4.
――そして、何やかやで広大な沼へ足を踏み入れてから、丁度一刻(三時間)程は経った頃。
陽の光も生命の存在もまるでないことがかえって重くのしかかるような疲労感、皆へ平等に与えていた中。
じわりじわり、と。
「あ!」
「何、ここ……」
一同は予想外にも、小さな島の上、靄の中傲然と聳える巨大で不気味な館をしかとその眼前にしていたのであった。
すなわちそれは、黒を基調とした左右対称のファサードが特徴的な、二階建ての建物であり。灯り一つ点いておらず、外からは人のいる気配微塵も感じられない。
ましてや、こんな辺境には余りに場違いの。
「あっ」
「おっと、落ち着けって」
従ってその薄気味悪い威容一目見た途端、馬たちがはっきりと怯えの色示し出したのも、至極当然のことでしかない。中にはすぐさま退散しようと仕掛ける者もいて、皆は慌ててそんな近くの街で購入した愛馬、なだめようと必死にならざるを得なかったのだから。
たまらず、彼らが脇目も振らず逃げ出してしまわないように。
何より、折角ここまで骨を折って来たにも関わらず。
「きゃあ、どうしよう!」
「アリソン、手綱を離すな!」
「ひええ、止まらないよ!」
「おい、ティコ、まずはお前が落ち着け!」
ただし一行の内約二名は、暴れる相棒にかなり手こずっていたものの。余りに御し難い、と……。
「うん、こりゃ間違いない。ここが、件の館だ」
だが、かえってそうした異様な様相がもたらしたのだろう。
そう、自らも何とか荒々しく動き出した黒馬を落ち着かせようと努めつつ、それでも油断なく館の方へ鋭い視線送ると、
いつしか辺りの暗さも、何かの暗示のようにさらにその強さを増してきた中。
「ちょっと、大人しくしてよ!」
「何でこんなに!」
むろん何とか制御しようといまだ激しく格闘する二人の声音、耳にしつつ。
しかし心はどこか、遠くの方へと離れて。
「……そして、ロランのいる」
――リロイの口からは意を決して、まるで一つの余りに確実な真理の如く、そんな呟きが零れていたのである。
◇
「よし、終わったぞ」
かくて、それから時にして、十数分後。
ガルフが館近くに生えていた木に他のものと同様、手際よくティコの馬つないでやったことによって、ようやく次の行動へと移るための作業は全て終わりを告げた。つまり、やっと愛馬たちも平常通り、それなりの落ち着き取り戻していたのだ。むろん、いまだその様子窺うに多少の怯えは垣間見られたとはいえ。
「みんな、大人しくここで待っていろよ」
すなわち一頭の首の辺り撫でながら、今やガルフはそう優しく獣たちへ声を掛けていて。
とりあえず、今はゆっくり休んでくれと。
もちろん帰りの道を、無事確保するためにも――。
「ガルフ、ご苦労。――さて、では行くか」
そしてリロイ。人狼が中心となって馬を繋いでいく光景見ていた彼は、それが無事終わったこと認めるやすぐさま後ろ、件の館の方振り返り。
「あの館の中へ」
次いでまなじり強く決して、いよいよそんな勇ましい一言、吐いていたのだった。
「い、行きますか、ついに」
「当然だ。こんな所で突っ立っていても意味がない」
「何だか雨も降りそうだしね」
むろんそれにはティコを除いて、皆が大きく頷くことで肯定示している。特にアリソンなどは、目的達成まであと少しと実にやる気満々な雰囲気だ。そう、何よりこれで長きに渡る家臣探しは終わろうとしていたのだから。まさに伝説の機械仕掛けの巨人復活へと、繋がっていく。もちろん魔女たちにも対抗し得る。
我が曾祖父、リロイ・シュバルツシルトが一から創り上げた。
もはや神話の、深い霧の中の存在。
そして万能にして、最強と謳われる巨人――。
「でも、鍵開いているかな?」
「さあな。でも掛けられていたら、ガルフの馬鹿力で何とかしよう」
「おい、人使いが荒いぞ!」
そうしていずれにせよ、ようやくにしてそんなアリソン含め、特に三人の主従はやいのやいのやり合いつつ館の厳めしい黒扉に近づいて行ったのだが。今のところ、さほどの警戒心見せず。
「ん、今のは?」
……しかし、そんな時だった。
「え、コールさん、どうかしたんですか?」
「いや」
隣にいたティコが目敏く気づいたように、ふいに何かを感じたかその刹那コールだけがさっと建物の上の方へ、その黒い瞳鋭く差し向けると、
「誰かに見られている……?」
彼の口からは、そんな訝しげな呟きさえ、知らず小さく零れていたのである。




