7.
常に辺り薄暗い、それゆえよく分からないとはいえ時にして昼も大分過ぎたのは確実な、そんな頃合。
場は月影の塔最上階、そこにある部屋の真ん中にでんと置かれた、木製の円卓――。
「じゃあじっくり聴かせてもらおうか、その用事とやらを」
かくて不穏な空気流れた初めての出会いの後、それを囲む椅子の一つ、ティコの隣へ荒々しく座を占めると男――今は外套を脱ぎ、レンガ色の上衣に黒のズボン、黒のブーツといった魔道士らしからぬラフな姿――は挨拶するのももどかしいと、早速本題へ取り掛かる姿勢示した。
「あ、ちょっと待って、その前に……」
だがむろん、それに対してたちまちアリソンが慌てた声上げていたのは言うまでもない。
「まずは自己紹介、そう、私たちの」
「君たちの? だがもうティコから聞いたぞ、アリソンとコールだろ? だからその必要は」
「だとしたら、次はあなたの名前を」
何より次にはその表情(口許)に、いかにも必死な感、現わして。
「俺の名前? だがそれこそもう知っているというか、そもそも俺に会いに来た以上、ますます必要がない――」
「でも、本当にあなたがあのリロイ・シュバルツシルトなの? 証拠は?」
すなわちこの機会を、とにかくより確かな、実りあるものにしようと。
自らの目的、必ずや叶えるための――。
「証拠だって? だがそんなもんないぞ、とにかく俺は俺だからな」
もっともあくまで訝しげな態度崩さない相手はそれに対して、さほど有効な答え持っていなかったようだが。
「だからそのまま信じろとしか」
「ええ、それはそうだけど、ただ……」
「ただ?」
そう、しかし当然というべきかはたして当の少女の方にはとてもその応えに対する満足感、微塵たりとあるはずなく、
「――若過ぎるわ」
かくてついには辛抱ならずと、そんな疑問の一言まで洩らしていたのである。
「あなたは」
「……それは俺の見た目のことか?」
「そう、だってあなたの活躍したのって、百年も昔の話でしょ? それなのに外見が私たちとほとんど同じ年頃って、まずあり得ない。もちろん、いくら凄い魔法の技を使っているとはいえ」
「そうだな。何よりあんたから発される気配は、まさに若者のそれ以外何物でもない。すなわちいくら魔術でも、その老いゆく中身まではそうそうずっと保てないはずだと思うが」
――なおかつ相棒の同じく訝しげな言葉、さらに続けさせながら。
すなわち失礼ともいえるそれに対して自称魔道士が途端、眉をひそめたのは論を待つまでもあるまい。
「そうか、だがそりゃ大いなる考え違いってやつだな。まあ、確かにどんなに身体を魔法で不死状態へ近づけても、中身たる精神ってのは必ず年取っていくものだが。……しかしそれはあくまで普通のレベルにいる使い手の話。間違っても俺クラスの魔道士に当てはまる例えなんかじゃない」
特に次いで、そうしたいかにも自信ある言葉で否定してきたのを窺えば。
「歴史上でも五本の指に入るクラスの俺には」
「! じゃ、じゃあ、本当に」
しこうしてそのさも当然といった自信溢れる様相はアリソンをして途端絶句したような僅かな間、置かせて、
「――あなたの年齢は実際に100歳、超えている?」
やがて彼女は知らず呆けたようにそんな言葉、発していたのだった。
「まあ正直俺も自分が今いくつなのか時々忘れることがあるがな。要はそれくらい、長く生き過ぎたんだろう、魔法の力で。そう、そして何よりこれからもずっと……。とにかく年齢の話はもういい、これでとりあえず納得はしてくれたかい、二人とも?」
加えてそれに対して返ってきた答え、微塵たりと聞き逃すことなく。
「……うん、そう言われると」
「魔法の話なら、今は信じるしかないか」
……そうして結局隣にいるコールも含めて、渋々といった感じで応じる声、放たざるを得なかったのであり。
「100歳、か――」
少女などは特にそうした一言、溜息混じりに呟いている。
半ば、奇妙な夢でも見たが如き感じで、呆然と。
仮面の中の瞳で、穴が開くほど相手のこと、じっと見つめ。
黒の短髪にきりりとした眉、その下に意志の強そうな石板色の瞳と通った鼻筋、固く引き結ばれた口、少し尖った顎持った、一人の男を――。
◇
周囲を大量の本と薬壜の類に囲まれ、ぼんやりとしたランプの光が照らす、ただし4人も人間がいるとやや手狭な部屋。
「それはともかく、そう、一番重要なのはあんたらが実際何の目的で俺に会いに来たか、なんだが」
かくしてそんな少女の言った通りなかなか精悍な、かつ若々しい容姿持った件の大魔道士による自らの秘密の一端が開示、終わるや――もう無駄話は終わりと彼が真剣な面で身を前へ大きく乗り出した、その直後、
「! ――分かった、言うわ。うん、でないと私たちも帰ることできないから」
一つの疑問も解決し、それを合図としたかいよいよ話は本題中の本題、すなわちハッとしつつもアリソンによる覚悟決めた、そして重要極まる秘事が開陳始まったのである。
「そう、私たちがここへ来た、本当の理由は」
はたして途端改まって、その声音に刹那今までにない真摯なものしかと乗せたのを見れば、明らかだったように。
むろんもはや、そこに躊躇するものの一切含まれていない。
「ああ、だからそれは一体――」
……当然、ようやく来たかと正対するリロイに再びそう問わせた中。
「うん。でも、その内容は本当に簡単。だってたった一つ、あなたがこの街から出て」
「街、――ロクスム・ハラを?」
「そう、まずはそれが先決」
しかもその全身からはいつしか清冽、そうとしか表現しようがない雰囲気まで放たれている。つまりはたとえ何があろうと、我が意だけは揺らぐことが決してない、と。
「先決――てことは、その後は?」
「その後は、でももう決まっている。つまり、あなたがここから出るということは」
「うむ?」
――そしてその口許になぜかふと浮かんでいたのは、実に決然とした力強さで。
さらに言えばそれ見た瞬間さらに疑問符大きくなったらしき、自分より遥かに年古りた相手に対し、
「……そうよ、それ以外に何一つ、あり得るはずなどないのだから」
どこか挑発するようにしかとそんな恐るべきこと、告げていたのだから。
「あり得るはずなど、ない……?」
「ええ。それが何より、世界中でたった一人、まさにあなたにしか出来ない技である以上」
すなわちその声音に含まれていたのは、聖なる秘剣かあるいは呪われた魔剣か、いずれにせよ研ぎ澄まされた刃にも似た鋭さ、完全にそれそのものであって。
「! 何だと。まさか、君は――」
それゆえその言葉耳にした男が刹那ふいに何かを悟り、たちまち唖然と呟かざるを得なかったのも、むろん状況鑑みれば必然というものでしかなく。
そう、いくら彼に長大なる経験があったとしても、対する仮面の娘のにわか放ち出した迫力に、我知らずただ押されるまま――。
「!」
その時、再びどこか遠くの空で轟いた、雷鳴。
はたしてそれに合わせるように、室内は暗さと不穏さ、その両者をたちまちにしてひたすらいや増させて行き。
「そうね、私はただ」
しかしそんな雷へこの部屋で唯一反応示したコールとは余りに対照的に、まるで構わず少女は次にどこまでも熱のある態度で僅か一瞬だけの間、置くや。
「……あの機械仕掛けの巨人を復活させたい、そう願う者よ」
――何某かの宣告のように辺りへ静かに、厳かに一人そんな声音響かせていたのだった。




