13.
「スフィンクス!」
「まさか、こんな所で!」
突如として巻き上がった、耳をつんざく叫び。それはまさしく、驚天動地の声音という以外、表現しようがないものだった。
「しかも、デカいぞ!」
続けてガルフが、畏れにも似た表情まで現わしていたように。
つまりは余りに突然リロイたちの前に出現したのは、まさしく古代の神殿を守るあの謎めいた魔獣としか思えなかった訳であり。奇妙極まる謎をかけてくる者として、古くから伝説の中でよく知られている。
あるいは、絶大なる神秘の力持った存在として。
むろん古の王や女王、彼の者たちの永き眠りを守護するには、これ以上ないほどまことふさわしい――。
「グオオオオ!」
しかも黄金の獅子の躰に女の頭部、そんな畏怖すら覚える威容誇る怪物が、凶悪な眼光輝かせこちらへ一気に向かってくるのだ。その威圧感たるや、げに凄まじきもの。
「うわ、凄い迫力!」
「おい、ファム、気をつけろ!」
「ガルフさんもですよ!」
従ってたちまち侵入者一同が軽いパニック状態示してしまったのも、状況考えれば致し方なしと言わざるを得なかったのだった。
「ち、こりゃいきなり最高クラスの魔獣じゃないか!」
「どうする、正面から行くか?」
「その剣一本でか? やめとけ、跳ね返されるのが関の山だ!」
そしてもちろんそれはリロイですら、コール慌てて諫めたように全く例外でなく。いや、膨大な知識あるがゆえに、かえって彼が一番相手へ脅威感じていたと言うべきか。
「あいつには、魔法も剣もほとんど効かないんだから!」
そう、次にはそんな希望も何もない言葉、重々しく告げてきたのを見れば明らかだったように。
その内容からするに、まさしくもうどうしようもない、と。
この伝説の魔道士をもってしても。
「そんな奴、でもどうやって倒せばいいの?!」
それゆえアリソンがたちまち絶望的な声、上げていたのは余りに必然的で。
「奴は防御面は完璧だが、攻撃に関しては特に特殊なものは持っていない。だから、とりあえず今は逃げまくれ!」
「て、まさかそれだけ?!」
むろんそれ宥めるようにリロイが急ぎアドバイスしてきても、それだけで彼女の感情が休まるなど、まずあり得なかったのである。
◇
かくて突如場の緊迫感一息に高めてしまった、黄金の魔獣。
彼の名高き守護獣は周囲に散らばった六人の姿見回すと、どこまでも酷薄に赤い瞳、ますます強く輝かせた。
そう、そこにはいつしか先程の少女の面影など微塵もなく、まさにもはや正真正銘の怪物そのものとしか思えない。つまりは、人間相手に情け一つ、掛けるはずもない――。
さらに言えばそいつは、どうしてか背後に眠っているロランのこと、必死に守っているようでもあって。
「くそ、これじゃあいつの元へも全然近寄れないぞ!」
すなわち今や完全に吸血鬼とリロイたちを隔てる、異様に高い壁と化していたのだから。
「あの女の子、でもロランとどんな関係があるんでしょうね」
「さあな、大方一目惚れでもしたんじゃないか?」
「そんな」
はたしてその理由となると、リロイとファムのコンビにとっても、全く不明、と。
「スフィンクスを倒さない限り、ロランも目覚めさせられない、か」
「……そのようね」
「魔法も剣も効かない、鉄壁の魔獣――」
加えて自問自答の如く、コールにふとそう、呟き零させていたように。
もちろん惑乱の色、彼の面にもはっきりと深く。
いまだ何一つ、誰にも妙案生まれないまま。
「畜生、だからってみんなマジで何もしないつもりかよ!」
――だが、そうして魔獣前にして面々が知らず当惑気味に腰引かせていた、その時だった。
「え、ガルフさん?」
「俺は一人でもやるぞ!」
「ええ、一人で?!」
突如として獣が如き雄叫び発し、傍にいたびっくり眼のティコの制止強引に振り切るや、
「ウオオオ!」
それは生来の闘争本能の為せるわざか、刹那人狼ガルフがもの凄い勢いで、その言葉通り単身前へ駆け出していたのだった。
◇
瞬間、その黒かった瞳が青き輝きに染まり。
全身覆う筋肉が固く引き締まるや、たちまち炸裂した、とんでもない大跳躍。
「ハア!」
「あ!」
「ガルフ?!」
むろんそれ見た一同は、途端驚愕の面露わとしたものの。
いくら何でも無茶過ぎる、と。
「喰らえ!」
しかし次の瞬間、その強靭な身体は凄まじいスピードで魔獣の元へと恐れ知らずにも突っこんでいったのだった。
「ガルオオオン!」
はたしてそれを迎え撃たんとスフィンクスより発せられた、獅子めいた大咆哮轟き渡る中。
「ウソ、あんな正面から?!」
すなわち、いまだ真の力隠した状態とはいえ、人狼はついにその戦闘力が片鱗、見せつけることとなった訳で。尋常な人間では、およそ発揮すること適わない。アリソンが、我知らず驚きの声上げていたような。
そして何より、その全身から迸るオーラがまさしく、狼の持つそれ、そのものであった以上――。
「グオオオ!」
「うおりゃ!」
むろん対するスフィンクスの方も、その戦闘モード今やまったく隠すことなく。
さらに強さを増した、赤い瞳の輝き。
向かってくる者は、全てことごとく倒さんがため。たとえそれが、どんな相手でも。
狼の血を引く男と、太古より生きる合成獣。青と赤。
こうしてギャラリーが手に汗握って見つめる中、いよいよガルフは岩をも砕く鉄拳、魔獣の顔面へ叩きこもうとし、
獰猛に口を開けたまま、相手も避ける素振り、まるで見せず。
まさしく一撃必殺と。
辺りの空気、荒々しく震わせて。
「行けえ!」
……だが、それゆえだろう。
そうして、ファムが興奮しつつ声響かせたようにその攻撃が見事決まるかと思われた、
――しかし、その時。
「! ぐわああ!」
「あ、ガルフ!」
なぜかその拳が相手に見事命中する寸前、突然ガルフの身体がスフィンクスの元より何かへぶつかったが如く、激しく後方へ弾き飛ばされると、
「そんな!」
「何で!」
それ見ていた者たちの驚愕は、途端凄まじいものへと化していたのである。
◇
「あ!」
「ガルフさん!」
むろんその信じ難い光景は、他のメンバーたちをしてその場へ急ぎ駆けつけさせるに充分なものだった。
「ぐはあ!」
しかも吹っ飛んだ当のガルフの身体は、そのままの勢いで床へ思いきり叩きつけられていたのだから。余りの衝撃に、一瞬気を失ったかとすら思われた姿、見せながら。
「ああもう、だから言っただろう!」
「そんなことより、怪我は――」
「早くこっちへ!」
むろん一同が続けてそのまま、さらに動き慌ただしくさせたのは言うまでもなく。
まさしく緊急事態と。
「な、何なの、今のあれは!」
「スフィンクスの魔道フィールドだ。まあ、ある種のバリアだな。つまり、あれが物理、魔法ほとんどあらゆる攻撃を跳ね返す」
「バリア――そうか」
加えてそこへリロイがもっともらしく解説加えてくると、皆はさらにひとかたならぬ脅威、改めて感じざるを得なかったはずで。
今さらながら、その相手の持つ得体の知れない力に。
「くそ、それじゃ逃げ回るしかないのか!」
――いつもは冷静なコールですら、苛立たしくもそう声を荒げていたほど。
つまりはそれくらい、今は剣呑極まる切羽詰まった状況。
なかなか、次に打つ手も見出せない。
この恐るべき獣を前にしては……。
かくて場はいつしか、かように完全にスフィンクスの支配する所となったかとすら、思われてしまったのだが。
「ぐぐ……」
「大丈夫、ガルフ?」
いまだ人狼に至っては、アリソンに介抱されながら意識朦朧としつつ。
まさしく、それは彼の者の絶対領域とでも呼ぶべき。
「あ、待って下さい、あれ!」
――そう、しかも驚愕の展開はさらに続けて連鎖し、あろうことか次に突如としてティコが大声響き渡らせるや、一同は決して全ての事象が終わり告げていなかったことを、今やはっきりと悟っていたのである。




