2.
ランプに彩られた薄ぼんやりとした淡い光の中、そこには実に温かな空気が流れていた。
「おかわり!」
すなわちリロイの馬鹿デカい声がこれでもう何度目かの追加の料理注文したのを見れば明らかだったように、
「かしこまりました。ケサル鳥の串焼き、もう一皿!」
「あいよ、分かった!」
まだ真昼間だというのにその酒場では既に小さな宴や会食があちこちのテーブルで盛んに、朗らかに繰り広げられていたのだから。
「す、凄い食欲……」
「まあ、久々のちゃんとした食事だからな」
もちろんその当の卓においては、魔道士と同席していたアリソンとコールから相手の様子見てそんないかにも呆れた声、思わず零れていたとはいえ。
「リロイ様、いくらなんでも急いで食べすぎですよ!」
そして師匠のすぐ隣に座るティコに至っては、かえって心配そうな表情はっきりとその面に浮かべながら。自らが頼んだ熱々のアップルパイには、まるで手をつけることなく。
「何言っている、俺は100年葉っぱ一枚で過ごしてきたんだぞ! とにかく胃袋の方が美味いものを求めて仕方ない!」
「で、ですが」
「腹が減っては戦が出来ん、これでもまだ腹五分程度だ!」
「ええ?!」
――何より、ブラックホール並みとも言えるそのリロイの食べっぷりには、いまだ全く衰える兆しなかったようであり。
まさにガツガツと、餓えた狼の如く。
それゆえやたら長い坂の中程に建つその一軒の店、『銀の雫亭』においては、そんな食欲旺盛な男満足させるべく先の尖った耳をした女中たちが忙しなく急ぎ働いていたのも致し方ない、そうとしか言いようがない雰囲気さえふんぷんと漂っていたのである。
<霧の谷>
その名で広く知られる、文字通り年中深い霧に包まれた谷のただ中にある、酒場兼宿屋においては。
――そう、そもそもなぜそうした場所にいるかと言えば、そこはロクスム・ハラを脱け出して後二日、リロイたち一行がようやくにして辿り着くこと出来た、第一の目的地であったがゆえ。
◇
「家臣探し?」
……話は、リロイ・シュバルツシルトが約100年ぶりに住み慣れた死者の都を出て、大きなあくびともども市門の外側についに立った、その時に遡る。
「ふわあ、これが外の空気か。しかし久々過ぎてよく分からないな……おっと、その話だな。ああ、とにかくアウゴエイデスを復活させたいなら、あいつらを急ぎ全員かき集めなくちゃならない。俺がソーサリスに敗れた後、完全に散り散りになった」
「その人たちが、巨人の在処を知っているの?」
「……知っている、というより、言わば鍵そのものだな」
すなわち、身だしなみ整えるためかいつの間にか手鏡手にしていた魔道士はいまだ達成感抜け切れていない二人の若者見つめ、ふいに何とも意味深なこと、告げてきたのだ。
「鍵? それってどういう意味――」
「それは三人揃えばすぐ分かる。とにかく今必要なのは、行動だ」
むろん、それゆえにと言うべきか対してアリソンは怪訝な顔、示さざるを得なかったものの。
「行動って、でも何をすれば」
当然の如く、眉までひそめつつ。
「そりゃただ一つ、あいつらの元へ直接行くんだよ」
「! では、居場所は分かっているわけか?」
「まあな。そう、この鏡があれば……なあ、ティコ」
「はい!」
そう、はたして一方のリロイ――見た目的には信じられないが、彼女にとっての歴とした曾祖父――が鏡へ目を落としつつ妙に自信ありげな次なる言葉放ってきても、結局それが晴れることなかなか無かったのを見れば、明らかだったように。
「ちょ、ちょっと待って、確かにそれは結構だけれど、でもあなたの家臣たちって一体幾つくらいなの? あなたがロクスム・ハラに囚われてから、もう100年経っているのよ?」
「ああ、そのことか。だが全く問題ない。あいつらも俺と一緒で、半分不死身みたいなものだからな」
「あんたと同じ、魔道士ということか?」
従って話がさらに進むとともに、その少女のみならず傍らのコールまでもがそう問うてきたのも、至極当然のこと――。
「いや、奴らはそうじゃない。ただ、人外の者というだけだ」
もちろんリロイはリロイでそんな青年剣士にも、特に構えた風なくあっさり気軽にそう答えている。
「ええ、人外?! それってまさか、モンスターってこと?」
「おいおい、それはちょっと失礼だな。まあ、確かに似たようなものだとはいえ、三人とも別にドラゴンやバシリスクの類ってわけじゃないんだから」
「でも、100年生きているって、結構――」
しかも加えて途端目を真ん丸にせざるを得なかった曾孫へ、諭すように告げつつ。
また、そこにはこれくらいで驚いてどうする、そうした念も籠められていたように思われ。
「だから100年なんて俺たちの界隈じゃ特に大した時間じゃないんだ。そう、言ってみれば、一ヶ月が1200回過ぎた程度の」
「充分長過ぎるわよ!」
ゆえにいくらアリソンが信じ難いと声を大にしても、彼がその言を撤回するなどまずあり得るはずがないのだった。
「ふん、そりゃ君たちにとっては、な」
――何より、それが紛れもない真実であった以上。
◇
「それで、俺たちはこれからどうすればいい?」
そうして宴もたけなわというか一人派手に健啖家ぶりを魔道士が発揮していた最中、地元特産の茶の入った椀を手にしながら、対面に座るコールがふいに尋ねてきた。
「あんたに言われる通り、この谷へやって来たわけだが」
特にその黒曜石の瞳、ランプの灯りの中冷たく輝かせつつ。そう、それはあたかも相手の心見透かそうとする魔性の者のそれのようで。……その涼しげでありながらどこか剣呑さ併せ持った雰囲気といい、また実に整った、だが同時に鋭くもある容姿といい、全体的に形容し難き妖しさ漂わせた青年だ。
「……そうだな」
すなわち、リロイをして思わずそのナイフを持つ手、止めさせていたように。
「あの追尾の鏡は魔法のアイテムでね。つまりはこいつと連携させた発信機着けた者の行方を、必ず追うことの出来る――。そしてその鏡にまず映ったのが、ここ、霧の谷。そう、だからまず間違いなく、家臣の一人ガルフはこの地にいるはずなんだ」
「だが、はたしてその谷のどこにいるかとなると、詳しいことはまだ分からない、と」
「まあな。それがすなわち鏡の力の限界ってわけだ。それゆえ後は、自分たちで探すしか道はない」
途端青年見つめる瞳に、鋭い光紛れこませて。
「……なかなか大変だな、それは」
コールは対して、溜息混じりに応じたのみだったものの。
「そうね。コールの言う通り結構な大仕事よ、特にここは広いから。そんな所で一から探すとなると」
「ああ、だがそれに関してはさほど心配はない」
「え、そうなの?」
「もちろん。それなりに手は打っておいたから」
とはいえもちろん、それとアリソンの心配そうな声を受けてもリロイの余裕ある感じが全く崩れなかったのは言うまでもなく。
そう、彼はむしろふっとその口許に得意の勝ち気な笑み浮かべるや、
「とにかく、何をするにしてもまず必要となるのは情報だからな」
そんな含蓄ありげな一言さえ、頷きながら零していたのである。




