12.
それは突然のことだった。
「レム、起きて!」
すなわちアリソンが曾祖父の命通り水晶玉へ向かって大きな声で呼び掛けるや、
「!」
ふいに少年がゆっくりと目を開け、
ブウウウウン……
「わ!」
それに合わせるように、室内に聞き慣れぬ重く低い音が響き出したのだ。
「な、何これ?!」
「よし、快調快調。上出来だぞ、アリソン」
「え?」
むろん少女としては、いくら背後から曾祖父が満足げにそう褒めてきたとはいえ、現状だからどうしたといった感じだったのだが。
「やはり俺の血を引くだけのことはある。レムをこんな簡単に目覚めさせられるなんて」
「これで、起きたの……?」
「もちろん。これは駆動音。そして後はあいつが勝手に全システムを起動してくれる」
余り、この音以外には仕事を成し遂げたという実感がなかったこともあり。
「そうなんだ……って、あれ?」
特にふと水晶玉に目を落とすや、そこにはもうすでに少年の顔がなかったのを認めたとすれば。代わりに淡い、白色の光を輝かせて。おはようの挨拶もなく。
「レムが消えちゃった」
「ああ。あいつはこれから忙しいからな。顔見せはとりあえずこれで終わりだ。……そうだな、後数十秒。それでアウゴエイデスは本来の力、取り戻すはずさ」
何より、リロイがいかにも自信満々にのたまってくる中。
「そんなに早く?」
「ウム。この感じだと、100年ぶりだというのにいささかも状態は変わっていないからな。レムといい、あの時のままだ」
「ふうん……」
むろんアリソンは、大して実感のこもっていない声で返し。
確かに何となく、この場に漂う<何か>が次第にその濃さを増しているの、肌で感じつつも、ただしそれが何なのかその正体をはっきり言い当てられるはずもなかった以上。
とりわけはたしてこれから一体どうなってしまうのか、皆目分からぬ中。
まさしく五里霧中と……。
「あ!」
だが、そうした深い惑乱、覚えたがゆえだろう。
その刹那突然、それまで何もなかった小卓の上、目の前の真っ白な壁面に小さなオーロラめいた淡い光の幕が出現すると、
「何、これ……」
「よし、エーテル・モニターが起動したか。これでもう準備万端だ」
ふいに聞こえてきたリロイの声に、ハッとある感覚がたちまち呼び覚まされ、
「! ついに」
「とにかくこれで第一段階は終了だ。次はいよいよ、本格的に動かすぞ!」
「は、はい!」
少女はとうとう待ちに待ったその運命の時が到来したことを、今やはっきり自覚していたのである。
「じゃあ、まずはモニターをしっかり見て」
そう、魔道士の次なる声に、真剣な表情で耳を傾けつつ。
まずもって、それは自らの使命がため。
「分かった、それで後は――」
ガガンッ!!
「!」
「わあ!」
――そしてそれとともに、次の瞬間突如として途轍もない衝撃、リロイともども全身で受け止めることとなりながら。
◇
ベヒーモスは瞬間、ついに察知した。
とうとう、起きてはならないことが起きてしまったと。
すなわち自分にとって、もっとも危険な相手が目覚めてしまった……。
「グオオウ!」
ゆえに当然ながらその大きな口からは凄まじき咆哮が轟き渡り、
また同時に全身、特に四肢全てにただならぬ力がこれ以上ないくらい、こめられるや、
「ガウウ!」
<彼>は決して相手のこと逃すまじと、ほとんど死に物狂いの勢いで一気呵成に飛びかかっていったのだった。
◇
「ちょっと、何が起きたの!」
――かくて甚だしき衝撃の中、アリソンの眼前に突如展開した、大型の四角い窓のようなスペース。それは見る間に解像度と明度を増していき、そして今や間違いなく外の様子を詳細に映しており。
「て、ベヒーモス?!」
つまりはどういう原理かは一切不明だったものの、とにかく今まさにこちらへ頭からぶつかって来た巨獣の姿、いきなりくっきりと大きく映し出していたのである。
ゆえに途端少女は、思わず驚きと怯えに満ちた声、高々と上げてしまったのだが。
「ち、せっかちな野郎だ。まあいい、試運転の相手にしようぜ」
「え、いきなり?」
「何、所詮獣は獣。突進してくる以外、凝った技を持っている訳でもない。もちろん俺の教える通りに戦えばいいんだ」
しかし背後の曾祖父は、対照的にまるで緊張感なく応じてくる。
「そんな、あんなに大きいのに?!」
むろんたちまち曾孫に、悲鳴めいた抗議、放たせて。
いつしかモニターの下、卓上の水晶玉が赤い光、放っていた中。
「ハハ、何を言っている。アウゴエイデスは、あいつより相当デカいぞ?」
「そ、そうだけど」
「それにパワー、スピードともに桁違い。たとえ相手がベヒーモスでも、問題ない!」
何よりその言葉が、むしろますますその勝ち気さ、いや増していき。
まさしくこの巨人の創造主にこそ、ふさわしい感じのままに。
もちろんベヒーモスの小山の如き威容、まさに目と鼻の先にしながら。
そう、アリソンの初戦は、こうしてついに止め処ない戸惑いで包まれた中、確実にその幕を開けた訳で――。
「ああもう、分かったから。だから、ちゃんと教えてよ!」
従ってようやくにして少女も、押し寄せる恐怖弾き飛ばさんとその声、大きくしていたのだった。




