3.
ロクスム・ハラ。
それは草木疎らな荒野の中忽然と立ち現れる、あの世とこの世の境とでもいうべき都。
むろん堅牢な城壁の中そこに住まうのは既に死に引きこまれた、だがそれでも現世への未練深く残した、かつての生者たちで。
すなわちそれゆえ一生、というか永遠にこの街から出ること、決して適わぬ。
たとえ千年、いやそれ以上の時が経ようとも。
だが、それゆえだろう。
ここの住人たちが抱く生命というものへの大いなる嫌悪、そして恐怖にはまさに微塵も隠しようがないほどの凄みがあり。何よりそれは、今どこか目指して歩いて行く外からの訪問者に対し、あらゆる暗がりから向けられる無数の密やかな視線が隠然と示していたような。
そこにひりつくが如き怨念、例外なく籠もった。
誰であろうと、知らず怖気を感じずにはいられぬくらいの。
それは冷たい敵意、あるいは燃え上がる憧憬とでもいうべきか。
いずれにせよ、およそ地上に住む存在には間違っても、どう苦しみ抜いても放ちようのない、
その自ら下した選択がゆえの、罪――。
至る所、ただ物言わぬ影の気配だけが蠢いている、そんな死んだ街の中。
……そう、すなわちまさしくそこにあったのはどこまでも昏く蟠る一つの情念、ロクスム・ハラ自体が発する禍々しい瘴気そのものと混然一体化した深き闇以外、何物でもなかったのであり。
◇
「着いたぞ。ここだ」
かくて領主マステラとの謁見が終わり、それから十数分の後のこと。
「月影の塔。あんたらの会いたい者は、この塔の一番上に住んでいる」
仮面の少女アリソンとその相棒である黒衣の青年コールは早くも馬頭の案内受け、街の片隅にあるやたらと高い塔の下へ辿り着いていた。
「ここが……」
すなわちそこは装飾の類一切排されたシンプルな、しかしとにかく暗い家並みの中妙に目立って聳える場所であり。
「よし、じゃあ早く」
その偉容前にして、特にアリソンの方が俄然やる気出したのは至極当然のこと――。
「後、俺はここまでだ。後はあんたらの好きにしてくれ。――ただし、マステラ様が仰った通り、妙な騒ぎは起こすことなく」
「あら、私たちがそんなことするように思えて?」
「……さあな、人は見た目では、一切判断できん」
そしてもうこれで任務終了と、馬頭は馬頭であっさり会話打ち切るや早くも踵返しかけている。あるいは一見荒々しい彼にとっても、外から来た来訪者とは極力関わり持ちたくない、そんな心境だったのだろう。
特に相手が仮面始めどことなく胡散臭い感じ、纏っていた以上。
「では、さらばだ」
……そうして案内人は、性急ともいえるタイミングで別れの言葉、発していて。
くるりと身体の向き、あちらの方へ向けつつ。
「行っちゃうのか……」
もちろんその去り行く姿見て、どことなく心細げな呟き洩らした少女。そもそもあの胡乱さ極まる老婆以外では、この街で出会った数少ない会話可能な存在だ。その見た目にも関わらず、多少は親近感覚え始めていたのかもしれない。
「結構、あっさりしているのね」
「まあな。……さあ、では俺たちも仕事だ。こんな所でゆっくりなどしていられないぞ」
そう、結局のところ今の自分にはそう言って気合入れた傍らの相棒しか、伴となるべき相手がいなかったのだから。
「ええ。リロイとは、必ず会わなければいけないから」
「そして、その後は……」
「それはこれからの話次第。まあ、絶対に成功させるけど」
かてて加えて何よりも、これから成し遂げねばならないある一つの使命、二人が抱えていた上は。まさしく固い絆で結ばれた、運命共同体の如く。
それはこの大陸の未来にも関わってくる、余りに重大な内容で。
むろん他の誰にも、一切代えようのない――。
「……だがあの男、素直に従ってくれれば良いが」
そしてそこでふと青年がその余りの重責に不安覚えたか小さく声、零すと、
「何、心配ないわ。だって彼が噂、いや伝説通りの人なら、こんな街に何もせずずっと燻っているだけなんで、絶対に出来ないはずなんだから」
まさに対照的、対するアリソンは扉の前でどこか自信ありげに、そんな大言返していたのだった。
◇
黒光りする巨大な玉座に腰かけた老婆は、先程から延々とその同じ姿勢――片手を顎に当てた姿を取ったままでいた。
「……」
むろんあの怪しげな二人組の旅人――アリソンとコールが立ち去った後のことである。すなわち彼女らはマステラの仕方なしともいえる許可が下りるや、すぐさまその男がいる目的地へ向かって行ったのだ。
「よし、これで!」
特に娘の方に至っては、その表情、一息に活気あるものにさせて。
――アリソン・クーデリウス。
仮面付けた、どこから来たのかも不明な、得体の知れぬ少女。
そう、だがどうやらあの護符に名の記されていた件の魔道士と何やら関係がありそうなのは、その彼女の方だったらしく。
(一体どういった繋がりだ?)
当然そんな疑問も、知らず心の中で零れている。
特にその相手が相手だけに。
決して油断、それだけはしてならないような。
あいつがこの領主をすら凌ぐ力、いまだ秘めている以上……。
(悪名高き巨人使い、か)
そしてむろんそうなってくると、同時に彼女らがここを訪れた真の目的が何なのか、それが大いに気になったのもまた疑いない事実であり。
何と言ってもここは亡者どもが住まう街、ただの物見遊山でやって来るなど、まずあり得るはずがないのだから。何よりリロイの名の記されたハスパの護符、手にしていたがゆえ。
すなわち間違いなく何らかの、それも命に替えても惜しくない程の実に大それた企み、隠し持っているのは確実で。
(しかし今さら、何をしに来た?)
それゆえ先ほどからずっと、その解き難い問いが頭の中を占領して、決して離れることがない――。
(――ふん、だがまあいい。そう、たとえあいつらがどんな目的持っていようとも)
だが、そうした戸惑いめいた思いにしばし独り捉われつつも。
……ふいにそんな老婆の口許を彩ったのは、勝ち気な笑み。
はたしてそれは何がしか、彼女の中にある勝算が存在したがゆえのものとしか、思われず。
(所詮、街の中で少しやり取りするだけがせいぜいのはずさ)
特に刹那その黄色き瞳の光が、一際妖しげな輝き、放ったとなれば。
常に増して暗い、玉座の間の中。
むろん誰一人、その様を認めることなく――。
そしてそのためだろう、ふいに部屋自体が老婆に同調して一種形容し難いひりつくような妖気、纏い始めたその時。
「あの男は、もう紛れもないこのロクスム・ハラの住人なんだからね」
マステラはにっとその笑みに恐るべき凄み増させ、そんな謎めいた一言、呟いていたのである。




