9.
「! ……何か言いたいことがあるのか?」
当然ながらその一言は、ガルトーダをしてたちまち視線鋭くさせるに充分なものだった。すなわち彼はそんな不躾な男を、まるで行く手阻む邪魔な障害物相手にするように訝しげに見たのだから。
「ああ、ファムの件に関して、な」
しかもその当の魔道士がいかにも意味深にそんなこと言ってきたとなれば。結局全然説き伏せられていなかったとばかりに。
「……そのことは、もう決着がついたはずだが」
「確かに、二人が許嫁であることは認める。両者がそれで納得していることも。……だがそれでも、こちらとしては決して譲れないある事情があるのでね」
「? どういうことだ」
むろんだがそうなると、この老人といえども再度臨戦態勢へ入らざるを得ない。要はそれくらい、リロイの纏う雰囲気には今や不可思議な迫力さえあったのだ。
もちろん自らの持つものとは、また別種のカテゴリーの。
「お主は一体、何を」
それゆえ途端あからさまに、その声には探るような響きも籠もっていて。
先程までとは、完全に打って変わった。
そう、あるいはこれもリロイの巡らした策だったか、こうして再び開始されたのは、食屍鬼ファムを巡る怪しげかつ危険な駆け引き……。
「――つまり、その許嫁どうこう以前に、ファムは俺に家来として仕える義務がある、ということなのさ」
そして、そのためだろう。リロイが僅かの間を置いて、次いで満を持したようにそうした言葉、重々しくもはっきり告げると、
「家来、だと?」
「! リロイ様……」
それはたちまち、そうガルトーダだけでなくファムにも、強烈な衝撃疑いなく与えていたはずなのである。
リロイは訝しさと驚き混じり合った表情浮かべた老人を見やると、静かに一つ頷いてみせた。
「その通り。ファムが俺の家臣になったのは、間違いなく彼がアミカと出会う遥か前のことだからな」
「……それがどうした」
「分からないか? つまり契約とは、前後関係をやたら重視するもの。すなわちどっちが先で、どっちが後なのかを。特に魔道士の世界ではこれが決定的な概念なんだ。例えば精霊との契約の際、いくらそれを望んでも先に結んでいた何者かがいれば、絶対に不可能なような。……要は先に取り結んでいた方が、常に優先権を持つということ。それが破棄されていない限り」
そして続けて語られた、自らの新たな主張。一見詭弁とも取れるそれを、むろん彼は滔々と弁士のようにまくし立てていったのである。
「許嫁よりも、主従関係の方を重視する、ということか?」
その勢いに押されたか、ガルトーダに茫然としたような声、零させて。
「お、さすが理解が速いな。そういうこと。つまりファムの場合においても、俺との関係がまず優先されることになるわけで」
「だとしたら、お主は何を望むのだ? ……まさか、アミカとの結婚を諦めろとでも?」
むろん他でもない魔道士がこの先何を言うのか、大体読めてきたらしい以上。
いつしか以前の余裕も、次第にその影を潜めていき。
「まあ、場合によっては、な。要はそれくらい、今の俺たちはそいつの力を必要としているんだから」
「主君が、契約の力によって配下へ強制的に婚姻を禁じる、という訳か――」
「ちょっと言い方があれだが、とにかくそういうことだな」
何より、一瞬口許に笑みまで浮かべた、不敵な男の顔を睨みつけながら。
その目線はまさしく、にわかに烈しく燃え出した憎悪の炎というやつで――。
「そうか。そんなにこの者を我が元から連れ出したいか」
かくてふいに訪れた一拍の間の後――刹那ガルトーダの声音は今までになく険しく、そして重々しいものとなり。
「!」
はたして傍からそれ呆然と見ていたアリソンたちですら、すぐ何かを察すること出来たくらい。
そして、まさに場が緊迫の極みを迎えた、次の瞬間――。
周囲では皆固唾を飲んで、事の成り行き見守っていた中。
「いいだろう」
「ん?」
「ファムを連れて行くというならば、……お前が力尽くで奪いに来るがよい!」
……彼の声は、加えてその体躯が落とす影は突如洞窟中を覆い尽くすまでに、余りにも巨大なものへと化していったのだった。




