6.
それはまさしく、まごうかたなき天然の洞窟というやつだった。すなわち奥行き、間口ともにかなり大きなものがある、実にスペースだけならかなり余裕持った感じの構えで。
「ここが……」
つまりは逆に言えば、それ以外の設え――卓や椅子、ベッド等の全く見当たらない、相当シンプルな見た目としか表現するしかない、まさに風雨しのげればそれで良しとするやたらガランとした内部でもあり、
「わあ、広いなあ」
「ああ、馬鹿みたいに」
「……馬鹿みたい、は余計だよ」
そう、ゆえにアミカたちの案内のもとその中へ入った刹那、ティコとガルフの口からは思わずそんな呆れ混じりの感想、洩れざるを得なかったのだ。
「これでも結構、過ごしやすいんだから」
……対するファムにたまらず抗議の声、上げさせつつ。
「フム、確かに一見したところ何もないが。しかしあの草の山は寝床だな。それに一応あっちには竈もある。後、食料保存庫らしき場所も。……なるほど、意外と設備は整っているようだぞ」
「さすがはリロイ様、見る眼がある! まあ、でもほとんどが僕の作ったものだけど」
「相変わらず器用だな」
一方主君たるリロイはそんなことに関係なく、素直に賞賛の念抱いた模様である。要は彼をしてそうさせたくらい、この岩屋の中はそれなりに整理整頓もされていたのだから。むろん目立つようなゴミも、周囲見渡したところでまったく見当たらず。ここを整備した者の、その相当な綺麗好きを証明するかのように。
「やっぱり長く生活する場所は、出来るだけ美しく保たないとね」
特に自慢の余り発された、その力強い声音を耳にすれば。
住人以外の五人が思い思いに、洞穴の中を窺っていた中――。
「……て、いうか」
そして何よりその隠しようのない清潔感は、またそれまで傍で静かにしていたアリソンにもたちまち、驚きのようなもの与えていたようで。
「信じられない。本当にあなた、食屍鬼なの?」
――当然の如くその爽やかな面見つめる瞳には、いつしか嫌悪よりも感嘆の輝きの方が、より色濃く映し出されていたのだった。
◇
「ハハ、そうか。確かに食屍鬼のイメージは悪いよね」
かくてようやくにしてお互いの自己紹介も終わり、一同が洞窟住居の床に座し落ち着いて話を始めるかという態勢になった頃。
「君が僕と会うのを嫌がっていたのも、もっともだ」
まずアリソンと向かい合って、ファムがその口火を切っていた。
「いえ、そんな……」
「大丈夫。女性に限らず、屍を食す者への嫌悪は多くの人が抱く普遍的感情だから。……もっとも僕は、もう100年以上その屍食をしていないんだけど」
「え、そうなの?」
もちろんそう話を向けられた少女の方は何となく気まずい感じだったものの、だが次いで語られた内容には途端驚き隠せないでいる。つまりはリロイが先程ファムへアリソンが食屍鬼毛嫌いしていること無粋にもはっきりと告げたため、当の相手はその感じ払拭しようとしていたらしいのだが、しかし話は突然意外な方向へ転がって行ったのだ。
「何だお前、じゃあ今まで何食って暮らしていたんだ?」
そう、たちまちそのリロイまでもが分かりやすく驚愕示したように。
「野菜だよ」
「へ?」
「僕は、完全なる菜食主義者になったんだ」
しかもファムが続けてさらに予想外な言葉放ってきた以上、それはますます甚だしく。はたして今度は一同が、我知らずその耳を疑ってしまったような。
「でも、何で……?」
「そんなの理由は簡単さ。戦う意味がなくなったから」
「戦う、意味?」
「ああ、リロイ様が魔女たちに敗れた後」
そうして彼はふと、その声音重々しいものにすると、
ある種の告白の如く。
その美しい瞳にも諦念の如き輝き、宿し。
「いや、むしろ生きる意味すら失ったと言うべきか」
――いまだ洞窟の外では眩しい光が氾濫している中。
次いでこれまでの長きに渡る顛末、そのさわりとでもいう話、静かに告げてきて。
「そうか、食屍鬼は屍を食べることによって、魔力を……」
「そう。だから別にそれを絶対食さなければならない訳じゃない。その代わり、多くの力は失うけど」
「じゃあ、今のファムさんは?」
かくてファムの口から語られた、100年間に渡る物語。それは余りにも諦めと、そして哀しみに満ちたものなのだった。
「うん。魔法の力に関しては、ほとんどない。そういう意味では、ガルフと一緒さ」
つまり彼は、リロイが五人の弟子――ソーサリスの裏切りにあって敗れた後、絶望の余りもはや戦う気も失せ、それ以来自らの本分たる屍食いまで断ってしまったようで。
「なるほど。かつてのお前は丁度ロランとガルフの良いとこ取り、魔法も腕力も一流だったが、それも完全に昔の話ってわけか」
「その通りです。何だか、全てが嫌になっちゃって。だから今さら僕をあなたの家臣に呼び戻したところで――」
「いや、それとこれとは話が別だが」
もっともだからと言って、そんな彼を見離す魔道士ではなかったが。……もちろん可愛い(?)曾孫たるアリソンの願いを叶えるためにも。
「とにかく、今の俺たちには三人の力が必要なんだから」
そう、取り分けそこに力籠めのたまったように。
「……そうですか。ではやはりリロイ様たちは僕を連れ戻しに」
「もちろんだ。そのためにこんな山奥まで来た」
「なるほど。ではかしこまりました、――と言いたいところなんですが」
「? どうした、駄目な理由があるのか?」
ゆえにリロイとしてはもうこの食屍鬼を再び仲間に加えたも同然と思っていたようだが、しかしそこでふと、なぜかファムはやおら深刻な調子になって返してきたのである。
「ええ、実に大きな、動かし難い」
しかも途端その憂いに満ちた瞳で、自分のすぐ隣にピタッと座っていたアミカのこと、見つめて。
「! その子、そういや誰なんだ?」
むろんそれ見たガルフがすぐさま先程からずっと気になっていた疑問、改めて問うたのは言うまでもない。同様の思いだった他の四人、その代表としても。
「アミカ様は、だから僕もお世話になっているガルトーダ様のご息女で、つまりはこの山に棲んでいるんだよ」
「ガルトーダ、様……。じゃあその人は、狩人か何かってことか? こんな所で生活している以上」
「狩人――まあ、狩りを生業としているという意味では、そういうことになるか」
「? よく分かんねえな」
ただしそれに対する答えは、どうにも要領得ない内容でしかなかったものの。特にそのガルトーダなる、謎めいた人物に関しては。
「ハハ、じゃあ、詳しく話すけど」
ゆえにむしろ怪訝さ増した表情となった人狼、いや皆に対してファムはにっこり微笑み、ようやく事の真相、明かそうとしたのだが。
相変わらず、涼やかに。
「そう。つまり、あの方は――」
「ファム、アミカ。誰か客がいるのか?」
「あ!」
「!」
――しかしその時、洞窟の奥、まだ五人が足踏みこんでいない暗い場所の方からふいに威厳ある男の声が響いてきて、その言葉はたちまち有無を言わさず中断されることとなったのだった。




