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1.

 荒野のただ中にあるその街は、昼なお暗い曇り空の下、まるで死んだように静まり返っていた。

 一体、そこには日々の生活の営みというものが存在するのか――分厚い城壁に穿たれた重厚なる市門の内側からは、はたしてそう疑問に思わせたくらい、何の音も気配もまったく感じられなかったのである。

 そう、特にそんな門へ実に久方ぶりに生ある者――旅人らしき二つの人影がどこかより辿り着いたとなれば、その対比からとりわけ寂寥感は増していくというものであり。

 それは何年、あるいは何十年ぶりのことだったか。

 とにかく、およそあってはならない事態の如く――。

 だが、それゆえだろう。そうしたおよそこの都市とは相容れぬ存在が眩しい輝き放って固く閉ざされた門扉高らかに叩いた時、死都内にはたちまちにしてただならぬ殺気だった空気、紛れもなく流れ出してもいたのだった。すなわちそれは言うなれば、侵入した異物を排除しにかかる体内の抗体たちのざわめき、というやつで。むろん全ては、我が身の平穏をひたすら守るための。

 何より、生命への愛溢れる共感など、ここではまずあり得そうもなかったのだから。


 ロクスム・ハラ

 別名死者の都とも呼ばれる、現世に対する怨念強きあまり地上へ留まり続ける亡者たちが別世界では。


 いくらこちら側が多少なり、交流求める心あろうと。

 その甲斐一切もなく。


 ゆえに入口前にして、開門望む音虚しく響かせたその二人がその時仕方なしと僅かな落胆の表情現しただけだったのも、彼女らが光ある領域に属す以上所詮必定のこと。むろん少しばかり溜息、そこに混じらせていたとはいえ。

 すなわちそんな諦念にも似た覚悟覚えさせるくらい、そもそも自分たちが快く招かれるという期待自体ここに来てもほとんど、いやまるで抱いていなかったはずであり。


「! え?」


 ――しかし、だからこそ寒々しい薄闇の中、ならば次にどう手を打つべきか両者しばし顔を合わせ思案しかけた、その刹那。


「扉が……」


 それはまさに稀なる奇跡だったとでも言うべきか、そう、突如として眼前の黒い扉が重々しい音立ててゆっくり開け放たれていくと、当然ながら旅人たちは途端隠れなき驚きの顔、知らず示さずにはいられなかったのである。


「入れって、こと?」

「そのようだな……」


 そんな訝しさと惑いの混じった声、静寂がのさばる中小さく零しつつ。


                  ◇


 一面灰色の、やたらと長く果てなくとさえ思われる空間――。

 かくてそれから十数分の後、正体定かならぬ二人組の姿は薄暗い廊下にあった。

 開かれた大門を潜り、人気のない大通りを抜け、街の中心部、ついに辿り着いたやたら厳めしい館の中でのことである。むろん相変わらず、ここにも他に人の存在している気配は微塵もない。すなわちそれはまるで、遠い昔に打ち捨てられた廃墟へ侵入しているかのような感で。


「静かね……」


 ゆえに二人の内の片方、背の低い女性の方も歩きながら知らずそんな一言、そっと呟いているというもの。

 紅色の上衣にグレーのミニスカートと茶色のブーツ、そしてクリーム色したマント纏った、恐らくはまだ年若いと思われる娘も――。


「やはりここは、死者たちの都だからな。いわばこれが普通極まるいつもの光景という訳だろう」


 すると、それに呼応してすぐさま返ってきた言葉。言うまでもなく、それは娘の隣に立つ相方、ジャケットからズボンに至るまで全身黒で固めたいでたちした青年より放たれたものだ。


「少しも驚くには当たらない」


 しかもその声音に、場違いにもやたらと冷静な響き含ませて。


「でもそれにしたって、不用心にも程があるわ。領主の館なのに、さっきから衛兵も何も全然見当たらないじゃない」

「むろん誰も好きこのんでわざわざこんな所へ盗みに入るはずなどないだろう。余りにも収穫とリスクの釣り合いが取れないからな。――そう、死に絡め取られるリスク冒してまで、何かを奪おうとは」

「……そんなものかしら」


 もちろんだがそう実に落ち着き払って言われると、かえって娘の方には意地らしきもの生まれてくる。それゆえ彼女はどこか納得いかないといった様子示しながら、次いで気持ち口尖らせ、屁理屈混じりに反論したのだった。


「ただ人って、死ぬくらいの危険程度じゃとても怖気づくとは思えないけど」

「ほう。それほど、欲望には限りがないということか?」

「欲望……もしモノの入手だけじゃなく、何かあることを成し遂げたい、そんな気持ち全てにその名を付けたら、ね」

「これはえらく大きく出たな」


 むろん年上らしい相手は相手で、対して刹那肩を竦める程度の軽い反応しか返してこなかったのだが。


「まるでかなり歯ごたえある人間論の中の一節だ」


 そんな一言、微かな笑みとともに零しつつ。



「……お喋り中、申し訳ないが」


 ――と、そうして他愛のない哲学的論議がさらに続くかと思われた、その時だった。


「もうマステラ様のお部屋に着く。しばし静かにしてもらおう」

「!」

「あ……」


 唐突にそれまで無言で道を先導していた人影が立ち止まってこちら振り向き、加えていかにも重々しげな口調でそう告げてくる。すなわち彼――馬の頭をした、上半身裸の筋肉隆々たる巨漢――は二人が門内へ入った時牛の頭持った門番より呼ばれて現れた案内人であり、はたして娘がそこで領主マステラの名を出すや、依頼通りこの建物へと連れてきたのだ。


「あの扉の向こうだ。失礼のないようにな」


 特にこれまでの言動から類推するに、そのいかつい見た目にも関わらずなかなか職務熱心な性格のようでもあり。


「ご、ごめんなさい。もちろん気をつけるわ」


 それゆえ途端その生真面目な言葉は、正対する娘の姿勢ピリッと正させている……。


「だが、なせだ?」

「ム?」

「なぜ領主はこんな簡単に俺たちと会ってくれるんだ?」


 もっともその直後、隣にいる黒衣の青年が相手の指した廊下の突き当たり、数エメル(メートル)先の黒扉見つつ発したいかにも怪訝そうな問いは、そんな分かりやすい反応とは余りに対照的なものだったのだが。


「マステラ様がお会いになる理由、か」


 すると対して、一瞬だけ間を置く馬頭。刹那そのギョロリとした双眸にどこか相手を、二人の異邦人を値踏みするような光が宿っていたように見えたのは、あるいは単なる気のせいだったか。

 ――むろんだとしてもそんな眼光は、知らず訪問者たちを身構えさせて。


「……ああ。こんな急に現れた見ず知らずの旅人と」

「だが、それは他でもない」


 いずれにせよそうして僅かばかり、薄闇支配する廊下に冷ややかな静寂が流れると、


「お前たちに、その資格があるからだ」


 むくつけき案内人はそんな単刀直入かつ謎めいた一言、あっさりと返してきたのだった。

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