16.
こうしてついに、見守っている観衆――ハーマス率いるエルフ軍及びリロイに同行する三人組――の中、その真ん中で対峙することとなった魔道士とトロル。すなわち進み出た両者ともに、互いに正式に名乗り合うまでもなく既に戦闘モード全開、
「さあ、来な! トロルだろうが何だろうが、相手してやるぜ!」
「……グオオ!」
――次の瞬間はたしていきなりトロルの方が剣も持たず挑発してくる魔道士へ自慢の右ストレート放つことによって、試練にも比すべき闇夜の決闘は開始されたのだから。
「リロイ、気をつけて!」
「さあ、お前の力を見せつけろ!」
むろんリロイはその背に曾孫の切なる応援、妖精は主君ハーマスの厳命、しかと受け。
お互い力でねじ伏せようと。
情け容赦、微塵もなく――。
「おっと、危ねえ!」
「ガウ!」
むろんゆえにというべきか、その最初の一撃は、完全に予測していたリロイによって刹那素早く回避され。まさに鮮やかと。……もっともさすがに相手も相手、彼の者はそれでもバランス全く崩すことなく、次なる動作へすかさず入ってきて。
「あ、危ない!」
そう、巨体はそのままリロイ睨みつけ、続けて左拳の攻撃、あり得ない運動神経のもと休まず仕掛けてきた程で。しかも一発目よりも、さらに威力増した感じの。
「ちいっ」
従ってリロイも今度は余裕でかわすわけにいかず、その爪持った鉄拳は彼の顔のすぐ真横を電撃の如く凄まじい速度で通過していったのだった。
「ああ、もう、大丈夫かなあ……」
たまらず観戦していたアリソンが、そんな冷や冷やした声洩らしたくらい。
「そんな心配しなくてもいいですよ、アリソンさん」
「でも」
……ただし傍にいるティコは、なぜかまるで平気な風だったものの。
「へへ、どうした、お前の実力はこんなものか?」
いずれにせよこうして戦闘突入後すぐさま危機一髪状態へ陥ってしまっても、当のリロイの減らず口の方は一向に収まらず、
「さあ、もっと来いよ! まだ物足りないぞ!」
「グガア!」
むしろさらなる挑発してきたくらいであり、かくてそれはたちまちにしてトロルの様相、激高へと一変させてすらいたのである。
◇
「おお、凄い!」
「トロルの攻撃を、ああも軽やかにかわしていくとは……」
「本当に魔道士か、あの者は?」
――そして、いつしか戦闘が始まって十数分が経ち。
寒さ増してきた谷の夜気に比べ、その一帯だけが妙な熱に包まれ出した中。
「まるで当たらないぞ」
その場面熱心に見つめているエルフたちの間からも、次第に感嘆に似た声洩れ出るようになっていた。
すなわち、いまだ両者決定打まるでないとはいえ、猛攻次々加えていくトロルと比較して一見逃げ回っているだけのリロイの方にこそ、しかし皆は今やはっきりと驚愕の念抱いていたのだから。
「何て素早さ、身のこなしなんだ」
そう、全てはある兵士の零した、そんな一言に集約されていたように。
つまりはプロの戦士たちですら、ひょっとしたらその体技には敵わないのかもしれない、という。
(あれが、リロイ・シュバルツシルトという男。……計り知れんな)
……そうした中、おのずと一番前に立ってそれ見ていたハーマスですら、驚きの思い禁じ得なかったような。
事前の想像を遙かに超える。
特に、あれが紛れもなく尊敬する父の友人だとすると――。
そして、そのためだろう。
(しかし、なぜ仕掛けないんだ?)
いよいよその激しさいや増していく戦闘中、だが何ゆえか全く自分から攻撃掛けていかない不可解な魔道士の姿を見ると、
そう、あくまでも男はずっと回避に徹するばかりであり。
(何を考えている、リロイ。策があるのか?)
彼は途端、そういった訝しさで満ちた呟き、心の中で呟いていたのだった。
◇
「リロイ!」
そしてそんな熱き戦闘に対して、アリソンたちもまた全神経集中させていたのは当然のことだった。つまりは、いかに華麗な身のこなしとはいえいまだ情況的には防戦一方、なかなかリロイが反撃に転じられない、というもどかしい展開なのは事実であり、
「ああ、やっぱり相手の動きの方が速いのかな?」
特に少女などは、先程からずっと手に汗握っていたがゆえ。
「確かに素早いが。しかし」
「え?」
――もっとも、隣に立つコールの様相はまたそれとは違っていて、ゆえに彼のふと零した呟きが刹那アリソンの注意を引くこととなる。
「しかしって、何か気になるの、コール?」
「リロイの表情だ。とても押されているようには見えない」
「表情……?」
むろんさらに続いたその一言は、少女をしてすぐさま魔道士の様相、一際詳しく見させるように促しもして、
「あ、そう言われると」
そう、そして確かによく観察すれば、何と彼の口許に不敵な笑みが浮かんでいるのさえ目撃できた以上――。
「そんな、でも勝ち目なんてあるのかな?」
ゆえにそんな不可思議ですらある姿は、むしろますます惑乱にも似た感情、もたらし、
彼女にはそもそもこうした本格的な戦いを見る経験、今までなかったこともあり。
「何か、考えがあるのかもしれないな」
「考え――」
はたしてコールがそこでポツリと告げても、もちろん今のところアリソンは怪訝な表情、まるで隠すこと出来なかったのだった。




