9.
霧の谷を訪れてから様々なことがあり、そしてあっという間に夕刻を迎えた頃――。
「ふう、まさにこれが、文句なしの徒労ってやつだな」
サーナムスの下を去った後、リロイの姿はまたもや、というかもはやおなじみとなった『銀の雫亭』内の一卓にあった。
「確かに。収穫も結局あったんだか、なかったんだか」
「まあでも、とりあえず少しは前へ進んだわけですし」
「僅か1ロット(センチ)程度だが」
むろんそこには、当然というか既にしてアリソンたち三人の同行者もしっかりと同席している。つまりはその眼前には、それぞれの注文した温かそうな料理の皿が幾つか湯気を立てて並べられていて。
「――まあ、何はともあれ今は食うしかないか」
結局のところそれを見るとリロイの腹は、溜め息混じりだったとはいえ誘惑に抗えず盛大に鳴っていたのだから。
「何か呑気ねえ。こんな時に食事を楽しめるなんて」
「何?」
「打つ手なしとは、このことなのよ。ガルフを助け出そうにも。……ああ、これからどうすれば」
ただし対するアリソンは、分かりやすくも不満げな顔しか現わすこと出来なかったものの。
そう、少女たちはリロイより先程領主館で行なわれた会談のこと聞き、それを受けてこれからどうすべきか計画立てようとしていたのであり。
「本当、もどかしい!」
しかし結果、サーナムスの協力一切得られない、さらには退去勧告までされたというそのあまりの前途不透明さは、たちまち焦慮の感覚えさせるだけだったのだ。
かといって他の妙案など、すぐには何一つ出てくるはずもない中。
「居場所は分かったっていうのに」
ゆえにアリソンは、たまらずそんなイラついた声まで発さざるを得ず。
「そりゃそうだが」
「他に、何かいい方法ないかな……?」
とにかく逸る気持ちだけが、いと高くなって。
――もちろん折角注文した目の前のお洒落なパスタ料理には、いまだまるで手を付けぬまま。
すると、その時だった。
「とりあえず、ここは後回しにしますか?」
ふいにティコが、ハーブのサラダを食べる手を止めてそう口を挟んできた。
「後回し?」
「鏡に映った、他の場所へ行ってみるんですよ。今のところ霧の谷でやれることが何もないなら」
「他の……」
むろんその表情は、真剣そのものだ。つまりは自分なりの良いアイデアを捻り出したという。特にこんな煮詰まった場面において。
「他というと、確か」
「ローグ山、そしてボイトの沼、だな」
そしてその言葉は、確かに皆へ何某かのインパクト、少なからず与えたようでもあり。
「なるほど、一理あるな。その二か所にも、確かに他の家臣がいるわけだし」
コールなどは、実に納得した表情、浮かべている。
「そうか。それにそのどちらとも、霧の谷からそう離れてはいない。ティコ、ナイスアイデアね」
加えてアリソンも、そんな感心したような声上げ。
ようやく何らかの道、見出すこと出来たかのような。
「へへ、ありがとうございます」
「でも、そうなるとさっさとここから離れないと」
「うむ、特にサーナムスもリロイのこと、警戒している以上」
よって余りゆっくりなどしていられないという現状もあり、少なくともその二人は早くもティコの出した提案に完全に乗ってみるようだったのだが。
「そう、そのどっちへ行くにしても――」
「まあ待て、そう結論を急ぐな」
……しかしその刹那、魔道士がふいに発した声音が、それをやんわりと制止してきたのである。
「え、どうしたの?」
「何か策が浮かんだのか?」
もちろんその言葉はアリソンとコールをさっとそちら振り返らせている。何と言っても目の前の相手は伝説に名高い魔道士なのだ、どんな困難にも打ち克つ技持っていたとしても、少しもおかしなことではないはずだった。
「ん? いや、そうだな……」
「そんな出し惜しみしていないで、早く教えてよ」
それゆえアリソンは、その畏怖感から更なる追求までしていて。
「今はどんな方法でも、知りたいんだから」
同時にきらりとその瞳、輝かせながら。
「――いや、具体的には、特にない」
……だが次の瞬間、リロイが応じてきたのはどうにも浮かない一言でしかなかった。
「え? て、何よ、何かありげな顔したくせに!」
「そっちが勝手に期待しただけだろ? 俺はそもそも別に良策があるなんて言っていない」
「雰囲気が間違いなくそうだったのよっ」
そして当然の如く、それはアリソンをして盛大にがっかりさせている。何より相手に要らぬ期待掛けたがゆえの徒労というやつだろう、そこには実に大きなものがあるのだった。
「だったらティコの言った通り、さっさとここを出て」
「だから、それをひとまず待ってくれと言っているんだ、俺は」
「あなたにも何一つアイデアがないのに? 悪いけど、そんなの絶対無駄よ」
「まあ、確かに特に考えはないが、……だが何か予感がして、な」
そう、ゆえに続けてリロイが意味深にそんなこと零してきても、今の彼女には届くもの何一つなかったらしく。
「何よ、また思わせぶりなこと言っちゃって!」
しまいにはそう言い放つ始末だったのだから。
「思わせぶりも何も、しかし気になるものは仕方ないからな」
「もういい!」
「……それは、悪い方の意味で言っているのか?」
よってそれに代わって、相棒よりは余程冷静なコールが次の質問をすると、
周囲では宴会やら食事やらの騒ぎ声、一際大きくなってきた中。
「いや、そういう訳じゃない。ただ、サーナムスと会った時、何かを確かに感じたんだ。何とも言えない、秘められたような雰囲気を。――あいつとは長い付き合いだからな、それはまず断言出来る」
対して魔道士はどこか逡巡示しながらもそう青年に向かってのたまい、
「え、サーナムス?」
またそれはたちまち、そっぽを向いていた曾孫の注意も再び引いたようで、
「そうだな、だから一日だけ、そう明日の昼までは待ってくれ。そうしたら何かが起こるかもしれない。もちろんそれから出発しても、遅くはないだろう?」
「え? まあ、そうね……」
「一日くらい、構いませんよ。それにサーナムス様のことを一番よく知っているのは、やはり先生ですから」
「今は一応、あんたの予感の方を信じるよ」
結果一同、そう結局怒りをすぐさま収めさせられたアリソンをも含め皆は、それぞれの思い抱きながらもとりあえずその案に賛意、現わすこととなったのだった。
「よし、じゃあ今日は霧の谷で一泊だ! みんな、ゆっくり寝て休んで、疲れを取ってくれ!」
「は、はあ」
途端リロイがパッと明るく放った声、生返事したティコを除いて対照的に、ただ静かに耳へとしつつも。




