9.
「アンデッド・キマイラの髭があれば、マステラに掛けられた呪いも解くこと出来る、か」
全体的に形容し難き不気味な雰囲気で包まれた、廃神殿――。
「まさしく大いなる難業、てやつね」
「むろん俺たちは決して神話の英雄って器ではないが」
「でも、これは絶対確実に成し遂げないと。何より、私たちに残された唯一の解決策なんだから」
はたしてその荘厳な建物の中には、意を決していよいよ足を踏みこんだ、言うまでもなくアリソンとコールたちの姿があった。
「相手にとって不足なし、よ」
しかもその両者ともに戦闘用の得物――少女は銀色のダガー、青年は鋭い輝き放つ長剣――既にしっかりと構えた状態で。すなわちそれらがリロイにその髭持ってこいと告げられた件のターゲット、三つ首持った死せる魔獣用のものであるのは間違いなく。
「たとえそれがキマイラの亡霊だったとしても、必ず手に入れてやるんだから」
ゆえに特にアリソンなどは早くも、相当気負い立った状態示している。
「しかしもう大分奥まで入ったはずだが、今のところどこもがらんどうだな、ここは」
「そうね、しかも物音一つしない。――まるで建物自体、完全に死んでいるみたい」
「いかにも死都にふさわしい廃墟、か。恐らくこの街ではどこもこんな感じなんだろうな。もちろん、生者である俺たちを恐れて、誰も姿現さないだけかもしれないが」
そうして警戒休みなくしつつも既に幾つかの扉潜り抜け、時にして三分の一刻(一時間)ほど経った頃現れたのはやたら広々した空間だ。そう、しかしそこは問うまでもなくまさしくこの建物の核、奥殿というやつだったのだろう、コールの手にしたランタンに照らされた内部には、見るからに朽ち果てた神々らしき石像の数々と、――そして一番奥、北側の壁際に祭壇思わせるかなり高くなったスペースが、妙に虚しげに、またぼんやりと見受けられていて。
「でも、もうこれ以上先へ行く道はなさそうだけど」
……つまりはアリソンの言った通りそれはまた同時に入口より続いていた進路もこの部屋でついに途切れ、完全な突き当たりへ到達したことの、まさに如実なまでの証明だったのである。
「……だが、結局ここももぬけの殻、か」
とはいえ所詮それが分かったところで肝心の獲物に巡りあわなければ何も意味がなく、とりあえず部屋中央まで進んだ旅人たちは途端怪訝そうな表情、現わさざるを得なかったのだが。
「しかも、静かすぎる」
むろん相変わらず空漠としただけの薄暗い周囲、慎重に何度も見渡しながら。
「本当、入ってからずっと、気配も何も感じられない……」
「ひょっとして、あの男に見事たぶらかされたか?」
「て、ちょっと、やめてよ」
それゆえ必然の如く、その余りに胡乱な事態受け心中へふと疑惑の心が湧き出していたのも決して無理なことではなく。……何よりあのどこか皮肉げな表情した魔道士の顔が、今さらながらはっきりと脳裡へ浮かび始めた上は。
「そんなこと言われても、遅すぎるんだから!」
従って仮面着けた少女などはそんな心に生じた不安振り払うため、かえってその返す声音、やたら大きく室内へ響かせており、
「だが、何せ稀代の魔道士の言ったことだ。むしろ簡単に信じたほうが馬鹿だったかもしれない」
「でも、だからって騙す理由は――」
「面倒くさくなったんじゃないか、俺たちの相手するのが? それで、体よく追い払おうと」
「そんな、……まさかそんな、筈は」
はたしてそうすることで、何とか元の希望、取り戻そうとしたように。
何より今やそれ以外、縋れるものなど何一つあるはずもなく。
「!」
――だが、怪我の功名というか少女のそうした呟きに隠しようもなく反映されていたように、畢竟どこか疑わしさ増し始めた気持ち捨てられなかったがゆえ、というやつだろう。
すなわち、まさに結論無き討論始まったと思われた、……その途中。
「しまった、後ろだ!」
「え?」
「アリソン避けろ、来るぞ!」
そう、突如として何かに気づいたコールが只事でない雰囲気で大声張り上げた、その時。
「わあっ!」
突然容赦なく闇色のブレスが背後から恐るべき勢いで襲いかかってきても、奇跡的に間一髪、即座に反応したアリソンは慌てて飛び退くことで回避していたのだった。




