8.
そして、その後老人の口から語られた内容、それは実に驚くべきものだった。
すなわち、かつて(それが何年前かまでは明かさなかったが)山道を一人で散策中迷い込んだ狼たちに襲われ怪我を負ったアミカ、逃げることもままならなくなっていた彼女をふいに現れたファムが華麗に助け出してくれ、それからこの二人のただならぬ関係は始まったというのだから。つまりは、まさしく姫を救出しに来た白馬の騎士の物語の如く。こんな険しい山の中だというのに。
「ふふ、信じられぬようだな。だがこれは厳然たる事実、何よりファムもアミカも心から納得している」
「でも、何で? ていうか、年齢的に全然釣り合わない気もするけど」
「今の見た目ではそうかもしれんが、しかし年を取らぬファムに対し、アミカはすぐ年頃の娘となる。何も問題はあるまい」
「しかし許嫁とは、大袈裟だな……」
むろんだがそれ耳にするとアリソンのみならずたまらずリロイの口からも、そんな呟き溢れ出ている。全く理解できないとばかりに。
「だが、そうでもしないといずれファムがここを離れてしまうように思われた以上、仕方あるまい。そう、ゆえにアミカからその一件を聴き、ファムを大いに気に入った儂はすかさず娘を嫁に取らんかとその場で持ち掛けたのだ」
「! いきなりだなあ。じゃあ、その提案にファムさんは……」
「もちろん受けたよ。何より、アミカ様もそのことを希望していたゆえ」
……一方完全な当事者たる食屍鬼は、そんな旧主君たち尻目にあくまで淡々とそのことへ応じていたとはいえ。そう、それは諦めなのか納得なのか傍からは皆目判別できなかったものの、とにかく嫌に静かな態度というやつには違いなく。
傍らに座るアミカから、じっとその横顔、窺われつつ。
はたしてそれに気づいていたかどうかは、ともかくとして。
「ファム。では、お前も本気ということなんだな?」
いずれにせよそれゆえ刹那その第二の家臣見つめ、魔道士が自らも声を落として真摯な風でそう尋ねてくると、
「本気……はい、もちろん」
「その娘の傍に、これからもずっといるつもりだと」
「許嫁となったからには」
ファムはファムで彼の石板色の瞳しかと見返し、何より決意示すようにゆっくりと頷いていたのだった。
「え……」
途端アリソンに困惑の声、零させながら。
かくていつしか外の陽も落ち出し、洞窟の中にも真の暗闇が領域広げようと無遠慮に侵入してきた中。
「さあ、分かったであろう? いかにこの二人の絆が強いものなのかが」
その闇に身を任せるように、ふいに声音落としてガルトーダが口を開いた。それはまさに最後通告にも似た、有無を言わせぬ響きというやつだった。
「……そうか、ファムもそんな感じなのか」
「はい。何とも申し訳ないですが」
「いや、さすがに許嫁って言われるとな」
何より場には、宴の最中とは思われぬ何とも形容し難き空気が流れていたのだ。それは落胆か、あるいはいまだ諦めきれぬ執念か、いずれにしてもガルフですらおのずと肉を食べる手を止めざるを得なかったような。
「そうか」
しかもかてて加えて、まずもってファムを連れて行く資格持つはずのリロイ自身が、何となく諦めにも似たモードだったのだから。
「リロイ……」
「リロイ様」
……畢竟、そうしてアリソンたちがここへ来た目的も、哀れこれで完全に無駄になってしまったかの如く。
「フム、分かってくれたようだな。……恐らくファムを地上へ連れ戻そうとやって来たのだろうが、それが叶えられずまこと申し訳ない、許してくれ。だから今宵はゆっくり食べて寝て、明日また発つが良い」
それゆえその様見たガルトーダがかえって俄然意気高く旅人たちへ労いの言葉、掛けてきたのも当然のことと言えよう。それも自らの勝利完全に確信したか、いかにも余裕ありげな感じで。
所詮人間どもなど、この程度で軽くあしらえる、と。
そのルビーにも似た紅い瞳は、妖しく輝かせたまま。
「ファム、客人たちに寝床を用意してやれ」
「あ、はい」
「なかなか寝心地の良い設えだぞ、ファムが作ったのは」
まさに強引な一件落着、とばかりに――。
「では、ご用意を」
かくして食屍鬼がスッと立ち上がり、これでもう話も決着、ゆえにこの宴も終わりと老人が嫌に鷹揚にそんなことのたまった、
もちろん、対して何の反論もなく、というか許されず。
「ゆえに旅の疲れなど、すぐ――」
従って確かにこの旅も、結局無為なままに結末迎えてしまうのかと思われた、
まこと、容赦なく。
――しかし、まさにその時だった。
「待ちな。まだ俺の話は終わっていないぜ」
突如としてそれまで諦め顔だったリロイが、しかしその面を強気なものへと変え、しかもガルトーダしかと見つめのたまってきたのである。




