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2-17

 「……」

 「……」

 ユージーンとリリアは、テーブルを挟んで黙りこんでいた。その上には割れた木札が置かれている。リリアが教会の手伝いで作っていたものだ。

 「これがなにか教えてほしい」

 ユージーンはリリアの様子を伺っており、リリアは緊張のせいか表情が固い。リリアの場合、ジェラルドの事が消化しきれていないということもあったが。

 「ジェラルドのテントにあったものだ。襲撃に使ったな?」

 「…はい」

 「これはなんだ」

 「魔物避けのお守りです。村から出るときに、神父様から授かります」

 「魔物避け?」

 割れていないにしてもただの木札が、どうして魔物避けに使われるのか。ユージーンは訝しげに、割れたそれを見る。そもそも、魔物避けが何故テントに落ちていたのか。

 「隣町までの道中、どうしても魔物は出ましたから。首都のように、定期的に魔物討伐があるわけでもないので」

 低級魔物は田舎には付き物だ。騎士団を抱える予算も人材もない。村を出ない限り遭遇もしない生き物に、対策をとることは難しい。

 「それがなぜ、ジェラルドのテントに?」

 「それは…」

 「それは?」

 「………それ、は」

 素直に答えていたリリアが言い淀むと、ユージーンは分かりやすくため息をつく。

 「ここで生活していたお前はすでに死んだ。ジェラルドがやったのは踏ん切りだ。他のやつらは、そうは思わないがな」

 先程片したばかりの髪を思いだし、彼女は視線を下げた。男性に髪を切られるということは、関係を示すということだ。

 「事実を知るのは俺とジェラルドだけだ。素直に話す気がないなら、事実にしてやってもいいが?」

 剣を向けられた時とは、別の恐怖がリリアの背筋を駆け抜けていく。自分でも血の気が引いていくのが、よく分かった。

 「俺は、ジェラルドの様に優しくはない」

 ユージーンの抑揚のない声が、リリアを写すだけの瞳が本気だと感じ取らせていた。これは、取引ではなく、脅迫だと。

 「……、魔物避けは、一度だけ誰でも目眩ましの魔導が使えます」

 「誰でも?」

 「は、い。ジェリーが提げていたのを使いました」

 震える声で、ゆっくりとリリアはそれについて話し始めた。両手は祈るように握られ、許しを乞うように見えた。

 「魔物避けの効力が切れるか、魔導の使用かで割れます」

 「作っていたのは神父か」

 その問いに、再び彼女は口を閉ざした。握られた両手には力が込められ、葛藤しているようだった。

 「なら、話を変えよう」

 「え?」

 予想外の言葉に、リリアは弾かれたように顔をあげた。

 「聖水置場だ」

 だが、あっけなく砕けた希望に彼女は肩を落とした。何の話か、分からないほど錯乱も憔悴もしていない。そうであればよかったと、思ってしまう事が、自身を苛んだ。

 「唯一無事だった場所だ。今や木は枯れ、貯蔵スペースは崩れているがな。何をした」

 「寿命では…」

 「冗談は得意ではない」

 「はい、申し訳ありません…」

 この状況でどうして誤魔化そうとしたのか。ユージーンを盗み見ても、一つも笑いもしないというのに。

 「で」

 「……村の神父様の言い付けです。村が存続できないときには、壊すようにと」

 「具体的に」

 「聖杯の欠片で、描かれた魔方陣を崩しました。後は知りません。腐肉の盲者の元へ行きましたから」

 あの日、唯一目的を達成できたのはそれだった。騎士達を掻い潜り、聖水置場を壊す。元々寝床にしていたのは、安全面と効率を考えた結果だった。

 「腐肉の盲者、か。そこは後でジェラルドに聞け。で、それは誰でもできるのか」

 昨夜の魔物。いくら思い出しても、未だ信じられないが、それを考える時ではないとユージーンは小さく首を振り、彼女を見た。

 「多分。いえ、でも、どうなんでしょうか…」

 「何だ」

 「教会で見聞きしたことは口外しないことになっています。なので、誰が何をして何を知っているかは…」

 「……よく不満が出なかったな」

 「昔からの慣習ですし、誰も疑問に思いませんでしたから。それに、神父様を信頼していましたので」

 「恐ろしい事だ」

 目頭を解しながら、彼はため息をつく。変化がないことは安定だが、何一つ進歩しない。首都から離れていくとよく見られる傾向だが、この村はあまりに酷かった。

 「あの…」

 「いや、いい。ジェラルドに聞けば分かるだろう」

 「いえ、でも…」

 「それが分かれば木札の事も分かる。急だが、首都へ発つのは明朝。教会本部へ送り届け、そこからは知らん。歳が歳だ、シスターになるのか、どこかへ行かされるのか。そもそもジェラルドの手付きと思われれば、妙なところへ飛ばされることもないのか。まあ、今まで通り、何も疑問に思わなければ、苦に感じることは無いだろう」

 諦めたように再びため息をつき、立ち去ろうと腰をあげたユージーンは、最早リリアを視界にも入れていない。

 「歳は関係ないでしょ!」

 言い訳をするならば、油断していた。リリアに胸倉を掴まれ、顔を付き合わせている彼は、そう独り言ちた。

 「私だって、分かってます!村がおかしかった事も、神父様の言いつけを守るべきじゃなかったのも!でも、それしか縋れなかった!それをやらないと駄目だって、相談する相手も誰もいない!村のことは、私が終わらせなくちゃって!後は、私が死ねば全てが終わる予定だった!」

 顔を赤くしながら、リリアは必死にユージーンを睨み付けていた。自分が悪いのは理解しているが、彼の辟易した様子に腹が立っていたのだ。

 「じゃあ、あの時俺達にも死ねと?」

 同じように胸倉を掴み返し、怒りを露にしたユージーンに一瞬身がすくんだが負けるわけにはいかない。

 「助けるなら、村を助けてよ!私だけ助かっても意味がないわ!」

 「…っ」

 今度はユージーンが息を飲んだ。それは真実であり、彼が悔やんでも悔やみきれない事だった。

 「貴方は村に来ていたのに!助けられたのかも知れないのに!」

 「…誰が予想できた。スカベジトロルを知っていたなら、お前たちも言えばよかったろう!」

 「あれも言い伝えよ!だから、賭けだった!みんなが余所者に話すわけないじゃない!」

 「だとしたら、どうするべきだった!?」

 二人の勢いは加速するばかりで、衰えることを知らない。胸倉を掴む力は強まり続け、リリアに至っては震えていた。

 「はい、りょーせーばいっ」

 不釣り合いな軽い声と、後頭部の衝撃と同時に鈍い音が響く。リリアはしゃがみこみ、ユージーンはふらつきながらもなんとか踏ん張る。

 「…っ!ジェラルド!」

 「わー、だんちょーこわーい」

 「ジェラルド!」

 額を抑え、事の原因を睨み付ければわざとらしく声をあげた。それがまた彼を苛つかせていた。

 「見ろ!俺の石頭を忘れたか!」

 しゃがみこんだままのリリアを指差して、ユージーンはジェラルドを諌める。彼女は頭を抱え、長い呻き声をあげていた。

 「いいのいいの。あんな面倒な結界張ったやつは殴るって言ったろ?間接的に達成よ」

 「お前な…」

 「逆に感謝されたいくらいだ」

 「殴られてか?」

 「ばか、外まで丸聞こえだったんだぞ」

 「……すまん」

 「いいってことよ。じゃ、リリアまた明日」

 「明日中に荷物を纏めておけ。出立を一日延ばす」

 片手をあげて爽快にジェラルドはテントを後にする。それに続いたユージーンは、ぶつけあったことなど無かったようにあっさりと去っていった。

 「は…?え?」

 頭の割れそうな痛みに耐えていたリリアは、言葉を理解する前に再び一人にされてしまう。さっぱり訳が分からないと頭を抱えた。

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