18.
それはまさに、余りにも異常といえる光景だった。
今まさに鉄拳食らわそうとしていたトロルが、しかし突如彫像のように固まってしまったのだ。途端周囲の人々が、驚きの中おしなべて眼を丸くした程。
「グ、ググ……」
そう、加えて何よりもその当の妖精自身が、自分に一体何が起こっているのか、まるで理解できていないようだったのを見ればそれは明らかで。つまりは、自らの意志にまるで関係なく――。
「何が、起こったの……?」
「……さあ、な」
ゆえに遠巻きにしていた観衆の内、アリソンとコールが知らず呆然と呟いたのも、様々な状況鑑みて至極当然のことだったと言えよう。要はそれくらい、今眼前で起こっているのは実に訳が分からない事象だったがゆえ。
あろうことか、戦いが突如として中断してしまったという。
しかも、これからまさにとどめを刺そうかという、その最中に。
誰にもその真の原因が、分からぬまま……。
「魔法の、力……?」
ハーマスだけはしかし、そう小さく零していたものの。
そうしていずれにせよ深く濃い夜闇の中、いつしか場は奇妙とも表現できる静寂に包まれていて。
「ふう、やっと術に掛かったか。……結構手強かったぜ」
――言うまでもなく数瞬の間を置いて魔道士がふいに、しかし全く驚いた風もなくそんな一言告げてくるまで、結果それは続くこととなったのである。
◇
いつしか完全にその場の主導権を握っていた男――リロイはそうして拳を中途半端に突き出した格好のまま、身動き一つ取れなくなったトロルをじっと見つめ、一言のたまった。
「さあ、こいつはもう動けないぜ。後はどうして欲しい?」
むろんその声音に、飄々とした、しかし同時に冷淡なものも乗せて。
つまり今や勝負は完全に決着したも同然で、
「……」
おしなべて観衆は、その信じ難い光景にしばし息を飲むばかりだったのだから。
一体何が起こったのかと。
どんな技を使ったのかと。
「どうした、何も言えないのか? だったら、とどめを刺しちまうぜ。この剣で――」
「待て。それはやめてくれ」
「!」
しかし、それゆえに、ということか。
リロイが続けて剣呑な言葉述べるや、果敢にもそれを制止してきた声音は、静けさの中やたら目立って響いたのだった。
「お前は――」
すなわち、途端魔道士にそちら、坂の上を囲むエルフ軍の方、さっと振り向かせていたくらいに。
「ハーマス」
「……このトロルは、我々にとっての貴重な戦力、友人だ。それ以上、傷つけることはまかりならない。だから、ここはどうか剣を収めてくれ」
「何言ってやがる。そもそもけしかけてきたのはお前の方だろ? それを今さら」
もっともそうして自身に語り掛けて来た相手――ハーマスに、リロイはまったく取り合おうとする態度、見せはしなかったものの。
「それは本当にすまない。だが先程も言った通り、私はただあなたの力が今いか程あるのか確かめたかったのだ。つまりは、昔と比べても遜色ないのかという。父の語ってくれた、あなたの実力と……ちなみに今使った技は、魔術だな?」
「……ああ、よく分かったな」
「あなたの動きを見ていたのだ。そう、ただ攻撃かわすように見えて、実は地上に魔法陣描いていた、その類まれなる動きを」
「!」
ただしハーマスが次いで核心に迫ること告げるや、その表情は多少改まったものとなって。
「なるほど、こりゃただのお坊っちゃんじゃないってわけだな。……そうだ、これは相手の動き封じるための魔法陣だ」
そんな感心したような一言まで、零しながら。
こいつは驚いた、と。
そして、その一言が初めてハーマスのこと、まさしく見直させたのか、
「……まあ、俺も余計な血は流したくない。いいぜ、一旦、ここは休止だ」
リロイは結局声音落とし、ようやく相手の提案、了承したのであった。
「とはいえ、まさか次の刺客でも用意しているのか? だったらこっちとしても……」
むろんだからといって警戒する姿勢は、決して解くことなく。そこには歴戦の魔道士らしき用心深さが、確かにありありと感じられ。
すなわち、詰まるところ戦いはいまだ正式に終わり、告げていなかったのであり――。
「ふ、安心してくれ。腕試しはもう終わりだ」
「!」
ゆえにすかさずハーマスがそう告げてくるや、リロイはようやくにしてその全身を包む鋭いオーラ、やや穏やかなものへとしていたのだった。要はそれくらい、これまでの戦いはなかなか厳しい展開だったのだ。とりあえず一息吐きたくなるというものだろう。
「信じて、いいんだな?」
ただしそこにはいまだ幾らか、疑心めいた色があったものの。




