2.
ローグ山。それはテマ・イクティオン北部、霧の谷があるヘルギ山地からはやや離れた地に位置する、かつては恐るべき火山として知られた丈高い山。すなわち紛れもなく北に隣接するテマ・パンドーラとの天然の要害を構成する高山が一つであり、古えより交通の難所、というかほとんど誰も通らない人間お払い箱の場所として特に知られている。
要は加えて植生貧しく元々大した特産物も取れない、そもそもあえて行くほどの目的がまず浮かばない、とにかく険しいだけが取り柄の山。むろんそういった所へ嬉々として、かつ危険冒してまで登山しに行く物好きたちなど、いまだこの時代にはほとんどいるはずもなく。
……従ってガルフ回復後三日前の夜の内に密かに霧の谷出発、中継地の村を二つ経てから昨夜麓にある小さな町へふらりと現れたリロイ一行が、しかしあろうことかそのローグへ翌日登る意志あることを知ると、住民たちは皆揃って怪訝な表情示したほどなのだった。
「あんたら、本気か? 絶対やめた方がいいぞ!」
その分かりやすい一例とすれば、一行が宿と定めた店の一階、食堂で客の対応していた人の好さそうな主人が、それ聞きつけた途端はっきりと表情曇らせていたように。
「何だ、そんなに危険なのか、あの山?」
「危険、まあ確かにそうだが、しかしただ険しいだけじゃなく、また違う意味でも、な」
「? 何よそれ。まさか山賊でも出るとか?」
むろんその言葉は、アリソンをして眉ひそめさせる。要はそれくらい、あそこは絶対行かなければならない場所――つまりは追尾の鏡に二番目に示された目的地――だったのだから。ゆえに主人へ問うた声にたちまち鋭いものが含まれていたとしても、それは決して不可思議なことではないのだった。
「山賊だって? いや、そんな生半可なものじゃない!」
もっとも50がらみの相手は、そんな少女さらに脅かすように、対して実に大袈裟に声量ますます大きくしてきたのだが。
「いいか、あの山には竜が棲んでいるんだぞ!」
「え、竜?!」
「ああ、それも全てを焼き尽くす、深紅の巨大な竜が!」
しかもその瞳に、いつしか紛れもない恐怖の色、まざまざと映し出して。そう、それはまさしく口に出すのも憚られる、アリソン、いや他のメンバー含め皆たまげさせるにふさわしい、おののきに満ちた様相そのもの、というやつで――。
◇
「でもここには竜以外に、ファムっていう、リロイの二人目の家臣もいるんでしょ?」
かくて次第次第に傾斜きつくなり、かつ足場も無視できない程悪くなってきた山道の中、アリソンは確認するように先頭を行く魔道士へそんな声を掛けていた。
「追尾の鏡がそれを示したんだから。そしてもちろんその人も、ガルフみたいに人外の者という訳ね」
「ん? まあ、そういう大きなくくりで言うなら、確かに同じだが」
「? 何よ、言いにくそうに。何か違う点があるの?」
もっとも対するリロイの答えは、なぜか柄にもなく妙にぎこちない。それも、余りことの詳細明らかにしたくなさそうな。よって少女がたちまち怪訝な表情浮かべたのは、わざわざ言うまでもないことなのだった。
「ちょっと、今さら隠し事はやめてよ。もうすぐそのファムに会わなければならないっていうのに」
続けてそう、語気強めつつ。つまりは彼女にとっても、件の第二の家臣の情報はなるたけ欲しかったはずであり。
「そうだな、確かに隠す必要は……」
「うん」
「だから、その、ファムは――」
ゆえにそれでも余程そのファムに何かあるということなのか、魔道士が何となく躊躇した素振り見せていた、その時。
「リロイ様、何もごもごしているんです? ファムさんが食屍鬼だって、早く言えばいいじゃないですか」
「!」
突然その間隙を縫ってティコがフライング気味にさっと、平気な顔で割りこんでくるや、
「グ、食屍鬼?!」
――アリソンは刹那、そちらの方、自分のすぐ後ろ慌てて振り返っていたのだった。
「……ほらな、やっぱり驚いた」
「そりゃそうよ、食屍鬼を家臣にするなんて!」
「人の死骸を主食とするという、あれか」
「あ、でもファムさんはとっても穏やかで、常識的な人ですよ。ガルフさんとは違って」
「どういう意味だ、そりゃ!」
むろん途端、皆がわいわい一斉にざわめき出した中。
はたしてそれくらい、食屍鬼という言葉の持つインパクトは、余りに高かったのだから。
本能的に、それがたとえどんなに経験積んだ戦士であっても、怖気覚えさせるに足る。
「何でそんな人を! 本当、リロイって訳分からない!」
……結局そのアリソンの嫌悪に満ちた言葉が、この話題のまとめめいたものとなっていたように。




