらない子供は、珍しいから嬉しいだろうな。
レオは不思議な子供だ。
――しっかり者だが何故か変なところが抜けていて、危なっかしくてほっとけない。
そんなことを考えながら、足早に宿に向かった。
露店を抜けて少しすると、宿の看板が見えた。
案の定、入口でエドガーが待っていた。
「あっ、エド……」
レオが呼びかけるも、途中で言葉がしぼむ。
振ろうとした手も、空中で止まっていた。
エドガーを見ると、難しい顔で地面を睨んでいる。
――なるほど、二人とも世話が焼ける。
「レオ、あれは怒っているんじゃなくて、ただ考え込んでいるだけだ」
ぴくっと、体を反応させるレオ。
「べ、別にそんなの気にしてないよ」
なんだ、この二人は……。
すると、俺達に気づいたエドガーが、こちらにやって来る。
「早かったな。レオは寝ているのか?」
「あ~」
「起きている」
返答を悩んでいたら、平坦な声で被せ気味に答えるレオ。
「そ、そうか。その――レオ、悪かった!」
突然、レオに向かって頭を下げるエドガー。
俺も、周りもぎょっとして動きを一瞬止める。
「ちょ、エドガー」
「悪かった。もうしないから、許して欲しい」
「わ、分かったから! 頭を上げてよ」
レオは周りから注目を集めているのを気にしながら言う。
エドガーは、焦ったレオの声を聞いて頭を上げる。
「もう、いいから」
「本当か?」
「うん。もう怒ってないよ。でも、エドガーの馬には乗らない」
「え!? どうして?」
「許すし怒ってないけど、それとこれとは別。そんな事より、お腹すいた」
「そ、そんなこと……」
呆然とするエドガーに、こっそり足を軽く蹴る。
「レオがお腹をすかせている。宿はどうだった?」
「あ、ああ。部屋は2部屋。親父はいつもの3階の奥の角部屋だ。俺達はその隣が空いていた。食事は親父の部屋に、持ってきてもらうよう手配した。言えばすぐ用意してくれるぞ」
説明しながらも、レオを気にするエドガー。
しょうがない、助け舟をだしてやろう。
「俺とグレン様は先に部屋に行き、荷物を置くよ。レオ、エドガーと一緒に食事を頼んできてくれるか?」
そう言うと、きょとんと俺を見てバツが悪そうにした。
「うん。(ありがと)」
小声で礼を言われた。
頭を軽くなでて、エドガーにレオを渡す。
「じゃ、頼んだ」
グレン様は、横目でその様子を見て、何とも言えない顔をしていた。
「グレン様、行きますよ。すぐ食べられるようにしましょう」
「そうだな」
しぶしぶ宿に先に入ってくグレン様に続き宿に入る。
グレン様とリックを見送り、エドガーと二人になる。
ちょっと、気まずい。
仕方ない、大人の俺が先に話そう。
「ねえ、この宿はよく使うの?」
「あ、ああ。この町に来ると使う宿だ。風呂もあるし、食事が美味い」
「お風呂! あ、でも、大浴場か……」
「ん? 大浴場?」
「え? えっと、宿に泊まっている人たちの皆が、利用するお風呂だよね?」
「――いや、そんな風呂は聞いたことがないぞ?」
「え? そうなの?」
「ここも、3階の部屋に付いているだけだぞ」
「そ、そうなんだ」
「どこにあるんだ? そんな風呂?」
「え? え~と、どこだっけ?」
日本の旅館だよ!
こっちは違うのか。
どうしよう。
「覚えてないのか?」
「本で読んで知っていたか、誰かに聞いたのかも。覚えてないや、ごめんね」
「いや、謝ることじゃない。先に風呂に入るか?」
「う~ん。そうしたいけど、お腹空いているから、ご飯食べたい。エドガーが先に行っているって聞いて、露店我慢したんだ」
「え? 我慢してくれたのか? 悪かったな」
そう言って頭をなでてくるエドガー。
「すぐ、夕食を運んでもらうよう頼みに行こう」
「うん」
そう言って、宿に入っていく。
すると、受付に女性が待っていた。
「何していたんだい、さっきリックに会って食事を頼んでいったよ。あんたが来たら部屋に来いって伝言だ」
「そうか、ありがとな。レオ、もう頼んでくれたようだ。部屋に行こう」
「うん。わかった」
「ちょっと待ちなよ。私にその子を紹介してくれないのかい?」
俺に視線を寄こした女性は、元気のいい女将さんって感じだ。
赤髪をポニーテールにして、活発で物怖じしないタイプだ。
「覗くな」
「なんだい、減るもんじゃないだろうに」
「減る。部屋に来た時に紹介してやる。レオがお腹空かせているから、早めに頼むよ」
「それなら、早くしないとね。坊や、すぐに主人の美味しい食事を持っていくから、待っておいで」
「ありがとう」
「おや、エドガーと違っていい子だね~」
「ほっとけ。じゃ、よろしくな」
「あいよ」
気持ちの良い会話の掛け合いだ。
エドガーは手を振ると、入口近くの階段を上がっていった。
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