8.
「!」
だが、次の瞬間だった。
「え?」
「リロイ?」
魔道士は折角開いたのに突然、ものも言わずその扉、再び閉めてしまった。
「……」
しかも何やら深刻な、考えこむような表情、その面に浮かべて。
その場から、しばし動くこともなく。
「どうしたの?」
従ってそれ見たアリソンが、すかさず物問うていたのは言うまでもない。それくらい、妙としか表現しようがない間が一瞬流れたのだ。
何より、即断即決がモットーのこの魔道士にしては、実に珍しく。
「何かいたのか?」
「そうですよ、リロイ様。中の様子を」
すなわちそんな少女に加えて、コールとティコがたまらず問い発しても、
「……ああ」
結局彼は何とも微妙な答えしか、返すことなかったのだから。
硬いままの表情、崩すこともせず。
……あたかも、自分の今見たものが信じられず、ゆえに急ぎ頭整理しようとしているかのような。あれは本当にあったことなのか、と。
「ああもう。何だよ、はっきりしろよ!」
「あ、ガルフ!」
「ガルフさん?!」
だが、それゆえだろう。
途端その煮え切らない態度に痺れを切らし、ガルフが一人猛然と緑の扉の方へ近寄っていくや、
「あ!」
我に返った魔道士は当然ビックリ眼となっている。
刹那、相手を呼び止めようともして、
今はとにかくマズいとばかりに。
「俺が確認してやる!」
「わ、やめ――」
――しかし必然的にというかそうした反応は何もかも遅れ、自らもいまだ惑乱状態にあったこともあり、彼は結局人狼がその扉強引にこじ開けるのを、食い止めること出来なかったのである。
「! げ、マジか!」
むろん、そのガルフが次の瞬間扉の向こうに部屋を完全に占拠した一匹の巨大な黒い竜、たちまち認めるのも。
さらにその刹那、対する竜の大きな眼は禍々しくも真っ赤な輝き、発し――。
◇
……妙にガランとした、中央に置かれた机以外、家具類のほとんど見当たらない部屋。
「フウ、フウ……」
「よし、ここまで来れば……」
数分後、リロイたち六人の姿は今やその殺風景な一室の中にあった。
「ち、畜生、何でドラゴンまでいやがるんだ……」
「知らないよ、そんなの」
しかも幾つもの扉を抜けて、ひたすら逃走してきたのだ。確かに息も切れ切れとなるというものだろう。
何より、ガルフの言った通り、彼らは先程眼前にドラゴンをしっかり目撃してしまったのだから。しかも黒い鱗が実に禍々しい、凶悪そうかつ巨大な姿を。
『何やっている、早く逃げろ!』
むろんそれ見た途端、リロイが思わず固まってしまった皆へ警告の叫び上げていたのも、まさしく必然。
『あ、あ……』
特にティコなどは、余りの恐怖にほとんど石化しかけていた以上。
『そうだ、急いで逃げないと! ティコも!』
『俺が抱えていく!』
従って刹那、一行の呪縛も強引に解かれ、息つく暇もなくすぐさま避難――もちろんもう一つの赤い扉へ向けて――が開始された訳であり。
『出来るだけ遠くへ!』
とにかく相手から離れようと恐らく猛スピードで四、五個は扉を脇目も振らず潜り抜け、そしてついに今この部屋へと至った、という次第なのであった。
もちろんこちらのルートにはなぜかモンスターの姿は全くなく、ゆえに何とか逃げ延びること出来たのもまこと大きかったのだが……。
「ああ、疲れた……」
「――それで、どうしよう?」
と、そうして皆がいまだ息をぜえぜえ整えようとしていた中、自らもグロッキー状態ながらファムがまず声を上げた。その爽やかな容姿も今は疲労で相当歪み、まさにそれこそがあのドラゴンの脅威を明々と示している感じだった。
「ん、どうしようって?」
「いや、僕ら完全にこの館の中で迷っちゃったみたいだから。そう、もうここがどこだか……」
「確かに。何よりこの館はこんな窓のない部屋だらけだ。方向感覚も何も、もはや訳が分からない」
何より、余程そのことが気になったのだろう。ゆえにコールも同意の意見放ってくると、食屍鬼は大きく頷いてみせる。
「本当、まともな場所じゃないよ、ここ」
いかにもうんざりした感、そこにはっきりと乗せて。
「やっぱり変な魔法が掛けられているとしか」
「一つの館を、迷宮のようにする、か?」
「うん。それかあるいは、ひょっとしたら」
そしてどうやら彼には、いつしか何か一つのかなり大きな推測めいたものがあったようで、
「――この館自体が、魔法の産物なのかも」
次にはそんないかにも不可思議な一言、放っていたのだった。
「……館自体、が?」
「はい。実際リロイ様が扉を開ける前に、なぜか僕たちはここへ入っていたでしょ? もちろん何の抵抗もなく。まあ転移等の高等魔法を使った可能性もあるけど、でも館全てが魔法エネルギーの集まりと考えた方が、この場合しっくりくるんですよ」
「なるほど、魔術が創り出した、か」
むろんかくてその発言は、間違いなくそれ耳にしていた全メンバーへただならぬ波紋、いや惑乱すらただちにまき起こしたと思われ、
余りにも予想外と。
「! じゃあ何、私たちは今そんな訳分からない魔法の中に閉じ込められているってことなの?」
特にアリソンなどは思わず狼狽えたような声、辺り憚らず響かせていたのである。
「嘘……」
加えてまさしく呆然と、我知らず天(井)まで大仰に振り仰いでみせながら。
「あ、でもまだ確証は」
「いや、ほとんどそれが正解だな」
「リロイ、本当にそうなの?」
はたして今ではリロイですらその考えに、なるほどと深く首肯していた以上。
「――あ、ちょっと待ってください。あれ!」
「ん?」
「え?」
そう、すなわち次の瞬間、横槍のように突如としてティコが大声を上げ、そうした少女含め皆の注意を一斉に引いてしまわなければ、その怪しげな議論はいつまでもずっと続いていた可能性さえあって……。




