1.
霧の街から一転、良く晴れた日の昼下がり、木漏れ日射す森の中の小径でのこと――。
「ふわあ……。畜生、まだ眠いぜ」
それはそんな中五人組の一番後ろを歩く若い男が、ふいにあくび混じりにのんびり上げた声だった。しかも、そのまま放っておくと地面へあっさり突っ伏してしまいそうな勢いで。
「……ガルフさん、もうお昼過ぎですよ? そろそろちゃんと目覚めてくれないと」
「そうよ、しかも麓の街であんなにご飯食べておいて。そもそも、あれがいけなかったんじゃない?」
ゆえにそれ見たティコとアリソンが、たちまち非難の眼差し向けていたのは言うまでもない。つまりはそれくらい、彼女たちが今向かっているのはしっかりと緊張感持って臨まなければならない、実に重要な場所だったのだから。
「しかし、あんたがあのメルティナ様の曾孫とはねえ……。いや、そう言われても、俺は約100年ぶりにちゃんと起き、ちゃんと太陽の下に出ているんだぞ。少しは気遣いってものを」
むろん対する白のジャケットに焦げ茶色の上衣、黒のズボン纏った男は、相変わらず特に少女へ向かってやたら呑気に応じていたものの。
そのどこか愛嬌あるクリっとした眼に、分かりやすく涙浮かべて。
今はしっかり散髪も髭剃りもしてあるとはいえ、元々なのかいまだボサボサ状態の赤髪。その下には黒く大きな瞳。加えて口は大きく、声も大きく、何より身体つきがガッチリと非常にたくましい。
――ガルフ。リロイの家臣の一人にして、絶大な膂力誇るという恐るべき人狼。
そして何より、霧の谷の牢獄に95年間、罪人として永く囚われていた見た目20代くらいの男は。
「……それにしては、やたら元気だな。もう山道を普通に歩けるとは」
「! 何だよ、文句あるのか?」
「いや、ちょっと常識では考えられないので。何せあんたはつい三日前まで、牢屋にいたんだから」
と、そうした所詮他愛のない言い争いは、しかしコールがスッと参加してきたことによって再び活性化する。もちろん紛れもなく、彼もアリソンたち同様呆れているような口ぶりだ。すなわち、どうしたらそんなことが可能なのかという。要はそれくらい、余りに人間離れした事象を見ていたがゆえ。
……まさしく人智を超えた存在の面目躍如、とばかりに。
「いや、95年間、牢屋の中とはいえぐうたら寝まくっていたんだ。むしろ体力は今有り余っているはずだぜ」
「おい、さすがにそれは言い過ぎだぞ!」
もっともただ一人リロイのみは、皮肉めいた一言でそれをあっさり片づけてしまったのだが。そう、まさに長年の付き合い、いや腐れ縁による惰性が生み出したものの如く――。
いずれにせよ、こうしてようやく一人目の家臣を仲間に加えること適った一行。だがなんやかんやでここへ来るまでにそれなりの出来事が幾つかあったのも、また確かな事実ではあった。すなわち、三日前の夜密かに会見した時、暗にガルフの解放を許可――彼自身の脱走という形を取るにしても――したサーナムスだったが、しかしそれにはまず、人狼に掛けられた眠りの魔法を解くという仕事があったのだ。
「! やはり、ガルフには魔法が」
「うむ。そうやって大人しくさせておかないと、あの人狼なら容易く牢を破ってしまうからな。致し方なかったのだ」
どこか言い訳がましく、しかし同時に確かにさもありなんと思える言葉、霧の谷の領主が告げたように。
つまりはその特殊な魔法、エルフ特製のまじないの粉使わなければ解除できないくらい、かなり強力なものだったらしく。
「よし、なら善は急げだ。早速あいつ叩き起こしに行くぞ!」
「うん!」
それゆえ他でもない旧友から壜に入ったそれ直接受け取ったリロイは、次にはアリソンたち促し、早くも監獄へ向かうため意気一気に強めていたのだった。
「待て!」
「! おっと、何だよ?」
「余り派手にはやるな。夜とはいえ民たちに勘づかれたら、厄介だ。とにかく隠密に、静かに牢屋へ向かうんだ」
……ただしそうして折角やる気満々、部屋から勢い出ようとした寸前、当のサーナムスは慎重にも、そんな大きな釘を刺してきたのだが。
要はあくまでこれは超法規的措置、決して大っぴらには出来ない事象である、と。
それくらい、犯罪の内容が内容だけに実にケースとしては微妙かつ、繊細な。
従って知恵高きサーナムスですら、その最終的決断下すのには相当、苦慮したとも思われる――。
「結局、サーナムスにも結構な苦労掛けたんだ。少しは反省しろよ」
かくしてあの夜の親友とのやり取りがまざまざと思い出されたのだろう、決してなだらかとは言えない山道再び歩き出しながら、そうふとガルフへ声を掛けたリロイだった。
「全部、お前を解放するために」
「……ああ、それは悪かった」
途端バツが悪そうな顔となった人狼に、そんな心からの言葉、小さかったとはいえはっきり告げさせて。もちろんおのずとそうさせたほどに、彼がかつて霧の谷にもたらした混乱は余りにも大きく、そして深刻過ぎるものだったのだから。
「そしてみんな、ありがとう。もちろん、もうあんなことしないよ」
――いくらリロイと離れ離れになった後、お尋ね者として食べるものにも困るくらい、路頭に迷う事態へ陥っていたとしても。




