5.
月影の塔なる麗しい名前持った、街中に立つ建築物――。
その最上階は、一つの部屋になっていた。
俯瞰図が円形している塔の形通り、室内の壁も同じ感じだ。すなわちぐるりと、周囲を石の壁が巡っている。加えて実に雑然的というべきか、そこにズラリ、本棚やら薬棚幾つも並ばせて。もちろんこれで入って来た扉の対面に申し訳程度とはいえ小さな窓が開いていなければ、かなり圧迫感覚える光景となっていたかもしれない。
「うわ、凄い数……」
すなわちアリソンが思わず零したように、360度、モノというモノに隙間なく囲まれた。
「フフ、アリソンさん、それにコールさん。これみんなリロイ様のコレクション、というか仕事道具です。つまり魔法に関係する。良かったら幾つか見てみます?」
「あ、いや、そういうつもりじゃ……。それにだったらかなり大切な物じゃない。そんな簡単に見るわけには」
「そうですか? でもリロイ様はいつも結構適当に扱っているんだけどな」
そうしてそんなこんなで室内へ招待された旅人たる二人は、自己紹介後今や部屋中央にある卓前の椅子に座している状態である。
「まあ、一体どれくらいの価値があるのかは、僕には分からないけど」
そんな対する少年のいまだ幼さ残した声、揃って大人しく耳にしながら。
「……リロイはこの街でどんな仕事をしているの?」
「薬草を煎じてあげたり、簡単なまじないを教えたり。要はあくまで初歩的な魔法に関してのものです」
「それって、つまり、この街の住人……死者たち相手ってこと?」
「ええ。もちろんそれくらいしか、お客さんはいませんから」
――そう、特にお喋り好きなのかティコの口がやたらと軽く、師匠であるはずのかつての大魔道士の日常も勝手にすらすら語っていく始末であった以上、それも致し方ないとしか言いようがなく。何よりアリソンに至ってはその焦眉の相手の微妙ともいえる現状に、少なからぬ驚き覚えたくらいだったのだから。
「あのリロイ・シュバルツシルトが死人相手に商売か……落ちぶれたものだな」
はたして傍らの相棒でさえ静かにそんな失望混じりの一言、洩らしていたように。
「後、お茶もお菓子も出せなくてすいません。何せ、ここはロクスム・ハラなので」
「あ、いいの。そんな気を遣わないで。もちろん私たちそんな長居するつもりは」
「いえ、そういうことじゃなく、あなたたちは決してここのものを口にしてはいけないのですから」
そして束の間とはいえ、この部屋の主が帰るのを待って始まった確かに茶菓子類のない茶話会。特にティコの一瞬示したいかにも申し訳なさそうな顔が、二人の気を引いたのは論を待つまでもないことだった。
「あ、そうか。忘れていた」
「――死者の街のものを食すと、もうここから一歩も出られなくなる、というあれか」
「はい。あなた方は生ある者、いずれ出て行かなくてはならないのでしょう?」
「もちろん、そうね」
何より両者にとって、それは決して侵してはならない禁忌であった以上。
「そう、何が何でも、戻らないと」
ゆえに途端アリソンは、まなじり決してその意志を強くし、
「……でも、ティコ、あなたは? その、私たちと同じというか、死んでいるようにはとても見えないんだけど」
「僕ですか? そうですね、確かに仰る通り死者ではないのですが、ただ、あなたたちともちょっと違うというか」
「? どういうこと?」
と、それと同時にふと疑問も湧いたらしく、そんな質問、相手へ放ちつつ。
そう、一見至って普通の少年に見えるというその雰囲気自体が、かえってこの街にはそぐわなかったゆえ。
「フフ、それはまたの機会で。色々ややこしい問題なので」
――もっとも当の相手は対して、にっこり笑み零すことで簡単にはぐらかしてしまったのだが。
「……それにしても、一体リロイ様に何の用があってやって来たのです? 本当、こんなこと100年間一度もなかった事態ですよ」
「ああ。さっきも言った通り、それなりに大事な話をしに、ね」
しかもその面示したまま次の瞬間その話題はもう結構とばかりに少年が話変えてきたため、それはアリソンをしてたちまち今度は自分が答える番と身構えさせる。
「そう、彼の持つ力に関係した」
「ふうん、リロイ様の。何やら大きな目的がありそうですね。何せそのためにわざわざこんな所まで来たんだから」
「それはもちろん。まあでもあなたも彼の弟子なら、すぐその目的が何か知ることになるだろうけど」
加えて応じたその口ぶりにどこか意味深な響き、含ませながら。
「へえ、何だか大変そうですね……」
「あら、でもリロイが以前と同じ大魔道士なら、絶対にこれは引き受けてくれるはずよ」
そして対する少年がさすがに驚きとやや訝しさの混じった表情示すと、一瞬の間を置いた仮面の娘は次の刹那その口元にふと謎めいた笑み浮かべ、さらにそっと一言告げていたのである。
「伝説に謳われている通りの、そう、魔女たち育て上げた師匠なら」
すなわちその声音にはいかにも高い期待感というやつが、隠しようもなくはっきり籠っており。
「――計り知れない力、持った」
はたしてそれはまるで、その来たるべき未来、心から恐れつつも楽しみにしているかのような……。
「!」
――だが、そうしてアリソンの雰囲気が傍目にも一際眩いもの放ちかけた、その時だった。
「え? どうしたの、コール?」
突如として隣に座していた青年が、バッと後ろ振り返ったのだ。
「誰か、来る」
しかもその表情に、分かりやすいくらいの緊迫感浮かばせて。
「誰か……?」
「ああ、この部屋へ向かって」
「まさか」
むろん、何よりその挙動に少女が強い反応示したのは言うまでもない。すなわちそれくらい、その今まさに訪れようとする『何か』は彼女にとって焦眉の的そのものだったのだから。
「リロイ?」
当然、そんな一言呟きつつ。
「あ、やっと帰って来ましたか」
――もっとも当たり前というか、その様見たティコの方にはまるで慌てた素振りなかったのだが。
「でも今日は割と遅かったな」
あくまでのんびり、頷きながらそうした感想述べていたように。
「どうしよう、戻って来た!」
「何だ今さら、怖気づくなって」
「でも……」
一方アリソンとコールは途端、はっきりと緊張の面差しである。そう、それは普段冷静に見えるコールの方ですら、今は少女と大して変わりなかったくらいであり、
「別に彼は敵じゃない」
……自分に対しても相棒に対してもそう言い聞かせつつ、我知らず腰の長剣に手を掛けていたのを見れば。
何よりその瞳が、決して油断だけはするまいといった強い意志示していて。
確かに階段を上がって来た音が、今やアリソンの耳にもはっきり届いていた中。
カツンカツンと、それも段々大きく。
「!」
「あ!」
そしてそんなつと臨戦態勢となった訪問者たちがそれゆえよく確認しようと次には立ち上がって、そちらへ鋭い視線振り向けた、まさにその刹那――
ギイイイ……
「リロイ――」
足音止まるや古びた銅製の扉はその眼前で、再び重々しい音立ててゆっくりと、まるで闇夜への入口が如く開かれていったのだった。
「! ……何だ、あんたら?」
――刹那そこから発された、何とも意外そうな若い男の誰何する声とともに。




