第2話 メイドの少女、モニカ
俺は毛布を被り、目を閉じる。
なるべく起きる前と、同じ状態になるようにする。
起きたと思われないようにしないと。
足音が近づいてくる。
足音が軽いな。
足音がドアの前でピタッと止まる。
何かを立てかけ、置く音がした。
バケツ?にしては音が重い?
「…」
息を殺し様子を伺う。
何だ?何故動かない。
ガチャ、ガチャガチャ。
鍵か?
「開かない…」
女か。
しばらく無音が続くも、ドカドカと大きな足音が聞こえてきた。
男だな。
「はぁ…」
女が小さな溜め息を付く。
「モニカ、ここに来るときは俺に知らせろと言ったはずだ!」
男が足早にやって来て女に怒鳴る。
女の名はモニカね。
「探しましたが、いらっしゃらなかったので」
「言い訳するな!」
「私は予定通り伺いました。お約束の時間に居ていただかないと困ります。伯爵様もそのように、おっしゃったはずですが」
「チィッ!いちいちうるせぇな。俺に口答えすると痛い目見るぞ?」
「開かないのですが、また壊されたのですか?」
「俺じゃねぇ。ダリル坊っちゃんだ。何しに来た?飯は3日後からだと伝えたはずだ」
「見てわかりませんか?掃除です」
「可愛くねぇ女だな、中身を見せろ。…ふん、いいだろう。おかしなこと考えるんじゃねぇぞ。伯爵様の後は、俺がたっぷり可愛がってやる。3ヶ月後にお前の顔が歪むのが楽しみだぜ」
「時間がありません。掃除始めますので失礼します」
「せいぜい残り時間、名無しの世話をしていろ。鍵はいつもの場所に戻しとけよ」
男は捨て台詞を吐き、ドカドカと足音を響かせ離れていった。
足音が消えた後、怒りを抑えた冷えた声が響いた。
「名無しじゃないわ」
その言葉を聞いて安堵した。
この女性は俺の、少年のことで怒ってくれている。
だが、これだけで味方と思うには弱い。
鍵を開ける音が響いた。
俺は体の力を抜いて、違和感がないよう自然な呼吸を意識した。
扉が開く、モニカは部屋に入った途端、息を飲み足が止まる。
「酷い…」
震える声が響いた。
床の血溜まりを見ているのだろう。
女性にはきついだろうに、悲鳴もあげないとは…。
普通なら悲鳴が出ても、おかしくない血の量だ。
無言で動かなかったが、少しすると深呼吸を繰り返す。
そして、俺に声をかけた。
「レオお坊ちゃま。少し失礼しますね」
近づき、そっと毛布をめくる。
俺の名はレオ、お坊ちゃまねぇ…。
ということは息子なのか?
息子でこの扱い?俺の立ち位置や立場は底辺だな。
「手当はロベルト様がしてくださったのね。よかった」
俺の状態を見てホッとしたのか、言葉に柔らかさを感じた。
「でも、あの血は…。失礼します。」
そう言って俺の上着をめくった。
「手当の箇所が広いですね。お腹でしょうか?背中は?」
服を戻し俺をうつ伏せにしようとする。
「ぅ…」
痛みに思わず息がもれてしまった。
油断した、見るだけかと思ったら動かそうとするとは…。
「っ、申し訳ありません。痛みますか?」
ゆっくりと、俺の体を元に戻す。
俺は観念して、ゆっくり目を開けた。
そこには心配そうに、俺を覗き込む瞳と目が合う。
そこには高校生ぐらいだろうか。
茶髪を後ろで一つにまとめ、控えめだが。瞳の奥に心の強さ見える。
服装はよくあるメイド服だ。
「レオお坊ちゃま?大丈夫ですか?」
無言でじっと観察していたのを、調子が悪いと思ったのだろう。
あまり表情は動かないが、優しい子のようだ。
「あぁ、大丈…夫…」
自分の発した言葉に意識を取られ、言葉が尻すぼみになる。
何だ?…高校生?よくあるメイド服だと?
何の、いつの記憶だ?
「ぐっ!」
ひどい頭痛に襲われ、こめかみを手で抑える。
「大丈夫ですか!?」
頭痛に耐えながら、大丈夫だと言う意味で軽く手を振る。
冷や汗をかきつつ痛みに耐え目を開けると、手を彷徨わせてオロオロしているモニカと目があった。
「ふっ…」
思わず、笑いそうになるのをこらえる。
「…坊ちゃま?」
モニカが胡乱な目をする。
「すまない」
「いえ、それより頭痛の症状が酷いようですが、その、酷く頭を打たれたのでしょうか?」
「いや…」
どうする?
じっとモニカを見る。まったく記憶がない。モニカの態度見ると先程の男への対応と、まったく異なる。俺のことを心配しているのが、少し見ただけだが態度や表情、言葉からも伺える。
「?」
俺がじっと見ているので、どうしたのか?という感じで首をかしげるモニカ。
俺のタイミングを待ってくれているようだな。
どのみち、このままでは埒が明かないな。
モニカを信じよう。大丈夫だと感が言っている。
「その、実は…記憶がないんだ」
きょとんとして、パチパチと瞬きをする。
目でかいな。
「…え?…何の記憶がないのですか?」
「…全部」
「全部?」
「あぁ。自分のことも、君モニカのことも覚えていない。名前はさっき男が呼んだから知った」
目を見開くモニカ。
震える声で聞いてくる。
「私のことは、この際どうでもいいです。ご自分のことも、でしょうか?」
頷き答える。
「…そんな。この屋敷に来る前の事はどうですか?」
「この屋敷に来る前?」
「俺はここの、伯爵の息子じゃないのか?」
「違います!」
思わず食い気味に答えたのか、慌てて両手で口を抑えた。
モニカの勢いに、息を飲み様子を伺う。
何の反応もしないモニカ。
「坊ちゃま、申し訳ありません。時間がないので掃除をすませ、一旦戻ります」
神妙な顔をして、そう告げる。
「あぁ、そうしてくれ」
返事をした俺をじっと見つめるモニカ。
「どうした?」
「いつもと話し方が違うのは、記憶がないせいだったのですね」
「話し方?」
モニカは掃除を始めながら、言いにくそうに答える。
「はい。坊ちゃまは、大人しく控えめに、ポツポツと話されていました。ですが今は、ハッキリ普通に話されるので…」
「そうか、そうかもな」
「坊ちゃま、何か必要なものはございますか?」
「そうだな、飲み物、水をもらえるか?」
「承知いたしました。食べ物はよろしいのでしょうか?」
「あぁ、固形物は受け付けないと思う」
一瞬動きを止め、こちらを見る。
「?」
「いえ、分かりました。では、夜に伺います。遅くなると思いますが」
「あぁ、構わない。…」
頼むと続けようとしたが、眼の前の光景に言葉が止まる。
モニカは床の血を浮かせ、木のバケツに入れた。
そして水を出して床を洗い流した。
呆気に取られていると、その様子に気づいたモニカもピタリと止まる。
「…まさか、魔法も忘れてしまっていますか?」
「魔法…。あぁ、記憶にない。初めて見た光景に驚いたからな」
「そ、そうですか」
ぎこちない動作で床の水をモップで拭く。
「そ、その。掃除終わりましたので、込み入った話は改めて夜にお願いします」
「あぁ、驚かせてすまない。時間をおいて落ち着かせてくれ。後、無理はするなよ」
「え…?どうして?」
「ん?あぁ、記憶がなくても男との会話で、ここが不穏な事は分かる」
「そうですか…」
複雑そうな顔で答える。
「では、また夜に。失礼します」
「あぁ」
モニカは、掃除道具を片付け部屋を出ていった。
遠ざかる足音を聞きながら、天井を見る。
話し方が違うか、この少年はおとなしい性格だったのだろうか。
分からないな、こんな環境にいれば萎縮はするだろう。
「…」
じっと天井をみて思考を巡らす。
考えることが多いな。整理したくても情報が少ない。
夜にモニカから話を聞いてからだな。
正確な現状を知る情報が必要だ。
そのためにも、モニカには落ち着いて貰わないと。
俺に記憶がないことに、かなり動揺していたからな。
「ふっ…」
思わず笑いがもれた。
動揺を悟られないように、していた様だがバレバレだ。
男の話からして今日は何も無さそうだし、夜まで一眠りしよう。
疲れた…。
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明日 2/14 20時更新します。
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