9.
それは、一匹のコウモリだった。
黒い、なかなか大きな身体をしたやつで、部屋の隅の方をパタパタ軽やかに飛び回っている。むろんそれ自体は特に今まで見かけた怪物たちと比べると何の変哲もないものだったが、しかしやはり室内で見かけたとなると、それなりに不思議な感があるのもまた動かし難い事実ではある。
「コウモリ……こんな所に?」
「! まさか」
「え、リロイ?」
しかも刹那、その様見たリロイがなぜかハッとしたように声を上げたのを見れば、なおさら。何より彼は、すぐさまその獣の方へ近寄って行きそうな勢いで。
「どうしたの、急に?」
アリソンなどは、思わずそう声を掛けざるを得なかったのだから。
「……そうか、そういうことか」
「え?」
「何とかなりそうだぞ」
そしてそんな曾孫にはまるで構わず、俄然やる気漲り出したらしい魔道士。加えて、ニヤリと口許へ笑みまで零しながら。あるいはそこに何やら突破口を見出したということか、むろんアリソンには訳が分からなかったが、とにかくこれでいける、とばかりに。
その間も、件のコウモリが室内の一隅、青い扉のすぐ上を飛んでいた中。
どことなく、知性のようなものが窺える飛行獣。
あたかも、そこに何かがあると示しているかの如く――。
「よし、次はあの青い扉だ。みんな、行くぞ!」
「え?」
「あそこ?」
そう、何よりもそうしていまだ戸惑いが大きい空気裂いてリロイが皆へ放った次の言葉には、いつしか大きな確信めいたものすら含まれていたのである。
「あいつが、俺たちを導いてくれるはず」
それが、まさしく必然のことに他ならない、と。
◇
――そして、それから時にして、多分三分の一刻(一時間)は経った頃。
「ここは……」
一同は何とも薄暗い、静寂が支配する廊下にいた。
青の扉を抜け、さらに数カ所部屋を通り過ぎてから入った、実に長い、果てしなく続くとさえ思われる通路だ。むろんポツポツと朧ろな灯りが点いている以外、窓は一つもない。つまりはそんな暗澹たる雰囲気漂う中、リロイたちはただ前方を飛ぶコウモリ目印にひたすら前へ進んでいたわけで。もちろん途中、幾つか扉が見掛けられたものの、それらには全く見向きもせず。
すなわち、その獣の指し示す<何か>を目指して。そう、リロイによれば必ずそれは第三の家臣、ロランへと繋がっていくはずだったのだから……。
「……本当にこれが正しい道なの?」
そんなアリソンのいまだ半信半疑な呟き、それぞれが耳にしながらも。
「ああ、もちろん」
「でも、あのコウモリがねえ」
「間違いない。絶対何かがある」
むろん対する魔道士の方は、だからといっていささかもその確信が揺らぐことはない。いや、むしろどうやら歩を進めるごとにさらにそれは高まってきたようで、その声音にはいつしか力強いものすら籠っていたのだ。
「あれはロランの使い魔だからな」
それが紛れもない事実と、完全無欠に言い切りながら。
「じゃあ、ロランさんは僕たちを呼んでいるわけですね」
「だろうな。まだどこにいるかは分からないが」
「だが、そうだとするとロランとこの館の主の関係は?」
もっともそこで、今度はコールが別角度の質問放ってくる。それはいかにも彼らしい、実に冷静な内容だったといえよう。
「館の主か……さあな」
「今は囚われの身で、俺たちに助けを求めてきたとか?」
「あいつが? まさか!」
もちろんリロイにも、結局上手い答えは見つからなかったような。要するに今のところ不可解極まる状況であることには、何ら変わりなかったのであり。
「マジで、それだけはない」
――いくらリロイ・シュバルツシルト、伝説の巨人使いに漲る程の自信、あったとしても。
所詮分からないことは分からない、と。
そして、そうした奇妙な現状がゆえ、だろう。
一行がそうしてとりあえず歩みを進めていた、その時。
「あ。コウモリが止まった!」
刹那、先頭立ってコウモリ追跡していたティコが何かに気づき突然大きな声を上げると、
「え?」
「本当だ、あの白い扉の前!」
「おお!」
ついにロランの元へ行く突破口見つかったかと、皆の視線は一斉にそちらの方、ひたすら長い壁の中の一角を向き、
僅かの躊躇もなく。
「よし、ついに辿り着いたぞ!」
むろんリロイなどはほとんど歓喜するが如き大声、場もわきまえずたちまち放っていたのである。




