19.
時刻は、既に終課(午後九時)を大分過ぎた頃――。
「ここが……」
「領主館なのか」
その時リロイたち一行の姿は銀の雫亭前を離れ、今や霧の谷の再上層、領主館の中にあった。すなわち魔道士以外の三人にとっては、まさに初めて足を踏み入れる場所であり、
「わあ、凄い豪華だなあ」
ティコなどは、別天地めいた豪勢な部屋の中辺りをしきりにキョロキョロ、そんな分かりやすくも感心した声洩らしている。
「……おい、サーナムスの話っていうのは、何なんだ?」
……もっとも、その当の一度訪問済みのリロイの方は、決して警戒する風、無くしはしなかったのだが。
「それは会えば分かります。もちろん決してあなたを害するようなことはない。だからそんなに気を張り詰めないでください」
「ふん、そう言われてリラックスできるほど、俺は呑気じゃないんでね」
「そうですか」
むろんいくら傍に立つハーマスが、そんななだめるような声、掛けてきても。
先程の一件が、余程まだ頭に残っているようで。
「あんなことをされたんじゃ、な」
――そう、いずれにせよリロイたちは戦いの後、この貴公子の案内のもと今まさにサーナムスの部屋へと通され、そしてその領主の到来を待っているところなのであった。
それも、どうやら彼からかなり重要な話があるらしく。
これからの旅路に、大きな影響与えるくらい。
ハーマス自身が、そう説明した……。
「まあ、もうお試しってやつは終わったらしいが」
つまり、全ては他でもないリロイが、トロルとの戦いでそれを聞くにふさわしいと認められた結果。何であんなことを、と彼はいまだ釈然としない思い大きいようだったが。
それなりに激しい戦いであった以上。
「あ!」
「ム!」
――そして、そうしたいかにも意味深な前触れあったがゆえだろう。
「来られたようですね」
その次の瞬間、ふいに部屋の重厚な扉をノックする音が聞こえてくると、
「サーナムス……」
一行は、そう、それはリロイも含めて、さすがに緊張の面持ち、露わとさせていたのだった。
◇
相変わらず、絹の豪勢な刺繍入りガウンはサファイアの如き美しい彩り放ち。
そして何より、目の前の四人を見つめるは、それと同色、いやそれよりも一層輝いて見える、青く鋭い瞳――。
かくしてハーマス退室後入れ替わるように会談用の卓囲む椅子の一つに座したサーナムス・フィンは、対面にリロイたち一行の姿認めるや、一つ納得したように大きく頷いてみせたのだった。
「うむ、なかなかの活躍だったようだな、リロイ」
加えて、心から労うようなそうした言葉、穏やかに乗せて。
それは旧知の友に掛ける、実に親しげな声音というやつで。
まさしく万感の思いがこもった。
「……ああ、そりゃどうも」
ゆえにそう言われたリロイの方も、相手非難する言葉一旦置いて、そんなむず痒いような答えで応じざるを得なかったのだった。
「何だ、部下に聞いたらさっきは不平満々だったようだが」
「! そんなの当たり前だろ、いきなり襲われたんだから」
「ハーマスも謝ったとは思うが、確かに旧友へ奇襲を掛けたりするのは全く褒められたことではないな。……その件に関しては、私からも深く謝罪させてもらおう」
もっともその正真正銘当事者たる霧の谷の領主がまるで自分から蒸し返すが如き一言零すと、さすがの彼も再沸騰しかけたのだが。
「だから、謝って済むなら――」
「おっと、だが悪いがそのことは一旦横へ置いてもらうよ。何せ、私は君に是非話したいことがあるのだから」
そう、はたしてそれをすかさずサーナムスが遮ってこなければ、魔道士はさらなる追求、相手へ必ずしていたはずで。
「……ハーマス、あんたの息子も言っていたな。いったいどんな話なんだ?」
つまりはそれくらい、彼を見る領主の表情には実に意味深いものがあったのだから。
余程何か言いたいことを、心の内に抱えている、と。
「まず言うべきは、やはり君の持つ力だな。ああ、先程あったトロルとの戦い、私も遠視の技で見せてもらった。……しかし本当にあれは鮮やかな手並みだった。まさかあんな方法で、あの者の動きを封じてしまうとは」
「トロルが魔法に対してそれなりに耐性あるのは、あらかじめ知っていたからな。多分正面からまともに掛けると、かえって手こずると思ったんだ」
「なるほど、名案だな。それに、魔法陣を描く動きにも全く無駄がなかった。さすがとしか言いようがない。まさしくかつてのリロイ・シュバルツシルトの実力そのままだ」
何よりリロイを見る瞳の中に、親しさとはまた別種の光が宿っていたのを窺えば。
「……そんな持ち上げられても困るんだが。それにまさか、ただ俺を誉めるためだけにここへ呼んだのか?」
魔道士に途端、怪訝そうな面、はっきりと現わさせたくらい。
「ハハ、いや、そういう訳ではもちろんない。事実、もっと重要なことがあるのだから」
「それはやはり、ガルドのことか?」
そうしてついに100年の時を隔てて、真剣に向き合うこととなった二人の親友。むろんそこには間違いなく、先程の面会とは余りに異なる温かさが確かにあったのだった。
「……さすが察しが良いな。まあ、それこそが君がここへ来た真の目的ゆえ、当然なのだろうが」
「まあな。そもそもあいつの解放をあんたに掛け合ったことが、この事態招く発火点となったんだから。その話をしないなんて、言わせない」
「確かに。……ちなみに君の力を試したのは、はたして魔女に真に対抗し得る力量、君がまだ持っているか、それを知りたかったからだ。つまりは特に、魔力に関する」
特にリロイの言に、サーナムスが笑み零しながら深々と頷いた以上。その全体の雰囲気も、実に柔和なものにさせて。それはすなわち、紛れもない安心した、という大きな証しに違いなく――。
「そう、何よりリロイ、君がかつて自らを裏切ったソーサリスたちに、復讐の戦いを挑むためにも」
「!」
「え?」
だが、ゆえに次の瞬間エルフが放ったその一言は、まこと真摯な響き持ってリロイに、そして当然周りの三人にも、しかと届いていたのである。




