3.
視界一面に広がる、広大にして暗澹たる景色――。
しかもそこは全体が得体の知れない靄に覆われていて、足元は僅かばかりの固い地面を除けば、ほとんどが恐ろしくぬかるんだ湿地。またガマやらアシやらがやたらと群生し、遥か見渡せば所々小さい林もあるにはあったが、しかしその木々は例外なく奇妙なまでに曲がりくねり、まるでどこか異界から来た別種の生物の群れのようにさえ思われたのだ。
むろんそれ見た者に、知らず怖気覚えさせて。
「ん?」
すなわちここは、黒ずんだ水とむせるが如き瘴気我が物顔で存在する、間違いなく大陸でも屈指の広さ誇る大沼沢地。
ボイトの沼。
そう、そして何よりリロイの持つ追尾の鏡に、三番目に映し出されていた……。
加えて言えば、ただでさえいつも陰鬱だというのに今はさらにどんよりとした黒雲に空一面が覆われた状態で。
「えらく暗いな」
「降りそうだぞ」
「それに、すごく静か……」
従って静寂とすえたような空気が辺りを支配する中、六頭の馬それぞれに跨った魔道士たちはいざ目的地へ向かわんと、――むろん周囲の底なき沼に落ちないよう細心の注意払いつつも――その手に持つ手綱をぎゅっと握り締めたのだった。
◇
「吸血鬼?」
ちなみに焦眉の最後の家臣、ロランに関しては、リロイの方からアリソンたちへすでに説明が加えられている。つまりはローグ山でファムが食屍鬼であること明かした際の曾孫のヒステリーめいたリアクションは、さすがの彼をしてももう金輪際見たくなかったようで。
「ああ。しかも超一流の魔術の力持った。だから仲間に加えるとこれほど心強い奴もいない」
「そしてその彼がいれば、ついに巨人を復活させることできるのね?」
「……まあな」
ゆえに事前に詳細語っておくことで、それをなるべく抑えようとしたのだ。
まあ、ファムの一件で耐性得たというかリロイがどんなタイプの連中を家来にするか充分理解していた少女は、もはや対してさほどの驚き見せなかったのだが……。
「それにしても、どうやって吸血鬼を家臣にしたんだか」
もちろんそんな呆れたような一言、しっかり放っていたとはいえ。
いくら曾祖父が相当な変わり者だと分かってはいても。
そう、いずれにせよこれで何を目的にテマ・イクティオン中部にある巨大な沼へ行くのか、一行全体でしかと共有されたのは確かな事実だった訳であり、
「じゃあ、すぐにロランを迎えに行こう!」
「はい!」
「おう!」
はたして火竜の山ローグ下山後、疲れも見せずアリソンはそんな勇ましい掛け声、新しく旅の伴に迎えたファムをも含め皆へ掛けていたのである。
◇
「ガルフ」
と、そんな鬱陶しい靄を切り裂いて慎重に一行がしばし進んでいた、その時だった。
「え?」
栗毛の馬を駆る人狼へ、背後から掛かってくる声があった。
「何だ、ファムか」
「うん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「へ、俺に?」
むろん途端ガルフは馬の脚止めず器用に後ろ振り返り、そこに同僚たる食屍鬼認めている。もちろん、彼もしっかりと騎乗した姿だ。それも今は頭に鍔広の杏色羽根つき帽子被り、葦毛の美しい馬と実に良く似合った。
まさに、馬上の貴公子とでも言うような。
「……相変わらず絵になる奴だな」
ゆえに、ガルフは一瞬眩しげに目を細めてしまったのだが。
「え?」
「いや、何でもない。それより、何が聞きたいんだ?」
「ああ、それは」
……もっともすぐさまそれは引っこめられ、彼は照れ隠しにそんな問い発している。
「他でもない、彼女のことさ」
もちろん一方のファムはファムで、そんな相手の様子まるで気にもせず。すなわちそんな些細なことより、余程そっちの方が聞きたかったとばかりに。
「彼女って、アリソンのことか?」
「うん、そうさ。リロイ様をロクスム・ハラから連れ出すこと成功した、何よりメルティナ様の曾孫らしいけど。それで、どう思う?」
何より、その面にどこか面白がるような色、現わして。
「どう思うって、どういうことだよそれは」
当然の如く、対する人狼はその問いに思わず目をパチクリしていたとはいえ。
「あれ、ひょっとして分かってないのかな?」
「だから何が」
「つまり、彼女がリロイ様とも良く似ているってことに」
いや、そしてさらに続けてファムが意味深にそんな一言告げてくると、狼男はもはや逆に一切訳が分からないといった感じになっていた程で。
「リロイと似ているだって? まさか」
ファムをして知らず呆れた顔、現わさせつつ。
「本当、鈍感だなあ。――結構はっきり分かると思うんだけど。例えば仕草とか、後性格とか」
「!」
――しかし次の瞬間食屍鬼がいかにももっともらしく頷きながらそう言い放つと、たちまちその表情は驚愕に満ちたものとなり、
「ええ! マジか!」
何より辺りの静寂破って、遠慮なく叫び声上げていたのだった。
「な、何です、急に?」
もちろんすかさず、すぐ前を行くティコに急ぎ振り返らせていたものの。
「あ、何でもないよ!」
つまりはそれくらい、ファムの語った話は余りに人狼の度肝抜くものであり、
何と言っても、確かにメルティナと外見は生々しいくらいそっくりだが、そこにまさかリロイの要素も加わっているとは。
余りにも、意外過ぎる――。
「そうか、いや、でも俺には全然分からない……」
ゆえに当然ながら、当惑した風はいまだ残っていて。
前方、アリソンたちの眼、何となく気にしながら。
放心したようなそんな一言も、そっと洩らし。
「リロイ様はどう思っているんだろう?」
「直接聞いてみるか?」
「いや、それはちょっとやめた方が……」
そうして彼ら、リロイ自慢の二人の家臣は、何とか平静な様子装いながらまるでそれが聞いてはならない禁断の秘密――実際はそうではなかったかもしれないが――であるかの如く深刻な面持ちとなると、再び訪れた静謐の中互いにしかと目を合わせ、
「下手に言うと、怒られそうだから」
加えて何か重大なことを共有するかのように、刹那無言で頷き合っていたのだった。




