6.
谷のやたら鋭い傾斜に沿って、上から下へ幾つも連なって立ち並ぶ家屋敷の数々。その様はまさに上方からは奈落の底、下方からは遥か天の頂窺い見ているが如きで。むろん立ちこめる厚く濃い霧がかえってそれを増させている中。
加えてそうした街には、また家々を縫って細い道が無数に横にも上下にも走り、もはやアリの巣めいた感さえ呈していたのだった。
そう、まさに一度迷ったら脱け出すこと、極めて難しいような。
言うなれば、それは霧と地形が生み出した巨大な迷宮都市だったのであり。
何より日中から、街灯のぼんやりとした輝き、常に絶えることのない。
住人にも旅人にも、分け隔てなく稀少な指標となって。
つまりはそうなるくらい、この街が澄んだ青空を仰ぐことなど、何年待てどまずあり得ないことだったのだから――。
「さあさ、皆さん寄って行って、見て行って!」
「うちは酒が安いよ、お得だよ!」
「そこの若い人、うちで一杯引っ掛けていかないかい?」
……そしてそのため、ということか。はたしてまだ時刻は昼下がりに過ぎなかったというのに、辺りには夜を思わせる酒場や食堂の客引きの賑やかな声が既に堂々と響き渡っていて、しかもそれは何ら違和感一つ覚えさせない、ありふれた光景でしかないのだった。
◇
椅子に深々と腰かけたアリソンは手にした苦いコーヒーを一口啜ると、溜息混じりに小さく零した。
「ふう、結局収穫はあまりなかったわね」
そして次いで、テーブルを囲む他の面々――コールとティコの方を見やる。むろんその様は、分かりやすくもかなり疲れた、といった感じだ。
「しかし、一応リロイの家臣がここにいると判明したわけだし」
「そうですよ、それなりに意味はあったじゃないですか」
むろん対する彼らは、そうやって何とか慰めようとしてきたものの。
「うーん、でもその肝心の彼があれだったからなあ」
しかしそうした声にも、そんなすげない反応示していて。
いかにもがっかりと。
すなわち監獄で先程リロイの家臣が一人、ガルフの何とも言えない現状、確認してきた後では――。
ちなみに、そうして彼女たちがとりあえず寛ぎの時間過ごしているのは、再びあの酒場『銀の雫亭』においてである。そう、牢屋で人狼ガルフと会うことは適ったものの、しかしその場では彼を起こすことどうしても適わず、結局時間切れで何の成果もなくすごすご舞い戻ることと相成ったのだ。
「言っておくがこの男は重罪人なんだ。そう簡単に何度も会えるとは思わないでくれ」
去り際には、獄卒のそんな釘を刺す厳しい声も耳にしながら。
相当、断固とした。
つまりは、現時点ではガルフと上手くコンタクトを取る、そうした簡単なことすらかなり難しいと言わざるを得ず。
「くそ、ガルフが元気なら、ひと暴れして脱獄させることも出来たのに……」
「え?」
ゆえに廊下歩きながらリロイがつい零したそんな大それた本音も、虚しく空間へ消えていっただけなのであった。
「! 今、何か言ったか?」
「――いや、何も」
刹那、耳聡くエルフに後方、さっと振り返らせて。
「それで、リロイはどこ行ったのよ?」
そしてアリソンはコーヒーとトースト、コールは大人びたブランデー、そしてティコはリンゴのジュース眼前に置いた状況下、一同の話題は早速その魔道士に関してのものとなっていた。
「『俺に考えがある』なんてカッコいいこと言って、さっき出て行っちゃったけど」
「そうだな。それも妙に自信ありげに」
「でもガルフはあの状態よ。何が出来るっていうのかしら」
つまりは性格に難ありとはいえ結局あの男がいなければ、残された側には何ら打つ手がない、それは動かしがたい事実だったのだから。……そう、特にこんな初めて足を踏み入れた、文字通り異郷の中では。
まさに左右上下、何一つ分かりようがないという。
五里霧中もいい所の。
「……実は、知り合いがいるんですよ、リロイ様にはもう一人。だから、きっとそこへ行ったんだと」
「え?」
「この街に、か?」
――しかし、それゆえだろう。そこでふいにティコが控えめながら訳知り顔で意外な一言、告げてくるとそれはたちまちにしてアリソンたちへ大きな驚き、もたらし、
あたかも不可思議な魔術、見せられたかのように。
「あのルシエルといい、何だか妙に顔が広い奴だな、あいつは……」
はたして当然の如くいつもは冷静なコールですら、そんな呆れたような感心したような声、知らず洩らすこと禁じ得なかったのだった。




