2.
これまでの廊下よりも、さらにその暗さをいや増したような一室。
むろんランタンはおろか、小さなロウソクに至るまで、そこには明かりの類一つなく。ただ、なぜか光源定かならぬ青い光が辺りを薄ぼんやりと照らしていて。
すなわちそこは左右の壁際に柱のズラリ並んだ、そして床に絨毯の敷かれた、一国の王の間にも匹敵する広さ持ったロクスム・ハラが領主住まう部屋――。
「お連れ致しました。この者たちが、謁見希望者です」
それゆえ扉開けた馬頭の声音にも、当然ながら分かりやすいくらいの慇懃さ籠っているというもの。もちろんそれが相手に対する隠れなき忠誠心の現われなのは、わざわざ言うまでもないことだった。
「そうかい、ご苦労」
「ハッ」
そう、対して部屋の奥から聞こえてきたいかにも高慢な声が、彼をして途端姿勢正しく応じさせていたように。
「では、後はあたしが話を聴く。あんたはもういいよ」
「かしこまりました」
何よりその声に籠もっていたのは、あからさまなまでに命じることへ慣れた者特有の響きというやつで、
「では、何か御用があったらお呼びください」
はたしてそれを受けて一礼した案内人は、次にはその身をサッと再び扉の外へ退出させていたのである。
「え――」
……そう、当然突如として街の支配者と対面することとなったよそから訪れた二人組、その場へあっさり置き去りにして。
◇
窓もなく、ただようやく相手視認できる程度のどんよりした薄青い闇包みこんだ、密やかな空間の中――。
「……」
そうして対面から放たれてきた鋭くも怪しい視線は、たちまちにして部屋奥まで進んだいまだ年若い二人を狙い過たず射竦め、
「えっと……」
かくて特に娘の方に至っては、刹那はっきりとただならぬ緊張感、その全身に現わさざるを得ない。何より、挨拶も何もどう応じるべきか思わず口ごもってしまったのを見れば、それは実に明らかだっただろう。
「何だ、やって来たのはこんな小娘か」
「!」
しかもかように戸惑っていると、玉座に深々と腰かけた相手――齢80は余裕で超えていそうな、灰髪と鷲鼻が特徴的な老婆――はふいにそんな何とも無遠慮な一言、洩らしてきたのだから。
「それに隣には優男。全く、場違いにも程がある」
……むろんそのギョロリとした瞳、娘だけでなく隣の青年の方へも油断なく、しかと向けつつ。
「まあ、そっちは結構いい男だから構わないけどね。ただ、むしろ問題はあんたの方だよ、あんた。――いったい何なのさ、その趣味の悪い仮面は」
そして視線を再び娘に注ぐや、どうにも訝しげなもの帯びていく声音。そう、そこにあるのは妙な光景を見たというある種の戸惑い、まさしくそんな感であり、
「よっぽど素顔を見られたくないのかねえ」
はたしてそうした一言、揶揄するように付け加えていたとなれば。
「申し訳ありません。事情があって、この仮面を外すわけにはいかないのです」
「ふうん、このあたしと話すってのに、そんなけったいなもの付けたままとは。……無礼な娘だね」
「……どうか、お許しを」
だがもちろん娘としても、そうした厳しい指摘が出ることは事前に十分予想していたことだったのだろう、彼女がすかさず素直に謝罪していたのは言うまでもなかった。すなわち事実、老婆の言った通り金髪の娘の貌、その目元には――
「貴族どもの舞踏会じゃあるまいし」
両の瞳覆い隠すように、真っ赤な、鳥の面思わせる仮面が怪しげに被せられていて。
「それで、ここへは誰に会いに来たんだい? そもそもいくらあれを持っているとはいえ、ロクスム・ハラはあんたたちみたいな、生きている人間が長居して良い場所じゃないよ」
灰色の長衣纏った老婆マステラはかくて、口調厳しくさせたまま謁見を始めた。それは玉座の上から鋭い眼光のもと見下ろした、まさに威圧感で満ち満ちた態度というやつだった。
「はい。まずはお会いしていただき、大変ありがたく思います、マステラ様。それで、私たちの名前ですが――」
「ふん、生の人間の名なんて知っても意味はないが……まあいい、礼儀として聞いてやるか」
「……あ、ありがとうございます」
そう、何より、その面に尊大極まる色があからさまなほど窺われたのを見れば。――気持ち、その身を前の方へと乗り出させつつ。
「で、あんたは?」
「私はアリソン・クーデリウスと申します。そして隣にいるのは」
むろん対して特に気にした風見せずしっかり名乗り、次いで仮面の娘はマナー通り傍らの相棒、紹介しようと口にしかける。
「――コール」
――もっともそんな彼女の気遣いにも関わらずその言葉は、機先を制すような青年自らの声にすぐ、遮られていて。
「コール・マクシムスだ」
それも、そこにやたらとぞんざいな響き、乗せられた……。
「!」
それゆえ娘は途端慌てた素振り、思わず見せてしまったのだが。
「ちょ、ちょっと――」
「……なるほど。どうやらそっちの方も大して礼儀は知らないようだが、何せ久方ぶりの客人だ。一応歓迎してやる。何より、護符を持っている以上」
「あ、はい! 私たちはある人と、その、是非とも会いたくて」
「どういった経緯でそいつを手に入れたのかは、知らないが」
もちろんその間違いなく思いがけなかった一言はまた老婆をして少なからず心象悪くさせたように思われたものの、しかし刹那の間を置いて、こちらはこちらでとりあえず話が進んでいく。どうやら、これまでの言動に似合わずそれなりに冷静さ保てるタイプの人間(?)ではあるらしい。
「だからさっさと用件を済ませて、すぐ出て行きな」
その声音に、明々と面倒そうな色、現わしていたとはいえ。
「ハスパの護符――ここに住む死者が外界の誰かへ一枚だけ渡せる、再会の証し。つまりこれを手にした者は、その護符に名前の記された住人と一度限りとはいえ、この街で会うことが叶う。……それでよろしいんですね?」
「ああ、そうさ。ここは冥府へ行くことを拒否した亡者どもの街。それゆえ地上に対する未練はいまだあり、延々ほっとくとそれがいずれ凄まじい怨念になりかねない。だからガス抜きのため、あたしが作ったんだ」
「なるほど。それなりに合理的理由はあったわけか……」
そうしていよいよ話が本題へ入るや、それは老婆をして俄然ぐっとその身、前に出させるに十分なものだった。すなわち相変わらずどこかすかした言動してくる黒衣の青年にはやや眉をひそめたものの、それでも次にはすぐ娘へ重々しく問うていたのだ。
「合理的だか何だか知らないが、あたしにもそれなりに情ってものはあるからね。いくら天国にも地獄にも行けない奴らが相手でも。……いや、そんなことはどうでもいい。とにかく大事なのはあんたたちの目的だよ、誰に会いにここへ来たのかっていう」
特にその刹那まっ黄色い瞳、さらにぎらり妖しく輝かせた以上。
「……誰に会いに来たのか」
そしてたちまち、その言に対して相手が仮面つけていてもはっきり分かる真剣味増した態度、示したのは言うまでもなく。
――その時、どこか遠くの方で重く低く雷鳴が轟いたこと、知ってか知らずか。
「それは、他でもない。つまりこの護符に記されている名前は」
「うん。その名は」
そう、その一瞬だけ、異様なまでに張り詰めた間を一拍置くと、
「もはや伝説にしか存在しない、古の魔道士。――リロイ・シュバルツシルトです」
……はたしていまだ素姓定かならぬ娘は、年古りた老婆に知らず目を剝かせるが如き予想外な一言、真正面からしかと放っていたのだった。




