8.
広大なる敷地誇る、ロクスム・ハラの最も北の端――。
そこにはある一つの既に廃れてから相当久しい、かつての神殿の跡がぽつねんと建っている。すなわちそれはどんな神を祭っていたかもはや定かでないが、とにかくいまだ均整の取れたファサード――整然とした柱列、美しい三角破風持った、まさしく堂々たる古代建築の成れの果て、というやつで。
「ここが……」
はたしてその厳かな偉容前にして、アリソンとコールは相変わらず人気のない中、今まさに挑みかからんと気合入れたまま静かに立ち尽くしていたのだった。
「ああ、間違いなくあの男に指示された場所だ」
「彼がロクスム・ハラから出るために、絶対不可欠な」
「そう、一度真の住人となってしまった、あいつが」
むろんそうして隣に立つ青年などに至っては、早くもその中へ勢い乗りこんでいきそうな実に勇ましい雰囲気全開、といった状態である。つまりはそれくらい、この廃墟が今二人にとって途轍もなく大事な意味持っていたのは、隠しようのない事実でしかなかったのだから。
「アンデッド・キマイラの髭、か――」
次いでコールにそんな何とも意味深な一言、呟かせていたほどに。
「……結構な強敵ね」
「ウム、そこら辺にいるただの亡者たちとは、もちろん訳が違う」
「でも、何でよりにもよってそんな奴が」
……しかもそこにはアリソンのいかにも不安げな声、控え目とはいえしかと重ならせていて。
そう、かくて二人の持つ佇まいは、次第次第にその真剣味増して行ったのであり。
◇
「俺が、この街から出る、か」
――そもそも、なぜ二人がこんな場所を訪れているのかといえば、その理由は全て先程のリロイとの会話の中にあった。
「だが、それは絶対に不可能な話だな」
すなわちまずアリソンが彼にこの街から抜け出ること要請すると、魔道士はしかし即座にそんな言葉で強く拒否してきたのだ。
「え、でも何で?」
「そりゃもちろん、俺がここの食べ物を喰い、今や正真正銘ロクスム・ハラの住人となったからだ」
「!」
しかも続けたその声音に、峻厳ともいえる響き、はっきり含ませて。
「そんな、あなたが?」
「そうさ。何たってどこに住んでいても、何かは必ず食わなきゃならないからな。いくら俺が魔道士でも」
「でも、あなたくらいの力があれば」
もちろんその言葉はたちまち少女をして困惑の雰囲気浮かばせている。つまりいきなり出鼻をくじかれたというか、意表を突かれたというのはまず動かし難い事実だったのであり、
「……そう、いくら死者の都に囚われてしまったとしても」
次いでたまらずそんな何かに縋るような声まで、発していたのだから。
「俺の力、か……だがそれは余りに甘い見方としか言いようがない」
「え?」
「それくらい、この街を縛る法則の持つ威力には強烈なものがあるんだ」
とはいえ結局それに対してリロイは、ただ首を横に振りながら余りに虚しい答え、返してきただけだったものの。
「ロクスム・ハラの放つ魔力には」
どこか諦念に彩られた色、その面に示しつつ。
「それゆえソーサリスどもも俺をここへ幽閉したんだからな。だからあんたらも、さっさと諦めてここから出て行った方がいい」
「……では私たちの頼み、どうあっても引き受けることは出来ない、と?」
「ああ、どうあがいても無理だ」
そう、何よりきっぱりと、そうした断言送ってきたのを耳にすれば。
「余程、死を恐れない勇気がない限り」
……何より、世の無常を深く悟った者が、平凡な衆生へしかと極意語ったが如くに。
「! ――ちょっと待ってくれ、では、勇気があればその問題は解決するのか?」
だが、そうしてリロイがあっさりアリソンからの熱意ある話断ち切ろうとした、その時だった。
「この街から、出られないという」
「……一体何のことだ?」
「あんたが今言ったじゃないか、死を恐れない勇気、と」
はたしてふいにそうやって、横から強く口を挟んできたコール――しかもその表情には、明々と鋭いくらいの険しさまで現れていたのである。
「ああ、そのことか」
そう、何よりその珍しくも激しい様は魔道士をして途端、片方の眉吊り上げさせるに十分だった程で、
「何、だがこれは君たちには決して出来ない話だ。……忘れてくれ」
……次にはそんな一言、まるで相手あしらうがごとく発していたのだから。
「だから君たちこそ、さっさとこの街を――」
「ま、待って、それどういうこと?」
「ん?」
「何か方法があるの、ロクスム・ハラの束縛が解ける?」
とはいえそれ聞いてしまった二人組、特にアリソンがその内容ただ黙って受け入れているはずもない。すなわち少女は息せき切って、是非聞かなければと物問うたのだ。
「だったら、それを使って」
「いや、これはあくまで最後の選択肢、それも余程切羽詰まった者に対する技だ。それゆえ、とても君たちみたいな若者には」
「私たちなら、やれるわ!」
しかも次には漲る決意でその声音、強くしながら。
「そんな簡単に侮らないでよ。それにこれは、絶対やらなきゃならないことなんだから」
「……ほう、大した自信だ。まだどんな内容かも聞いていないのに」
「そう、何だってやるわ。あなたをこの街から出すためには!」
むろん対してどこか冷ややかに返してきたリロイの言にも一向に動揺見せなかったのは言うまでもなく、すなわちその様はこの年頃の娘に似合わず、まさしく鬼気迫るというやつ、そのもの――。
「だから、早くその技を教えてよ!」
そしてそれゆえだろう、躊躇っているのかそれでも相手がなかなか口を開こうとしないのを見ると、アリソンはいよいよ意を決したように究極の言葉、声を大にして放っていたのだった。
「私は絶対に、巨人を手に入れなければならないの!」
「――だが分からないな。何でそこまであいつに執着する? そもそも君みたいな娘があれを扱うには、さすがに無理があるぞ」
「だってそれがないと、何も始めること出来ないから……」
何より最後には、どうにも納得顔示さない相手説得せんとその声音、必死に懇願するが如きものへとさせて。
すなわちそれくらい、彼女の持つ望みが余りに重大な事象であった以上。
まさしく、自らの命に替えても何ら、惜しくなかった程に。
「始める――そうか、巨人を使ってさらに何かをやるつもりなのか。こりゃ大した野望家だ」
――その真剣さ、熱量がかえって対照的に皮肉屋らしきリロイの口ぶり、突き放したものへさせてしまっていたとしても。
「お願い、だから私たちに――」
「……」
「お礼は何でもするから!」
従ってそのことしかと感じたアリソンは、続けてそこまで言ったのだが。
とにかく、今何とかせねば、と。
「お金でも、宝石でも、もちろん欲しいだけ」
「礼、か。特に必要ないな」
「――え?」
……しかし、当の相手にはやはりまったくそれは通じず、
「君や隣のそいつから貰ってありがたいものなんて、そもそも俺には何もないだろう。その辺の宝物は、今までの人生で山ほど見てきたしな。それこそ飽きるくらい」
ついにはそうした大胆な言葉まで、放ってくる始末だったのであり。
「そ、そんな……」
対して少女が途端呆然と呟かざるを得なかったのも、状況考えればさも必然のことといえ――。
「……だが、そうだな。仮にもし俺を本当に、何としてでもここから出したいと思っているならば」
そう、ゆえにかくて全ての望みがこれであえなく露と消え去ったかと思われた、まさにその絶望的瞬間、
「え?」
「そのためには、あるものを用意しなければならないこととなる」
「ある、もの?」
もちろん仮面の娘ですらもう取れる手立ては何もなくなった感あった一刹那、ふと表情が変わり、
「そう、たった一つ」
その余りに唐突とも思えるタイミングで、緊張した面浮かべる二人に対してリロイ・シュバルツシルト、伝説に謳われる魔道士が声音落としてそんなこと、重々しくのたまってこなければ、
「ただしお勧めは決して出来ないが」
さらに言えば、そこに分かりやすくも大きな溜息混じらせて。
「! やるわ、だから教えて!」
「……そうか」
「それを用意すれば、あなたをロクスム・ハラから解放すること、出来るのね?!」
対照的に、アリソンへにわかに光り輝くが如き活気、取り戻させつつ。
「……」
一方、その時魔道士の表情を一瞬過ったのは諦念か、あるいは他の感情か。
――いずれにせよ二人の外界から来た訪問者たちが僅か一つの希望すら見出すことなく虚しく、ただ失望の内にロクスム・ハラ後にすることとなっていたのは、まさしく必定だったはずなのである。




