5.
「ルシエルさんが言った通り、ここにあなたの家臣の一人がいるみたいね」
そうして灯りといえば壁にポツポツと掛けられたランプくらいといううら寂しい状況下、アリソンたちが辿り着いたのは監獄の一番奥まった所にある牢屋だった。
「うむ、らしいな。もちろん何らかの罪を犯して……つまりこの独房がそうなんだろ?」
「そうだ。人狼はこの中にいる」
「! ガルフって人狼なの?」
むろんそんな少女が目にしているのは、他と見た目的には大差ない鉄格子及びその奥に広がるごく狭い部屋という光景だ。当然ながらいくら薄暗いとはいえ、じっくり目をこらせば中の様子はそれなりに分かる。それゆえ刹那四人をここまで導いてくれた獄卒――ルシエルとは知り合いらしい、金髪に青い眼した若いエルフ――が急ぎ制止してこなければ、彼女がたちまち食いつくように身を前へ乗り出していたのは必然だったといえよう。
「待て! あまり囚人を刺激しては困る」
途端青瞳に険しい色まで、輝かせて。
「……ああ、そうだ。ガルフは歴としたワーウルフ。その生命力はとにかく途轍もない。それこそ、ほっといても軽く100年以上は生きるような」
「特にガルフさんは頑丈ですからね」
「しかしそれにしても、その100年近くここに囚われているとは……」
一方その傍でリロイたち他の三人の男は、冷静にそんな獄内を観察している。特にコールは先程銀髪のエルフから聞いた話を思い返しているようで、表情にはいまだ半信半疑の感が強い。要はそれくらい、彼女の語ってくれた内容、この人狼に襲いかかった運命が余りに突飛であった以上。
「正式には95年、そして刑期は後残り80年。この男はそれくらい重い罪を犯したのだから」
「――でも一体何をしたら、そこまで厳しくなるの?」
ゆえに獄卒が説明してくると、たちまちアリソンまでもが怪訝そうに問いを発してきて、
「こいつは霧の谷に伝わるエルフの秘宝を盗もうとした。それは万死に値する重罪。……だから死刑にならないだけ、マシだったと思うんだな」
エルフの男は、対して吐き捨てるようにそう答えていたのである。
◇
牢獄の中は、言うまでもなくどこまでも簡素極まるものだった。
むろん大して見るべきものもなく、とりあえず眼に入る対象といえば石床に敷かれた布団と、隅に置かれたトイレ、そして食事したすぐ後なのか申し訳程度の散乱した食器類くらいである。
その他には特筆すべきものは何もない。つまりは、肝心要の件の囚人が布団の中で豪快にいびきをかいていた以外には……。
「――でも、お休み中だったみたいね」
そう、その様はアリソンをして途端拍子抜けさせたくらいで。
すなわち眼前の囚人服着た異様に寝相の悪い、さらに長髪で髭だらけの男は、パッと見ただけでもどうやらなかなか起きそうにないのはまず間違いなく。
「本当にこれが、歴史に残る重罪人なのか?」
よってコールなどは、知らずポツリとそんな呆れた一言、零していたのだから。
「おい、ガルフ!」
だが、もちろんそうだからといってあっさり退散するわけにもいかない。はたして突如当然の如く鉄格子へにじり寄り不躾な大声張り上げたのは、他でもないリロイなのだった。
「いつまで寝ているんだ、もう昼だぞ!」
もちろんそこには、相手に対する思いやり、遠慮というものなど欠片も見かけられず。
「あ、こら、あんた!」
「リロイ様!」
「俺が言っているんだ、聞こえるだろ?!」
何より、獄卒やティコの制止も聞かず次には鉄格子むんずと掴み、あたかもこじ開けんと乱暴に揺さぶりさえし始めたのである。
「やめてください、そんなことしても!」
「こいつは俺の家臣だぞ、さっさと起きて挨拶する義務がある! 呑気にいびきをかいている場合か!」
「ちょっと、そんな乱暴な」
しかも、その激高ぶりますます高まってきたのを見た傍らのアリソンに、知らず驚いた表情示させながら。
自分の下す命令は、とにかく唯一絶対であると。
特にこの人狼がそれを聞かぬ、そうした事態などまずあり得る筈もなく――。
「とにかく、早く眼を醒まして」
「でも、疲れているのかも」
「知るか。それなら叩き起こせばいい! それで駄目なら」
「――いや、いずれにしても、それは無理な話だな」
だが、それゆえだろう。そうして魔道士がさらに強く言葉を重ねようとした刹那、その熱くなった感情を冷ますようにふいに獄卒が静かに口を挟んでくると、
「え、何だって?」
……リロイはたちまちにしてそちら振り返り、ハトが豆鉄砲を喰らったような顔、現わすこととなったのだった。
「無理ってどういうことだ、そりゃ?」
「この男は一回寝ると、余程のことがない限り目を醒まさん。実際、今もこうして七日間、ひたすら眠り続けているのだから」
「七日間? 何も食べずに?」
「ああ。もちろん、一週間前に取った食事が最後だ」
何より、エルフの続けた話の続きが、とにかく大きな驚きに価するもので。
およそ常識では考えられない……。
「マジか……」
「だからいつこの人狼が起きるのか、誰にも分からん。そして起きた途端凄まじい勢いで凄まじい量の食事を始め、またすぐ寝る。……要はここへ入って95年間、ずっとその繰り返し。眠りは深く、叩き起こすなどとても出来ない。言わばそれがこいつのライフサイクルなのだから」
そう、すなわちその言葉には、リロイたちをして途端驚愕と落胆、覚えさせるに充分な内容含まれていたのだ。
「そんな」
ゆえに当然ながらアリソンも、その刹那絶句したような声、思わず洩らしていて――。




