3.
まさに遥か天の青い光を透かし通らせる、クリスタル製の巨大な一枚板――。
その白亜の浴場は、そんな豪勢かつ技術に富んだ円天井の下滝も島もあって、まるで自然に形成された泉の如く広がっていた。そう、特にその広大さは、わざわざ比較物を持ち出すのも馬鹿らしくなるほどの規模だ。あるいは小さな都市なら、その中の一屋敷くらいのレベルには達していたかもしれない。
すなわちそこは宮殿の奥中にある、選ばれた者、というか僅かたった一人しか入ることを許されていない場所、紛れもない秘湯中の秘湯なのであり、
「ふう……」
事実今も、その一人の女のみが三人の宮女浴槽外に侍らせ、優雅に湯浴みしている真っ最中だったのだから。
「パルメノン様、湯加減はいかかです?」
「ええ、丁度いいわ」
「それは良かったです」
むろん一糸まとわぬ、真白い肌周囲へ晒した、実に妖艶な姿で。
宮女の一人に自らの衣服、抱えさせたまま。
「今日は天候も良く、空気も爽やか。こうして湯を浴びるには絶好の日和だから」
そうして青く長い髪した女、テマ・イクティオンの支配者は湯水を両手で掬い、その見事な透明さ、香り高さを楽しむようにしている。
いかにも満足、と。
「はい。そして午後のお仕事のこともあります。どうかお寛ぎください」
「うん、世上の生臭い話からは、一旦離れるとするわ。今は丁度うるさいラームもいないことだし」
「あの方は、先程何かご連絡を受けたようで、慌てて自室へ向かった所でございます」
「仕事熱心な男ね……」
特に湯に火照った顔を、はっきりと気分良さげに緩やかなものへとしたのを見れば、実に明らかだったように――。
「あれでもう少し融通がきけば、側近としてますます結構なのに。……それにしても気持ちが良い」
何よりその声に如実に籠められた、まこと恍惚とした感の大きさよ。
かくて至る所忙しない大宮殿の中、そこだけは穏やかかつゆったりした時間が流れていて。立ち昇る湯気、延々と止め処なく。
天上の楽園、その一景色すら、知らず思わせ。
「パルメノン様!」
「! え?!」
「きゃあ!」
……だが、まさにそれゆえだろう。
「ラーム様、今パルメノン様は御入浴中です! 一体何をしに来られたのです!」
「申し訳ありません、しかしこれは緊急事態なのです。だからどうか御目通しを!」
そんな弛緩した時を切り裂くように刹那一人の若い男が無粋にも入口から突如として、そう面相まで険しいものにして浴場へ急ぎ現れると、場はたちまちにして小さなパニック状態というやつ、呈していたのだった。
◇
「何ごと、ラーム。お前も一緒に入浴しに来たの?」
かくて女はいまだ湯に浸かったまま、背後をちらと振り返りつつそう新たに訪れた相手へ一人落ち着き払って物問うた。
肩まで届く青い髪がまずは特徴的な、外見的にはいまだ若く美しい娘だ。その下にはアクアマリンの輝き持った煌びやかな瞳もあり、どうやら青が彼女を象徴する色彩であると思われる。
「いえ、滅相もない! 私はただ、是非お伝えしたいことがあって……」
「冗談よ。そんな赤くならないで」
だが、そうして知らずすぐ傍まで来たローブ姿の相手慌てさせたように、何よりこの娘が漂わせている雰囲気は悪戯っぽく、かつ勝ち気なもの以外の何物でもなく。
「そんなことより、早く用件を言いなさい」
それゆえそこにあったのはまさにソーサリス――五人の魔女の一人としての眩しいオーラ、そのもの。
「ハッ。では申し上げます!」
従って声を掛けられた男の方もたちまちにして限りなく慇懃なる態度、示さざるを得なかったのも当然のことなのだった。
「これをお持ちください!」
「? それは」
「通信用の魔道具です」
そして最敬礼するや、ラームがすぐさま手にしていたある物体、すっと差し出してくる。
「ああ――」
そう、それはまさしくどこまでも透明に磨かれた水晶玉、というやつで。
しかもよく見れば、その中に何らかの映像、既に映し出された。
「何かの緊急事態かしら?」
ゆえにそれに目敏く気づいたパルメノンがさっと湯船の中身体男の方へと反転させ、その玉両手で受け取ったのも至極当然のことといえ。
「ロクスム・ハラの、マステラからです」
「マステラ? あの<死霊使い>の?」
「はい。それもかなりの慌てぶりでして」
緊張の面持ちした側近の言を意外そうに耳へ挟みながら、魔女はかくして水晶玉の中の老婆と遥かな距離隔てつつ、突然対峙することとなったのである。
「一体何ごと? あの女から私になんて」
むろんその内容となると、今の彼女には何一つ思い当たるふしなどなかったが。元よりいくら同盟関係にあるとはいえ、所詮格下の相手に過ぎなかった以上。
「それもこんな時に。まったく無粋な」
よって刹那その表情覆っていたのが怪訝さと面倒くささ、その両方だったとしても、決して無理な話ではなく。
自分にとっては、特に大した問題のはずはない、と。
「パ、パルメノン、大変なことが起きたよ! リロイが、この街を脱け出したんだ!」
「?!」
――それゆえ途端水晶の中の老女がいかにも狼狽した風でそんな喚き声上げてくると、魔女はそうした状態すぐさま、プリズムのように一変させざるを得なかったのだった。
「何ですって!」
次の瞬間、耳をつんざくほどの絶叫、浴場内へ一気に轟かせて。




