第34話 大好きな二人へ
階段で2階の踊り場に着いたとき、俺は体を強張らせた。
俺の異変に気づいたエドガーが聞いてくる。
「どうした?」
「ごめん、大きな虫がいた気がしたけど、見間違いだった」
「なんだ、レオ。虫が苦手なのか?」
目を瞬かせ、意外そうな顔をするエドガー。
「クク、可愛らしいところもあるんだな」
リックには微笑ましそうに笑われる。
思わずムッとする俺。
「虫が好きなやつはいないだろ? それに苦手だけど、対処はできる」
二人して肩を震わせ笑う。
「そうかそうか」
笑いながら頭をなでてくるエドガー。
代わりにヒゲを引っ張ってやる。
「イテテ、悪かったって、むくれるなよ」
「ククク、ほら二人とも皆待っているから行くぞ」
「はーい」
「ああ」
歩き出したリックに続くエドガー。
俺の横で楽しそうに、ふわふわ揺れる光の玉を睨む。
『じいさんのせいだぞ。暗がりにいるから、びっくりしたじゃないか』
『ほほ、すまんの~。突然だと驚くと思って、待っていたんじゃがの』
『ぅ、そうだけど。もうちょっと考えてよ』
『ふむ、気を付けよう』
『それで、レオは大丈夫そう?』
『ああ、なんとか間に合ったの。二人へ挨拶するぐらいは問題ない』
『分かった。二人だけと話せるようにするよ。出発直前になると思う』
『頼んだ。それまで儂はここに居ようの』
そう言って、俺の頭の上に鎮座するじいさん。
そこなの?
重さはないからいいけど。
「レオ様、エドガー様、リック様、おはようございます」
俺たち三人に挨拶するロベルトの声で我に変える。
一階に着いたようだ。
皆に注目されていた。
「待たせたな、おや、んん。辺境伯は?」
親父と呼ぶところを途中でやめて、言い変えるエドガー。
「準備を済ませ、外でお待ちです」
「まったく。せっかちだな」
それに、リックが苦笑いする。
ロベルトは表情を変えることなく、にこやかにしている。
「ロベルト、おはよう。皆来ているの?」
エントランスに集まった使用人や騎士たちに視線を送る。
「はい。レオ様をお見送りのため、自主的に集まっております」
「そうなんだ」
人質になっていた子供たちも、それぞれ家族と一緒に居た。
セトは身なりを整え、ロベルトの後ろに控えていた。
入口のドアは開けられていて、そのまま外にでる。
「エドガー、降ろして」
お願いすると、そっと降ろしてくれる。
「俺とリックは先に行って待っている」
視線を門のところで、馬と一緒に待っている辺境伯、グレン様を見た。
「うん。ありがとう」
「ロベルト、世話になったな。あと、親父がすまない」
「とんでもございません。辺境伯はお変わりないですな」
「まあな。もう少し落ち着いて欲しいがな」
「ロベルト、ユーイルを頼む」
リックが横に並び話し掛ける。
「はい。お任せください」
「何か分かったら連絡を、こちらも色々確認したら連絡する」
「承知致しました。お二方、この度はご尽力いただき、心より感謝申し上げます」
「気にするな、俺は、俺達はレオに助力しただけだ」
リックも頷く。
「それでも、人質は怪我もなく体調が悪い者もおりません。レオ様が来る前より、気にかけてくださった結果と存じます」
二人は視線を交わす。
「あんたに、そう言われると落ち着かないな」
「どういう意味でしょう」
「いや、大した意味はない。では俺達は行くよ。息子と仲良くな」
ニヤッと笑って、片手を上げて去ってゆくエドガー。
リックは苦笑いしつつ、礼を取りエドガーに続いた。
「グレン様と違い、なかなかの御仁ですな」
「そうだね。ふふ」
「なんですかな?」
「何でもないよ。セト、おはよう」
「レオ様、おはようございます」
話し方に距離を感じてしまうが、身分を考えると仕方がない。
他の子供たちは近づくことも出来ない。
「皆家族に会えたようだね」
「はい。皆レオ様に感謝しております」
「俺は何もしてないよ? 一緒にいただけだよ。でも、見送りに来てくれて嬉しいな。皆に、よろしく伝えといて」
「承知致しました」
「エマはどうしたの? 元気がないよね」
「エマは……レオ様に会いに行くと駄々をこねまして、両親に叱られたのです」
「なるほど、俺がちゃんとしなかったせいだね。悪いことしたな。誤っておいてよ」
「レオ様が、お気になさることはありません」
「ありがとう。セトは執事見習いになったの?」
「はい。父の下で学びたいと思います」
「セトなら立派な執事になれるよ。頑張って」
「はい。ありがたいお言葉、ありがとうございます。精進致します」
セトに頷き、エントランスホールに残っている皆に体を向ける。
「皆、見送りありがとう。今まで迷惑を掛けた、伯爵家の当主に変わり謝罪する」
頭をさげると、ざわりと皆が慌てた。
「レオ様、頭をお上げください」
頭を上げると、双子の隣にいた男性が一歩前に出ていた。
ルトとルミの父親だろう。
「レオ様は何もわるくございません。謝罪が必要なのは我々です。私達はレオ様の環境を知っていながら、見て見ぬふりを致しました。誠に申し訳ございませんでした」
使用人が一斉に頭をさげる。
「それは、気にしなくていいよ。人質を取られていたし、あんな人でなしでも主人だからね」
「「「人でなし……」」」
数人の小声が聞こえた。
「でも、謝罪は受け取るよ。皆には、私からの謝罪に含め、今後このようなことが二度と起きないことを約束しよう。また、安心して働ける環境になるよう尽力すると約束する」
静まり返るエントランス。
「その先駆けに王都へ行く。どう変わるか楽しみにして欲しい。それまで、皆には変わらず元気に過ごしてくれ、ハワード、ロベルト、こちらへ」
俺は皆に片手を上げエントランスホールを出る。
その後ろにロベルトとハワードが付いてきた。
『じいさん、あの噴水のところで挨拶にしよう。レオの準備は?』
『準備できておる。レオを体に入れるとき、少しの衝撃と苦しさがあると思うが、儂がサポートするから耐えて欲しいのじゃ』
『分かった。問題ない』
俺は二人だけが付いて来ているのを確認して、水のない壊れかけの噴水の所で立ち止まる。
ちょうどエントランスから門まで、中間ぐらいの距離で話し声は聞こえないだろう。
俺は振り返り、二人と向き合う。
「ロベルト、ハワード呼び出してごめん」
「お気になさらず」
「そうだぞ。さっきの挨拶は良かったぞ」
そう言ってハワードは俺の頭をぐりぐりした。
縮む!
『じいさん!?』
『大丈夫じゃ~』
良かった、潰れてない。
「ハワード、そのぐらいで。睨まれてます」
「は? 誰に?」
俺の頭に手を置いたまま、ロベルトに聞くハワード。
ロベルトは視線を門に向ける。
その視線を追ったハワードは、サッと手を引っ込めた。
「なに?」
俺も門の方を見ると、そこに居たエドガーが手を振っていた。
軽く振り返す。
「こえー」
「ん? エドガーは優しいよ?」
首を傾げる。
「そうですな、エドガー様はお優しいです」
ロベルトも同意する。
「ええ? どっちの味方だよ?」
「私はレオ様の味方です」
「……そうかよ」
呆れ声で返すハワード。
「それで、どうした? 俺達に何かあるのか?」
「内密なお話でも?」
「ううん、込み入った話じゃないよ。二人にはお世話になったからね」
『じいさん、いいよ』
『行くぞ』
「世話になったのは、こっちも一緒だぞ」
「さようですな」
二人の会話を聞き流しながら、身構える。
全身に衝撃が走った瞬間、すごい圧迫を感じ、押しつぶされそうになる。
耐えていると、今いる空間から押し出されるような、排除するような感覚と拒絶を感じた。
そして、自分は存在してはならないと,消えなければならないと強迫観念に襲われる。
『悠人! しっかりするのじゃ!』
温かな空気に包まれる。
『悠人! 儂が分かるか?』
『……じいさん』
『良かったのじゃ、大丈夫かの?』
『なんとか、な』
ゾッとした。
俺の意思とは関係なく、消えなければと強く感じた。
この体は、レオのなんだ。
『悠人、落ち着けるかの? レオの魂が入ったことで、悠人を拒絶するが、そなたの魂と強い繋がりも出来ておる。摂理から離れているため、悠人には辛いだろうが耐えて、落ち着いて欲しいのじゃ』
『……っ』
『すまない。落ち着いたら、レオの魂に体を貸すイメージをしてくれるか? そうすれば、レオが話せる』
『分かった』
俺は心のスペースにレオを招き入れ、体を渡すイメージをした。
****************
「レオ様?」
会話に反応しないレオに、ロベルトが声をかける。
「なんだ? 俺達と別れるのが寂しくなったか? 王都なんてすぐだぞ」
「ハワード、何を言っているのです」
軽口を叩く二人。
「ぅ、う~」
レオの口から漏れ聞こえた、うめき声。
顔を見合わせる二人。
「ほ、ほら。やっぱり泣いているんじゃないか?」
ロベルトの後ろにまわり、背を押すハワード。
「何をしているんですか、あなたは。レオ様、どうしました?」
懐かしい。
ハワードに、呆れ声で返すロベルト。
そして僕にかける優しい声。
僕はゆっくりと顔を上げる。
「……ロベルト、ハワード」
久しぶりに二人の名前を呼んだ。
涙が両頬につたい、こぼれ落ちる。
そんな僕を見て固まる二人。
「……レオ様?」
訝しげに僕の名前を呼ぶロベルト。
「うん、僕だよ」
両目を見開くロベルト。
「僕……? まさか、ぼっちゃん?」
「うん、ハワード」
僕は、地下室に入る前のように、ハワードに両手を上げる。
固まるハワード。
ロベルトは、エントランスの入口を見て合図を送っている。
「ハワード?」
僕は首を傾げ、さらに手を上げ背伸びをして、抱っこをせがんだ。
恐る恐る僕に両手を伸ばすハワード。
「早く、抱えて」
さすがに、抱っこしてとは、恥ずかしくて言えなかった。
すると、顔をクシャッとして僕を抱え上げた。
「坊っちゃん。坊っちゃん!」
ぎゅっと抱きしめてくれるハワード。
温かい、この力加減変わらないな。
「苦しいよ、ハワード」
文句を言うと、力を抜き僕を高く掲げ回し始める。
いつも、こうして遊んでくれた。
「あはは」
変わらない。
何も変わってない、優しいハワード。
僕を見て優しく笑い、涙を堪えている。
「ハワード、大好き」
すると動きを止めて、優しく抱きかかえてくれる。
僕はハワードの首に抱きつきすり寄る。
「忘れてごめんね」
「気にしてませんよ。でも、思い出してくれて嬉しいです」
「うん、ありがとう」
ハワードの首から手を離して、ロベルトに話し掛ける。
「ロベルト、色々としてくれたのに、忘れてごめんね」
「とんでもございません。……良かったです」
「うん、ありがとう。ロベルトには色々と迷惑を掛けていたよね。今までありがとう」
「お気になさらず」
「うん、大好きだよ」
僕は再度、ハワードの首にぎゅっと抱きつき、降ろしてと合図する。
降りてロベルトにも抱きつく。
慣れてないロベルトは一瞬体を固くするが、優しく抱きしめてくれた。
「ふふ、王都に行く前に、思い出して挨拶できてよかった。途中で思い出したら気になって、何も手につかないだろうから」
そう言って、僕は二人に笑いかける。
「時間取っちゃってごめんね、ありがとう二人とも」
「いえ、私も嬉しかったです」
「ああ、俺も嬉しかったよ、坊っちゃん」
「うん、じゃ待っているから行くね」
最後にもう一度、二人に抱きつき、とびきりの笑顔を見せる。
上手く笑えているかな?
手を振り二人に背を向け、門に向かう。
途中、もう一度振り返って大きく手を振った。
「ありがとう~」
大好きな二人にお礼が言えた。
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次回 5/27(水) 20時更新です。




