4.
一体どれだけ塔の中を高く登ったのか、無限に続くとまで思われた螺旋階段がしかしついにやっと途切れた時、その突き当たりには緑の扉が待ち構えていた。
「やっと、着いた……」
すなわちそれは金属製の、しかも相当年古りたと思われる重厚な造りの代物で。
「ここに、リロイが――」
何よりその中にいる待望の、そして焦眉の人物のこと頭に浮かび、アリソンは知らず畏怖めいた呟き、零している。
「ああ、伝説の魔道士にして、帝国に反旗翻した謀反人。そして何と言っても、あの巨人を生み出した」
「でも、一体どんな人なんだろう……」
「伝説の中では、まさに魔王に比すべき存在として語られているな。それこそ冷酷無比、力に溢れた。まあ、どこまでが真実なのかは分からないが」
むろんその隣からは、コールのどこか冷めた一言が返ってきて。
長い襟足が特徴的な黒髪に、黒曜石思わせる切れ長な同色の瞳、そして猟犬の如き雰囲気全体に纏わせた、相棒である青年の。
……とはいえそんな一見冷静に見える彼も、用心深く腰に提げた長剣へその手、掛けてはいたのだが。
「――とにかく、油断だけはしないことだ」
そうして思わずそんな呟き、続けて洩らしていたように。
そう、いずれにしても二人にとってここが重要極まる、かつ何が起きるか分からない場所であることはまず動かし難い事実であり、
「とにかく、早く中へ入ろう。こんな所で突っ立っている暇はない。何よりグズグズしていると、マステラの気が変わってしまうかもしれないからな」
「え、ええ」
青年が扉見つめつつ急いたようにそう催促すると、仮面の少女もすぐさま、深くうなずくことでそれに応じていたのだった。
「分かった」
かくてゴクリと一つ唾を飲みこむや、決心ついたかその手は次には扉板の方へ移動していて。
威嚇するグリフォンの意匠彫られた、厳めしい扉へ。
それもやたら、ゆっくりと。
――もちろんそれは招かれざる客として、それでもノックするために。
「リロイ……本当に力になってくれるかしら?」
そうしてそんなアリソンのいまだどこか半信半疑な声音が零れるとともに、
「何、心配ないさ。――そう、こっちには、他でもない君がいるのだから」
相棒が真剣な視線寄越す中、その手は丁寧に三回、目の前の扉を叩いている……。
「!」
「あ……」
ギイイイ……
はたしてその数秒後、すぐさま重々しい音、辺りへ響かせて。
◇
「はい」
「え?」
「む……」
だが、かくしてついに扉が完全に開かれた、その瞬間。
「えっと――」
二人の来訪者は、眼前に広がった余りに意外な光景に、思わず我が目を疑っていた。
「何か、御用ですか?」
「いや、その」
そう、彼女らはもちろん完全に凄み効かせたローブ姿の大魔道士が出てくるものと予期していたのだが、しかし案に相違して中にいたのは、何とも想定外としか言いようのない人物……。
「あ、ひょっとして魔法の薬についてですか? でもすいません、それは今ちょっと在庫を切らしていまして」
すなわちそこにいたのは、背丈が160ロット(センチ)あるアリソンの首辺りまでしかない相当小さな身体かつ、
「それとも新しくまじないを覚えたいとか? ただ、残念ながら先生今不在なんですよね。だからそれも――」
――おまけにふわふわの金髪に橙色のつぶらな瞳、加えて小さな鼻とあどけない丸顔やたら目立たせる、何とも可愛らしい容貌した男の子だったのだから。
「え? あなたは」
何よりはたしてその姿ゆえ、当然ながらアリソンをして刹那、誰何の声発させていたような。
「僕ですか? ティコといいますけど」
「ティコ……あなた、ここに住んでいるの?」
「ええ。歴とした住人です」
もっとも白の前開きの上衣に黄色い半ズボン着けた相手はさも当然とばかりにその問いへ答えてくる。……丁度掃除中だったかその片方の手に柄の長い箒、持ちながら。
「へ、へえ。そうなんだ……。じゃあお弟子さんってところなのかしら?」
「え?」
「いえ、ここにはもう一人、住人がいるはずなんだけど」
そしてその朗らかというかどこかこの街とは不似合いな雰囲気は少女をして少なからず戸惑わせたものの、しかしそれでもアリソンがさらに問いを重ねていったのはわざわざ言うまでもなく、
「……生者にも関わらず百年近くここに住んでいる、魔道士が」
そう、何よりその男に会うことこそがここへ来た唯一無二の使命であった以上、それは余りに当たり前過ぎることでしかなかったのである。
「あ、ひょっとしてリロイ様のことですか、それ?!」
すると対して突然表情パッと明るくさせたティコ。むろん、それは明らかにアリソンの問いの正しさを証明する反応以外の何物でもなかっただろう。
「何だ、やっぱり先生のお客様だったんだ」
しかも次いで充分納得したとばかりに、大きく頷いていたのを見れば。
また、加えて彼自身久方ぶりのまともな話し相手ができて、これ幸いと少なからず喜んでいたのやもしれず――。
「でも珍しいな、先生に外から誰かが訪ねてくるなんて」
「う、うん。ちょっと、いや割と大事な用があって」
「ふうん。――あ、でしたらそんな所にいないで、中でお待ちください。リロイ様は今外出中ですので」
「あら、そうなの?」
そしてそうした塔の最上階での立ち話中ふと思い当たったのか、件の魔道士の同居人らしき子供はにっこり太陽にも負けないくらいの笑み満面へ現わすと、
「待っている間、色々お話しもしたいですし」
そんな実に親しげな言葉とともに、見ず知らずの訪問者急くが如く部屋の中へあっさり招き入れていたのだった。




