4.
そして、その後は特に何かが起こることもなく、時にして一時間程経った頃――。
「わあ、景色が全然違う!」
空気が薄くなってきたこともあり息乱しつつティコが思わずそう感想洩らしたように、辺りの光景は一変していた。
すなわち長く続いた森の中の道を抜け、突如として眼前に開けたのは、
「本当、まるで違う世界ね……」
赤茶けた斜面の上にゴツゴツとした大小様々な岩石が幾つも並ぶ、実に荒涼とした世界だったのだから。それも、まばらに生える灌木類を除けば、緑色の全く見受けられない。それゆえそんな青空の下一見荒れ果てた山肌は、途端一行を少なからず怯ませもして、
「やばいな……」
「え?」
「これだと、竜に襲いかかられたらほとんど隠れる場所がないぞ」
特にリロイなどは、そうしたいかにも懸念する声、発している。
つまりはそれくらい、辺りを包む雰囲気は突然剣呑なもの増してきた訳であり。
……何より先程見かけた竜、その存在が余りに強く皆の念頭にあった以上。
「確かに。俺たちにとっては相当不利な地形だな」
従ってコールがそう呟いたように一行は一旦、周囲の様子窺おうとその場で立ち止まったのだった。
むろんただひたすら殺伐たる空気漂わせ、そして動物はおろか植物の類さえほぼいないと思わせる、余りに下界とは隔絶した領域のただ中で。天から射すギラギラした陽光遮るものなど、何一つない。まるで神から見放された地の如く。
「でも、本当にこんな所に、ファムがいるのかな? 何もないよ」
……もっともそうやってせっかく辺り見回してみても、所詮窺えるのはどこまでも広がっている、似たような景色ばかり。当然そんな作業など僅か十数秒で早くも終わりを告げ、従ってアリソンが最後にいかにも訝しげにそう零していたのは、言うまでもなかったのだが。
「まあ、この周辺はまず違うだろうな。やはりあいつがいるとすれば、それはもっと上、洞穴のある辺り」
「ほとんど頂上付近、湖のある所って、言っていましたよね?」
「そうだ。どうやらそれは昔ここが荒ぶる火山だった頃の跡らしいが」
そう、そして次には他でもないリロイまでもが早くも見切りつけ、そうのたまっていたのを見れば明らかだったように。それ程このエリアには、ほとんど見るべきものがなく。
「はあ、洞穴か……」
ゆえにアリソンが深々と溜息吐いていたのも、状況考えれば至極当たり前の光景……。
「……しょうがねえ、じゃあもっと上を目指すとするか。やれやれ、やっと牢屋から出られたっていうのに、いきなりの重労働だぜ」
それゆえその言に従い、やけに億劫そうに零しつつ、それでもガルフがまずは出発しようとしたのは当然のことなのだった。
「しかし何でファムの奴、そんな所に」
なるほど言うまでもなくかなり重たげだったとはいえ、はたして彼の足が一応一歩、前へ踏み出ていたのを見れば。
とにかく、目的地には達しようと。
それがアリソンたちの望みである以上。
むろんでは自分含む家臣三人集めて、それで何をしようとしているのかはまるで知らなかったものの。まあ、とりあえず他の二人と再会するまでは、さほど知る必要もないと思っていたこともあり。
「あ、ガルフさん、行きますか?」
「ああ、こんな所じゃ、体力回復も満足に出来――」
そうしていずれにせよ、ようやく苦労に満ちた山登りが再開するかと思われた、
残された力、何とか振り絞り。
「! ガルフ、待て!」
――だが、まさにその時。
「わ! 何だよ!」
「今、そこに何かがいた!」
……突如としてコールの鋭い声が辺りの静かな空気、切り裂くように響いてきて、そんな彼をたちまち制止していたのである。
「え? 何?」
「まさか、竜?」
「何があった!」
当然ながらその言葉は、ガルフのみならず他の三人にも甚だしい反応示させる。すなわち彼らもすぐさま、コールが見つめる方向、バッと振り向いていたのだ。
「あの岩の向こうだ!」
……同時に青年がそう告げた、周囲にあるものよりも一回り以上大きくなった、朱色の巨岩の方を。そう、それは確かに、何かが隠れるには十二分以上の余裕があったように思われ。
「動物か?」
「いや、そこまでは確認できなかった」
「でも、やっぱりキツネか何かじゃない?」
「……ここって、そもそもそういう動物いるんですか?」
よって途端その何物かの正体を巡って、一同の即席会議が急ぎ開始されたのも必然。むろん現状では、それに対する明確な答えなどあるはずなかったとはいえ。
いずれにしても、突然の緊急事態というやつには、違いなく。
「いや、そんな話は聞いていない。特に上の方には、鳥も含め何も獣の類はいないそうだ。……もちろん竜を除いて」
何より、リロイの表情がいつしか厳しいものへと一変していた以上。
「じゃ、じゃあ」
「いや、だから竜のはずはない。あの岩の陰に隠れたとしたら」
「とにかく、何がいるか確かめてみるか?」
それゆえ皆は安全確保の意味もこめ、ガルフの提案通り岩の方へこちらから近づいていくか、しばし思案巡らせたようだった。もちろん危険かもしれないが、とにかく先程コールが見掛けたのが、一体何だったのかと。
「だが何となくだが、あれは人の姿をしていたような……」
「え、本当?」
しかもその青年が、次にはそんな重要なこと、告げてきたからには。
「いや、一瞬のことだったので、確証はないんだが」
……最後にそう、控え目に付け加えつつも。
人影一つない、険しい山の中。
はたしてそんな逡巡を彩るように、じりじり照りつける陽光の下、奇妙とも思える静かな間がしばし訪れ、
それはまるで、五人含め辺り一帯が、昼下がりの蜃気楼と化してしまったかのような。
まさしく、束の間の夢幻の如く――。
「あ、待って、誰か出てきたよ!」
そう、ゆえにまさに次の刹那、アリソンが静寂破って突然そんな思いがけない叫び声、上げると、
「え? あ、本当だ!」
「誰だ?」
「……ていうか、あれは」
それはたちまちにして、大いなる混乱にも似た喧騒、一気に招き寄せることとなったのであった。




