第35話 魂がたどる先
俺は自分の存在が薄れていく恐怖を感じながら、レオ少年がロベルトとハワードと会話するのを眺めていた。
その間、レオ少年の心情が俺にも流れ込んで来た。
本当の事を言えない縛りの中で、二人への感謝と好意、そして謝罪。
二人が大好きな気持ちがダイレクトに届く。
一番大きい感情は――寂しさだった。
もう会えない寂しさを、胸に閉じ込めて最後まで笑顔だったレオ。
強くて優しい少年だ。
俺は何もしてやれない、それが酷く心を締め付けた。
二人と最後の別れをしているレオに意識を向けていた俺は、――訝しげにレオを見ていたエドガーの視線に気づかなかった。
「……レオ?」
じっとレオを見つめるエドガー。
「エドガー? どうした?」
「――いや」
首を振りなんでもないと、手を振るもレオから視線を外さない。
そんなエドガーにリックは疑問に思ったが、こうなったエドガーは何も話さないと知っていた。
「いつでもいい。何かあれば言え、協力する」
驚いたように、こちらを向くエドガーに笑う。
「そんなに驚くことか? 長い付き合いだろ」
じっとリックを見て、バツが悪そうに目を伏せる。
「ああ、その時は頼む。時期が来たら必ず伝える」
そう言って、視線をレオに戻すエドガー。
それに短く答える。
「ああ」
俺もレオを見ると、ロベルトとハワードに手を振って、こちらに歩いてくるところだった。
途中で、再度振り返って礼を言い、手を振っていた。
微笑ましい。
あの二人はレオにとって、大切な者なのだな。
なんだかレオが幼く見えた。
ちょうど半分ぐらいの所でレオが立ち止まる。
靴の紐がほどけたようで、しゃがんで結び直しているようだ。
****************
『悠人、レオを体から連れ出す。もう少しの辛抱じゃ』
じいさんの声が遠くに感じる。
自分の存在が希薄になる中で、ぼんやりと――俺が出なくていいんだろうか。
そんな考えに至る。
『じいさん……』
『悠人、忘れたか? そなたが出たら、この体はそのまま亡骸となる。――辛い思いをさせてすまないの』
そう言って、じいさんの気配が消えた。
****************
『レオ、大丈夫かの?』
『……ライガード神様。――大丈夫、です。ありがとうございます』
『ならばよい、休みなさい。ああ、1つ確認じゃ、そなたの体のことじゃ、動ける時間を伸ばすのに儂の力を使うと、何も残らず消えてしまう。悠人は時間が欲しいようじゃ、どうしたいかの?』
『問題ありません。悠人さんは僕の願いのために動いてくれているので』
『そうか。儂の力が及ばず、すまないの』
『とんでもございません。こうして力を貸していただいて、ありがたいです。悠人さんにも、とても感謝しています』
『悠人に伝えよう。喜ぶじゃろうて』
『ライガード神様、お願いがあります。どうか、悠人さんと話せる時間をいただけないでしょうか』
『悠人とか、ふむ……』
『先程、同じ体に一緒に居た時に、何か思い出しそうだったんです。もしかしたら、悠人さんと以前にお会いしているのでは?と。直接話すことができれば、思い出すことができるかも知れません』
『なんと、レオと悠人が会っておる? ――そのようなこと、起こりうるのか?』
『確かではないのですが、魂の波長というか、魔力を以前に感じたような気がするのです』
『そうか、悠人にも伝えて話せるようにしようかの』
『ありがとうございます』
『よい。儂も気になるのでの。さあ、レオ一度休むと良い。また、話そう』
『はい。ありがとうございます。よろしくお願いいたします』
****************
音も何もない空間で、俺はただ孤独に自分の存在が、消えていく恐怖に耐えていた。
どんな状態でいるのか、居る空間の大きさも、上下も分からない。
じいさんが居なくなって、どれくらい経ったのだろうか?
永遠のようにも、まだ一瞬しか経っていないのか、時間も曖昧だ。
『悠人!』
俺の名を呼ぶ声が聞こえた。
『悠人!しっかりするのじゃ!』
心配する声に安堵する。
『すまない。まさか、これほど魂に負担がかかるとは……』
温かい優しい光に包まれる。
先程までの不安が嘘のように消えていく。
『もう大丈夫じゃ。悠人、一人にしてすまなかったの――不安にさせたの』
じいさんに、大丈夫と言いたいが、上手く話せない。
声が出ない事に焦る。
『もう大丈夫じゃよ。安心して良い。まず、ゆっくり息を吸って、深呼吸するのじゃ』
じいさんの声に従い、深呼吸をする。
新しい空気が体に染み渡る感覚がした。
『その調子じゃ、今レオの体は靴紐を直そうと、しゃがんでおる。顔は下を向いているから、誰にも見えぬ状態じゃ。さあ、ゆっくり目を開けてみるとよいの』
もう一度、ゆっくり深呼吸して、恐る恐る目を開ける。
暗闇から出たように、眩しさを感じるも一瞬だった。
すぐ馴染み、地面と自分の靴と手が見えた。
ほっと息を付く。
「じいさん、ちゃんと見えたよ」
声も出て、普通に話せる。
心底安堵した。
「良かった。本当に良かったの。そなたと出かける皆が待っておるからの、話は夜にしようかの」
「分かった。じいさん、ありがとう」
「こちらこそじゃよ。では、後での」
「ああ」
じいさんの気配が消えた。
それと、同時に強い視線を感じる。
思わず顔を上げそうになるのを、ぐっと堪えて靴の紐を結び直す。
意識して、ゆっくりと立ち上がり前を見る。
「っ」
息が詰まるほどの強い視線、でも次の瞬間優しい眼差しに変わる。
俺を見ていたのは、エドガーだった。
心配させた?
長くしゃがんでいたのか?
エドガーに笑顔を返す。
すると、ホッとして力を抜いたのが、離れていても分かった。
心配になり、無意識のうちに走り出していた。
「エドガー」
驚いたエドガーも、こちらに向かい走ってきた。
そして、俺を抱き上げる。
「走ったら危ないだろ。どうかしたか?」
「ううん。なんとなく、走っちゃった」
笑ってエドガーの服をぎゅっと掴み、くっついた。
驚いたような表情をして、破顔する。
「寂しいか? これからは、俺がずっと一緒だ」
そう言って、優しく抱きしめてくれた。
涙が出そうなのを、頭をくっつけぐりぐりして誤魔化した。
頭上で、クスリと笑う声が聞こえたが、構わない。
「さあ、出発しよう」
そう言って、俺の背中をポンポン優しく叩いた。
馬の側で待っていた、グレン様とリックが生暖かい目で見ていたのは、御愛嬌だ。
「さあ、出発するぞ」
グレン様はそう言って、颯爽と馬にまたがる。
リックに俺をいったん預け、馬に乗り俺を受け取るエドガー。
リックが馬に乗ったのを合図に、全員で後ろにいるロベルトとハワードに手を振り走り出した。
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次回 5/30 (土) 20時更新します。




