第18話 彷徨う心は守られ、抗う力を掴む
俺は疲れたふりをして、エドガーのシャツに顔を埋めていた。
持て余す、心に巣食う感情を奥底へ沈める。
エドガーは……そんな俺に気付いても、何も言わず俺に委ねてくれた。
俺から話せるようになるまで、待ってくれるのだろう。
言いたい、聞いて欲しい……でも、言えない、言ってはいけない。
心が重く、苦しい。
そんな表情を見られないように、頭をグリグリとエドガーの胸に押し付ける。
頭上から小さく笑う声が聞こえ、俺を抱えていた腕が解かれ頭を優しく撫でられる。
「そろそろ俺等の部屋に戻って寝よう、な?」
俺が眠くなったと思ったようだ。
「ん。エドガー、あの鏡を持っていってもいいかな?」
「うん? あの鏡か? 本棚の裏にあったやつだな。 持っていっても誰も気づかないだろう」
「それもそうだね」
確かに、そうだ。
俺はエドガーの膝の上から降りようとしたが、エドガーが俺を抱きかかえて鏡のとこまで移動する。
「ほら」
そう言って、かがみ込んで俺の手が鏡に届くようにしてくれた。
エドガーは前より俺を甘やかすようになった。
「ありがとう」
俺は鏡の縁に触れ収納する。
「便利だよな。それ」
「収納?」
「ああ、俺らが置いといた物も入っているんだろう?どれぐらい入るんだ?」
「試したことないから分からないけど、まだ余裕あると思う」
「レオがいれば、どこへ行くにも手ぶらで行けるな」
「良いけど、高いよ?」
「金とるのかよ!? それはないだろう」
「冗談だよ」
二人して笑いながら、部屋を出た。
もう二度と、この部屋に来ることはないだろう。
俺は振り返ることはなかった。
エドガーたちの部屋に戻り、しばらくするとリックが疲れた顔で帰ってきた。
「よぉ、リック。そうとうお疲れのようだな」
「まったくだ。あんなのは初めてだ」
「どうしたの?」
「あの二人の聴取をリックに任せたんだ」
「え? あの二人なら、すぐ話しそうだけど、そんな根性あったの?」
「そんなものはない……逆だ」
「「?」」
俺とエドガーは顔を見合わせた。
「はじめは黙秘していた。だが少し突くと、すぐ男が口を割った。そこからは、お互いを罵りながら全部話した、聞くに耐えない言葉の応酬でな……」
「「……」」
俺とエドガーは視線を交わした。
「女性が、あんな言葉を使うとは、ビリーが哀れに思えた。もう、関わりたくない」
「お前にそこまで言わせるとは、相当だな」
「想像はできるね、嫌だけど」
気になるのは、ロベルトの妻ということだ。
ロベルトがそんな女を妻にするのか?
「あの執事も大変だったな、あんな女を宛がわれて」
「宛てがわれた?」
「あ、いや。なんでもない」
リックが慌てて誤魔化す。
俺はエドガーをじっと見る。
エドガーは、そんな俺の視線を受けて頭をガシガシ掻く。
「はぁ~、口を滑らせやがって」
「すまん」
「教えて、意味は知っているから。そうなった理由と原因が知りたい」
「知っているって」
リックが唖然とする。
「え? そんなに驚くほどのことかな?」
「そりゃそうだろ。歳考えろよ」
「でも、俺12歳だよね。知っていても不思議じゃないと思うけど?」
ギシリと二人が固まる、俺の実年齢忘れていたな。
二人をジト目で見る。
「わ、悪かった」
エドガーの言葉と一緒に頷くリック。
「別にいいけど、それで?」
「あ、ああ。あの女、ナタリーは伯爵の妾だったんだ。で、伯爵がロベルトとの結婚を二人に命じた。ロベルトを懐柔、監視する目的だったらしい」
「いや、無理でしょ」
「そういう事だ。伯爵の目論見は外れ、役目を果たせなかったナタリーは、お役御免となり、見向きもされなくなった」
「なるほど、ね」
「その後、お前の母親がやって来て、執事が重宝されメイド長としての立場も地に落ちた。その後は……」
「大人しかった俺を手懐けようとした、と」
あの女の態度からして、レオ少年は懐いていたのだろう。
でも、与えられていたのは利己的な偽りの優しさだった。
「そういう事だ」
少年を思うと、心に苦みが広がった。
「……待って、なら」
「レオ、その先はダメだ。俺達が立ち入ることじゃない。まぁ、レオには関係なくはないが……」
「ううん、そうだね。忘れることにする」
「ああ、それがいい」
そう言ってエドガーは、俺の頭を撫でる。
その様子を見ていたリックが、ふと笑った。
「それにしても、お前ら仲良くなったな」
俺ら二人を見てしみじみと言う。
それもそうだろう、俺はこの部屋に入ってから、ずっとエドガーの膝の上にいる。
「そ、そんなこと……」
「羨ましいか?」
口ごもる俺に対して、エドガーは嬉しそうに聞き返す。
「まぁ、多少な。それより微笑ましい、何よりレオが子供らしくなったと言うか、リラックスしているように見える。レオ、良かったな」
「~~~」
俺は全身が熱くなり、赤面しているのが分かる。
「だよな。可愛くて仕方ないよ」
嬉しそうな声が上から聞こえた。
そんなストレートに言わないで欲しい。
俺が、所在なさげにしていると二人に笑われる。
勘弁してくれ。
「エドガー、下ろして。部屋から持ってきたもの確認する」
俺がそっぽ向いて、不貞腐れた声で言い放つ。
エドガーとリックが目を合わせて笑いあったのが分かった。
それから俺達は、母親サラサの部屋から持ち帰った物と、エドガーとリックがこの別館から探した物を念入りに調べた。
「まぁ、なんだ。あの二人が計画した証拠は、これだけあれば十分だな」
「そうだなぁ~」
リックの慰めの言葉に、エドガーが呆れた声を返した。
「あの二人の計画以外は、不自然なぐらい何もないな」
「レオが使っていた部屋から持ってきた物も空振りだな」
「ああ、その方がいいだろう」
リックがチラッと俺を見た。
「そうだな」
エドガーは、淡々と答えながら物証を見ていた。
「伯爵は大事なものは身近に置くタイプだな」
「小心者か」
エドガーの何気ない言葉に何気なく返したら、二人から微妙な視線が返された。
「何?」
「「……」」
二人して顔を見合わせて、何とも言えない視線を寄越す。
「そんなに、変なこと言った?」
「変なことではないが、たまに子どもとは思えない言葉を発するからな」
思わず固まる。
「さっきまで8歳と思っていたくせに、今度は子供じゃないんだ。俺ってなんだろうね?」
あ、意地悪な返しだったな。
案の定、二人が動揺していた。
「いや、今のは、その、なんだ」
しどろもどろになるエドガーと両手を彷徨わせるリック。
いや、動揺しすぎだろ?
まぁ、誤魔化すのに助かったけどな。
「動揺し過ぎだよ、二人とも。気にしてないよ。何か逆にごめんね」
「いや、俺も悪かった」
「うん。この話はここまで。そろそろ寝ようかな」
そう言いつつ、俺の魔力に反応しないように、物証を収納した。
二人に気づかれずに済んだ。
ホッとしたのも、つかの間だった。
全身に悪寒が走る。
“ズクン”
きた。
「……っ」
俺は来る痛みに備えて、二人を見た。
俺の様子で気付いた二人の行動は早かった。
エドガーが俺をベッドに寝かせ、リックは荷物から小さな袋を取り出し持ってくる。
「そ、れは?」
声がかすれる。
「魔石だ。俺の魔力の補填に使う。この屋敷で見つけた」
なるほど、少しでも治療を長くできるようにか、それなら……。
リックに手を伸ばす。
「どうした?痛むか、すぐ始めよう」
「魔法を、ゆっくり見せて……」
「ダメだ、余分に魔力が必要になる」
「……お願い、覚えたい。自分で……」
どうしても必要なことだ。
俺はリックに頭をさげるため、起き上がろうとするが、エドガーに止められる。
代わりにエドガーがリックに頭をさげる。
「……リック。俺からも頼む」
真剣なリックの声が聞こえた。
どうして……。
俺のために頭をさげているエドガーを見つめる。
少し間を置いてリックの溜め息が溢れた。
「わかった。エドガー、残りの魔石も持ってきてくれ」
「ああ。レオ、すぐ戻る」
そう言って、俺の額にキスを落とし、頭をそっと撫でて足早に部屋を出ていく。
俺は一瞬、痛みを忘れ赤面した。
「クク。レオは愛情表現に慣れてないな」
俺は恥ずかしさと痛みで混乱した。
リックが肩を揺らし、顔を背けた。
「んん、始めるぞ。なるべくゆっくり発動する。俺は教えるのは苦手だ。見て覚えろ、いいな」
頷き答える。
「始める」
リックの魔力を注意深く観察する。
俺から出ている黒い靄を、リックの発動した解呪の魔力が押している。
「うっ……」
痛みに気が遠くなるのを、歯を食いしばり、拳を握りしめ意識を保つ。
リックの魔力が更に増す。
靄を食っている? いや、違う。
じっと見ていると、魔力の色や、小さな形が見えてきた。
黒い靄は小さないびつな形が、絡み合い連なって広がっている。
リックの解呪は、真っ白な小さな柔らかい綿毛のような物が集まり、靄の絡み合っているところにふわりと覆い、無害の魔力に変換している!?
黒が薄くなりグレーに、更に薄くなりホロホロと透明になり溢れ空中に消えて行く。
痛みの中、その光景に目を奪われる。
「綺麗……」
場違いな感想が溢れた。
「レオ?」
リックが心配そうな視線を寄こした。
そんなリックの方が心配になった。
顔色が悪く額に汗をかいていた。
「大、丈夫」
俺はリックの魔力をまねて、自分の魔力を変換させる。
「ぅ、つぅ……」
自分の魔力を使うと痛みが増し、体に激痛が走った。
咄嗟に、風魔法で自分の腕を切り裂き、意識を保つ。
「舐めるな……」
リックが外からなので、俺は体内にある黒い球体へ直接仕掛ける。
痛みと戦いながら、少しずつ球体を魔力で覆う。
抵抗が強い。
「レオ」
ふと、体が軽くなる。
いつの間にかエドガーが戻っていて、俺の腕の傷を癒やして……魔力を渡している!?
目を見開く俺。
「大丈夫だ、魔石を使っている。安心しろ」
そう言って、握っている大きな魔石を見せてくれる。
「リックも大丈夫だ」
言われて見ると、リックは更に大きな魔石を握っていて、顔色も戻っていた。
リックは俺を見て笑った。
「できたみたいだな。その調子で頑張れるか?」
俺は頷き、球体を覆うように魔力を操作する。
するとリックの魔法の威力が増し、俺の魔法と共鳴するように、お互い威力が増した。
すると黒い球体の抵抗が一瞬緩んだ。
その隙に俺の魔力で球体を包み込むことに成功した。
「……できた」
俺は力尽きて、そのまま深い眠りに落ちた。




