10.
静謐と、そして見たことのない機器類だらけで支配された空間――。
「わ、これ、どうしたらいいの?」
数瞬後、アリソンは小柄な自分でも狭いと感じるくらいの部屋の中にいた。
すなわち必要最低限の設備しかないというか、座席の両サイドには二本のロッド(操縦桿)、足元には二つのペダル、そして眼前に透明な球の埋め込まれた卓のようなものがある。つまりそこは、アウゴエイデスの胸中央辺り、いわゆるコクピット――ただし周りは白い壁だけで窓の一切ない――というものの中だった訳であり。
「ああ、そこら辺はおいおい後で説明するから」
「後でって、そんな呑気な……」
「いや、まず君には第一にやらなければならないことがあるからな」
従ってその背後、コクピット第二の座席より曾祖父が声を掛けてこなければ、彼女がたちまち混乱の渦へ叩きこまれていたのはほぼ確実なのであった。
「それにしても、この機体って二人乗りなの?」
「そういう訳じゃない。まあ君だから言うが、こっちは元々メルティナのために用意したんだ」
「え、ひいおばあ様の?」
しかも次いで、実に気になることまで告げてきて。
「ソーサリスたちと違い頑なに、そう最後の最後まで巨人を使うことを拒んだあの娘だが、しかし俺はどうしても彼女に乗ってもらいたくてね。何よりメルティナには途轍もない才能があったから」
「……でも、これはリロイ専用なんでしょ?」
「もちろんそうだが、しかしあの娘がいるだけでもう十分すぎるほどのサポートになる。ああ、五人に裏切られた時も、メルティナがいれば何とかなったはずくらいの」
それ耳にしたアリソンをして、思わず目を丸くさせていたほどの。
「そうなんだ。ひいおばあ様には、そんな力が……」
もっともそんないかにも感慨深げな曾孫に対して、リロイには確かに溢れんばかりの思い出こそあれまだ他にやるべきことがあり、今はそっちの方で頭が一杯だったようなのだが。
「おっと、積もる話は後だ。さっきも言ったように、君にはまずこいつを覚醒させるという大仕事があるんだから」
何より次にはそうした急くが如き声、放ってきたのを見れば明らかだったように。
「覚醒って、でも何をすれば?」
「そんなの簡単。レムを目覚めさせるんだ」
「レム?」
それも次いで、聞き慣れぬ新規の名前まで、唐突に口にしながら。
「誰、それ?」
「自動人形のことさ」
「自動、人形……?」
「ああ。このアウゴエイデスの、まさしく中枢を司っている」
すなわちその説明耳にした途端、かえってアリソンはポカンと口、大きく開けざるを得なかったくらいの――。
◇
一方、こちらはそんな大巨人の操縦席の遥か下、その足下辺り。
「凄えな、アリソンは。マジでアウゴエイデスへ命令できるんだ!」
かくていかにも感心した声放ったのは、もちろんガルフである。同時にその目線が天まで届くが如き上の方へ向けられていたのは、わざわざ言うまでもない。すなわちアリソンとリロイが揃って巨人の胸の中へと無事入り終えることによって、ようやく彼のみならず仲間たちも安堵の息というやつが吐けたわけであり。
「さて、これからどうなるか」
いみじくもロランが言ったように、後はアリソンがどうやって巨人を本当の意味で操作するのか、問題はまさしくそこへ集約されていたのだ。
「どうなる? でももちろん、リロイ様が操作法を手取り足取り教えるんでしょ?」
「それはそうだが、しかし巨人は教わったからすぐ動かせるほど、簡単なものじゃないからな。当然個人のスキル、センスもある。しかもリロイ様の腕に追いつくとなると」
「なるほど、乗れたからこれで万々歳、て訳じゃないってことか」
すわなち、三人の家臣がいかにも懸念ありげにそう、話し合っていたように。
何より機械仕掛けの巨人がどこまでも精緻、かつ謎めいた機構に全身覆われていた以上。
当然の如く今のところリロイ以外には、まるで理解しようのない。
ギガス・エクス・マキナ。
かつては帝国軍を相手に伝説に残るような獅子奮迅の働きをした、
唯一無二の、地上最強の兵器……。
そして、それがゆえ、だろう。
「まあ、いずれにしても」
「え?」
「ロラン……」
三人を代表してロランはふとその瞳に不可思議な色の輝き、窺わせると、
だが、どこまでも静かに。
「その手腕は、すぐ見られそうだが」
――次には実に気になる一言、零していたのだった。
◇
アリソンたちを収めるやただちに閉まったハッチを見つめながら、コールは一人静かに考え深げな表情をしていた。むろんそれは彼にとって、余りに衝撃的といえる光景だ。何よりはるばるここまで旅を共にしてきた相棒が、リロイも一緒だったとはいえついに巨人の操縦手として堂々とそのコクピットへ乗りこんでいったのだから。
(アリソン、ついにここまで来たな……)
ゆえに我知らずそんな応援するような呟きも、心の中で洩らしていたというもの。何より、彼にとってあの少女が間違いなくかなり大事な位置を占める存在だったとすれば。
(これで、ようやくあの呪いを解く一歩目が)
……むろん自らと、最終的に目指す目的を同じくする。
余りにも大それた。
従って刹那、青年はそのこれから果たさなければならない秘められた計画の大胆さ、困難さに目眩にも似た思いさえ抱いてしまったのだが。
それは戦いを前にした武者震いの一種だったというべきか。
あるいはおののきの如き。
いずれにせよ、心の内から湧き出てくるような。
(むろん、まだ道は長いが、だがこの巨人があれば――)
「コールさん」
――そう、それゆえその瞬間隣から声が掛かってこなければ、彼のそんなつかの間の物思いはいつまでも続くようにさえ思われたのだった。
「! ティコ……」
すなわち、その焦眉の声の主がティコであった以上。
金髪橙眼の、可愛らしい顔立ちをした少年。リロイ・シュバルツシルトの弟子、というか助手のようなものを務めている……。
かくて黒衣の青年は、呼びかけに応じ改めてそんな彼の方へ振り返ったのだが。
「……?」
しかし刹那、彼はなぜかその相手の漂わせる様子に奇異な感じを抱くこととなる。
「ティコ?」
そう、その顔見た途端、いつもと様相が違うことにふと気がついたのだ。つまりは、これまで常に明るく朗らかだった彼の雰囲気に比べて。まるで今まさに夢でも見ているような。もっともではどこかどう異なるのかと細かく問われればはっきりとした返答に困る類の変化ではあったものの、とにかくそうとしか言いようがない。
自分ではない、どこか遠くを見つめている。
何より、青年をしてそんな感、抱かせたくらいの。
「どうしたんだ?」
それゆえコールの物問う声にも、おのずとどこか慎重さが含まれていたのは至極当然のことだったのであり――。
「もうすぐ、もうすぐです。あの子が真の意味で目覚めるのは」
「あの子……アウゴエイデスのことか?」
「そう、それもありますが、僕の言いたいのはレムの方です」
しかし対して少年は、不可思議にも聞いたことのない名前、突然告げてきたのである。
「レム?」
当然の如く、コールにすかさず怪訝な表情示させて。
ティコがうっとりとしたように、その名を口走ったこともあり。
「誰なんだ、それは」
「僕の兄弟、同じ設計図を基に作られた元型……アウゴエイデスを動かすもの」
「兄弟……動かす、もの?」
ただし相手は、なおのこと意味不明な言葉、羅列するだけ。コールをして一体その中からどのワードを問えばいいのか、戸惑わせたくらいの。
つまり、どこまでも謎に満ちた。
「……」
ゆえに青年は、一瞬呆気に取られたように一拍程の間を、置いてしまったものの。
これはどうしたものかと。
「ええ。何より僕にとって、一番大切な存在――」
だがむろんティコがそれに対してわざわざ詳細な説明を加えるはずもなく、はたして少年はただひたすらどこかコールとは違う何かを見つめ、恍惚とした面浮かべるのみなのだった……。




