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2-16

 リリアは自らの状態に納得していた。後ろ手で拘束され、両足は縄で括られていた。

 (そりゃあ、神父様に牙を向いたんだもの仕方ない)

 ただ、あの夜の顛末が定かでないことは不思議だった。覚えているのは、あの化け物がジェラルドの魔導で倒される直前のことまでだ。

 「目、覚めたか」

 「神父様」

 おそらくずっと控えていたのだろう。背後から声が投げ掛けられ、静かに応えた。前にまわることはなく、背中で感じた視線は今までになく冷たい。

 「俺じゃなかったら、もう死んでるぞ」

 「分かっています。死を望みましたから」

 セーラルでは、教会は大きな組織だ。集落の結界を張る魔導師派遣や慈善活動を始め、国に対する貢献度は高い。そのため、聖職者に対する危害は厳重に処罰されていた。

 「そうか」

 ようやくリリアの正面にまわったジェラルドは、やはり、冷ややかな視線をおとす。

 「なら、死ぬか?」

 静かな物言いとは真逆に、彼女の襟首を乱暴に掴むと体を起こさせる。すらりと剣を抜くと、喉元に突きつけた。

 「別に俺が報告すれば、枢機卿は納得する。生存者はなし、それでいい」

 構えるために引いた足から、こつんと小気味良い音が響く。リリアは理解が追い付かないのか、言葉を探すように口をぱくぱくとさせている。

 「汝に祝福を」

 言葉とは裏腹な冷ややかな声で、ジェラルドは剣を振りかざした。

 首筋に感じた風圧に、瞼をぎゅっと閉じたリリアは、いつまでたってもこない痛みに、恐る恐る瞼を開ける。

 「なんてな」

 「神父、さま?」

 「だが、無傷じゃ周りが煩い。だから、さ―」

 急にいつも通りにおどけて見せた彼は、唖然としているリリアの髪を掬った。そのまま刃をあてがうと、一気に切り落とした。

 「これで勘弁してもらおうぜ」

 「あの…」

 「そんなに死にたいなら、残りの命俺が預かる。だから、死ぬのが怖いくせに死に急ぐな」

 切った髪を床に散らすと、リリアの拘束を解く。戸惑いを隠せない彼女の髪を乱暴に撫でると、少し屈んで視線を絡めた。

 「首都へ一緒に来てもらう。決定事項だ。じゃ、ジーン呼んでくるわ」

 結局、理解が追い付くまでジェラルドか待つことはなく、テントを後にしてしまった。自由になった手足と散った髪をぼんやりと見つめ、ゆっくり噛み砕いていく。

 未婚の女性が髪を短くすることは、風習が禁じていた。既婚や未亡人になると髪型の自由は認められ、首飾りをさげる事になっている。つまり、結える髪は生娘の証しとされていた。首飾りがなくとも、髪が短ければあっという間に知れ渡るだろう。

 「え?え?」

 しかし、いくら噛み砕いてもリリアの理解は、ちっとも追い付くことはなかった。

 

 

 テントを後にしたジェラルドは、荒廃した礼拝堂で祈りを捧げていた。周りに人影はなく、抜けた天井から差す月明かりが天へと繋がる道筋のようだった。静寂だけが占めるその神聖な空間は、勢いよく開け放たれた扉の音で終わりを迎える。

 「ジェラルド様、リリアの処遇は!?」

 「フーケン、礼拝堂では静かに」

 「申し訳ありません!」

 神父らしい口ぶりで、ジェラルドはゆっくりと振り返える。開け放った勢いそのまま、腰を直角に折ったフーケンの姿に、彼は小さく息をついた。

 「ユージーン団長には報告したが?」

 「それは!そう、なんですが…」

 「まあ、先ずは頭をあげろ。それから、理由を聞かせろ」

 「はっ!」

 リリアの処遇をフーケンに知らせる道理はない。それは、彼自信よく分かっていた。長年騎士団に籍をおき、規律は守ってきたつもりだからだ。それでも、聞かなければならなかった。本来ならユージーンに聞くべきなのだろうが、生憎彼はリリアの所に行ってしまった。居ても立ったもいられなかったのだ。

 「ヨシュアは良き友であります!」

 「ヨシュア…?ああ、勇者様か」

 「はっ!本当は、自分で来たかったのです。何度も、何度も、戻ろうとしたのを連れ戻しました。だから、自分が調査隊に選ばれた時、約束をしたのです」

 「約束?」

 「はっ!生存者が居れば、必ず守ると。友との約束を違えるわけにはいきません」

 「……立場を犠牲にしてもか?」

 「無論です。ヨシュアは唯一無二の友であります。自分は所詮四男。立場など、あってないようなものです」

 「そうか。家に迷惑をかけてもか?」

 「ならば、家とは決別します」

 「はぁ…勇者様の人徳か…?」

 はっきりとした物言いに、頭を雑にかいてわざとらしく呆れた。いくら四男だとしても、貴族にそこまで言わせる程のなにかが、勇者にはあるのか。勇者と会ったことのないジェラルドには、理解できそうにない。

 「殺しはしない。お前に言えるのはそれだけだ」

 そう呟くと、辛うじて残っている十字架に頭を下げてフーケンの脇を通り抜ける。

 「ありがとうございますっ!」

 背中で聞いた嬉々とした大きな声とは裏腹に、ジェラルドは苦虫を噛み潰したようなもやついた気分で礼拝堂を後にした。

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