10.
見知らぬ旅人たちが去った後再び元の静謐さ取り戻した、塔の最上階にある部屋。
「……リロイ様」
むろんそこで一人椅子に腰かけ、さらには毒々しい紫色した一枚の葉手にしつつさっきからずっと物思いに耽っているのは、魔道士リロイだ。特に空中のどこか一点見つめるその石板色の瞳がいかにも謎めいた光宿していたのを見れば、今脳内で余程深く思考しているのはまず確実だったはずで。
「……」
沈思黙考――つまりはそれくらいしなければ、彼にとって闇の彼方に隠された<何か>は決して捕えることできなかったようなのである。
「リロイ様」
……すなわち、今はどんな余計な雑音でさえも、ほとんど耳に入らなかったほどに。
「あの、聞こえていますか?」
(一体、あの少女は。いや、そもそも何で俺はこんなにあの子のことが)
「……」
だが、まさにその極めて高い集中力がゆえに、だろう。
(ただの仮面を着けた、見知らぬ娘でしかないというのに)
「だから、リロイ様っ」
「――わ!」
そう、ふいにその刹那すぐ間近からティコの大きな声が聞こえてくるや、彼は途端夢から急に目覚めさせられたように驚きの表情、はっきり示すこととなったのだった。
「な、何だいきなり」
「もう、何だじゃないですよ。さっきからずっと呼んでいたのに」
「あ、そうなのか……」
もちろん対する金髪の少年の方は、そんな師匠の慌てた姿程度では動揺一つ見せなかったのだが。そもそもはたしてすぐ傍にいた彼は、さっきから何度もその名前連呼し続けていたのだからそれも至極当然であろう。
「何だかぼんやりしちゃって」
それゆえその口ぶりにも、拗ねたような響きが含まれていたというもの……。
「考えごとですか?」
もっともそうしていくらきつい対応取ろうとしても、結局本来の可愛らしさだけは余り隠せていなかったとはいえ。
「まあな」
「でもそれって、もちろんあの二人のことですよね?」
「……分かるか」
何より次の刹那、ふいにイタズラっぽく輝いた、その橙色のつぶらな瞳。
「やっぱり心配なんですね」
「心配? 俺があの二人を? そんなわけは……」
「フフ。でも、顔にはっきり書いてありますよ」
「え、マジか?」
しかもしまいには、機嫌直したかその様相にいかにも相手からかうような色、纏わせている――。
「はい。あんなこと言わなければよかったって」
「そうか、お前もそう思うか」
「え?」
「あいつらにアンデッド・キマイラ倒すようけしかけたこと自体、大きな間違いだったと」
ただしそれに対して次の瞬間魔道士が予想外にも彼らしからぬ答え返してくると、さすがの彼もこれには驚いた顔現わさざるを得なかったのであるが。
「さすがに彼女らには、荷が重すぎたか」
それもさらに続けた言葉聞けば、まさしく今さらながら深く後悔している感さえあり。
「……何だ、結局僕の予想通りだったんだ。でも、だとしたらますます何で」
「ああ言えば、さすがに諦めてすぐ帰ると思ったんだ。何せ相手はレベル違いの怪物だからな。もちろん普通はあっさり白旗を出す。……だが、こともあろうにあいつら、話聞いた途端意気揚々と神殿へ行きやがった」
「なるほど。あの人たちのやる気を読み違えていた、と」
「それも相当、な」
まさしく策士策に溺れる、の一典型例とでも言うべきか。
「まったく、何なんだあいつら……」
従ってふと零れたその溜息にも、今やはっきりやってしまった感が、余りに色濃く……。
「それで、どうするんです?」
「え?」
「このままあの人たちを放っておくんですか?」
と、そこでふいに声音に含むもの変化させてきたティコ。表情にもやや真剣味帯びた色あったこと窺えば、どうやら本当に聴きたかった内容はそっちの方にあったらしい。
「つまりアンデッド・キマイラに勝ったにせよ、負けたにせよ」
しかもまっすぐ、その曇りなき瞳で師匠のこと、見つめながら。
「……そうだな。とりあえず今回の件で彼女たちがいかに本気なのか分かったことだし」
「! え、じゃあまさか――」
「いや、早合点するな。まだそうと決めたわけじゃない」
むろんリロイにもその視線、避けられるはずはなく。
「まだ色々考えるべきことは山盛りなんだ。何せ、そっちを選択したところで待ち受けるのは間違いなく長く続く茨の道だからな。それに……」
「それに――?」
そうして次に彼は慎重に言葉選びながらも、そう相手よりむしろ自らへ言い聞かせるように返していた。
「一つ、どうしても気になったことがあって、な」
特にその面には、いかにも不可解そうな彩り、隠しようもなく添えられていて。
「何か、あるんですか?」
「あのアリソンって娘だ」
「……アリソンさん?」
自分の中にある深い疑問、何とか解きほぐそうと。
「あの人が、一体?」
「アリソン・クーデリウス。なぜか仮面被った少女。もちろん初めて会った存在なのは間違いないが、――だが、どうにも気にかかって仕方がない」
――何より死せる都訪れた勇気ある、というかほとんど無鉄砲と言ってもいいあの娘のことが、どうしてもさっきからずっと脳裡に浮かんで、刻印のように決して消え去らない以上。
「そうだな、何だか知らないが、とにかくまるで前にどこかで会ったことがあるような」
「え? まさか」
「ああ、だがそんなはずはない。疑いなく今日が初見だ。そもそも俺はここに100年囚われているんだから」
それゆえ改めて自己確認するが如きその言葉にも、しかし気づけばどことなく不安定なものが滲み出しており。
「しかしそれにしても、あの漂わせる雰囲気は」
……あるいはそれは、何か想外の真実掴みかけていた、その確たる証しでもあったか。
そう、そうして魔道士は一瞬手にした紫の葉へ謎めいた視線落としてから、次いで湧き上がる惑乱隠さぬまま眉間に皺を寄せると、
「リロイ様?」
「まるで、あの人が現れたような――」
「あの人……」
今や二人だけになった寂寥たる部屋の中、そんな不可思議極まる一言、誰にともなくそっと響かせていたのだから――。




