21.
そう、それはマステラが呟いた通り、やけに毒々しい紫色した、一枚の葉だった。
大きさとしては、リロイの掌の中にすっぽりと入るくらいのサイズだ。形的にも何の変哲もなく、すなわちその色を除けばその辺にある植物のそれと大して変わりがあるわけではない。
「そ、それがどうしたんだ?」
つまりは、その余りの平凡さに老婆もついポカンとしてしまったほどで。
「これは、ヒドラ草の葉さ」
「ヒドラ草?」
「つまり、俺のここでの唯一の栄養源」
「!」
それゆえ魔道士が次いでそんなこと述べてくるまで、その状態がしばし続いたのは論を待つまでもないのだった。
「栄養源……ってことは、あんたそれ食べていたのかい?」
「ああ、もちろん。そしてこれは紛れもなく外の世界のものだ。だからロクスム・ハラの掟に触れることもない」
「で、でも、いくらなんでも100年、その葉っぱ一枚で生き抜くなんて――」
……もっとも、相手が次なる言葉発しても、彼女を包む混迷の霧はそのまま晴れることなかったようなのだが。
「うん。だがまさしく名は体を表す、ってやつだろう。つまりこいつは、この葉柄が残っている限り一日で再生することが出来るんだ。そう、どれだけむしり取っても、何度でも」
しかも、その声音はさらに老婆にとって恐るべき内容、いや増していき。
「じゃああんた、まさかその葉っぱ一枚を」
「ああ。一日一枚、要するにこれが俺のここでの食事さ。それくらい、栄養価は馬鹿みたいに高いんだから」
ついには余りにとんでもないこと、告げてきた以上。
「そ、そんな……」
「! 待って、リロイ、じゃああなたは」
「その通り。別にロクスム・ハラの住人になったわけじゃない」
「……なるほど。そういうことだったのか」
むろんそんな老婆に負けじと、さらにそこへすかさず二人の若者の甚だしい反応が入って来たのは、言うまでもなく。
「まあ、とはいえこいつの味はひどいもんだがな」
――そんな中、当の魔道士の態度自体は、あくまで飄々としたものでしかないのだった。
「ま、待て! そういうことなら、あんたは」
と、そうして場が何とも言えない不可思議な衝撃に包みこまれた、その時。
「いつでもここから逃げ出すこと、出来たってわけじゃないか!」
マステラが顔面蒼白に、困惑で彩られた声を張り上げてきた。
「呪縛を受けていないなら」
「……そういうことになるな」
「何、他人事みたいに言ってんだ!」
むろん、何よりその表情は怒り、驚愕、そして困惑で混然一色となった、もの凄いものである。すなわちそれくらい、リロイの語った事実は彼女にとって強烈過ぎたのだろう、たちまちその身体全体までもがわなわなと震え出していたのは無理もないことだった。
「だったらこの100年間は一体何だったんだ! まるで馬鹿みたいじゃないか!」
「まあ、色々事情があってね」
「事情?」
そう、そうしていくら対するリロイが冷静極まる様子で応じてきたとしても、もはや止めることなどできず、……まさしく完全なる混乱状態と。
「あんたに何の事情が!」
それゆえ老婆はいよいよ声大きくしてがなり立てるように言ったのだが。
「よく考えろよ。俺は、ソーサリスに巨人操る力奪われたからな。その状態でのこのことこの街脱出したとして、さてその後はどうすりゃいい? あっさりあいつらに刺客放たれて、結局やられるのがオチだ、ほとんど無抵抗に。だったらしばらくここで過ごした方が余程いい」
「まさか、そのために、わざと?」
「もちろん。とにかくあいつらに対抗できる力、復活させるまでは、な。つまりは、<巨人の技>を、ここならいくらでも研究できるし……もっとも、よりにもよって今日曾孫が来てしまった以上、そんな余裕はなくなったわけだが」
むろん魔道士の方は剛胆というか、一切それを気に掛けることなく。
――相手見つめるその眼光が、ふいに鋭さ増していたくらいで。
「すなわちこれから彼女たちと、長い旅に出なくてはならない以上」
加えてそんな諦めとも決心ともつかぬ言葉、洩らしていたのである。
「長い旅って、でもそんなのソーサリスたちが見逃すはずないじゃないか!」
はたしてそれ耳にしたマステラのいかにも往生際悪さで満ち満ちた声、まるで耳に入っている風もないままに……。
「アリソン、分かったな。これから俺とティコは、君たちと行動を共にする。もちろん君の抱く真の目的果たすために」
「!」
「だが、その前に、最後にこれだけは言っておかなくてはならない」
そして何よりも、その肝心のリロイの心は刹那全く別の所に向かっていたと思われたがゆえ――。すなわち長きに渡る虜囚期間を終え、ついに次なる道へと一歩、踏み出す時が来たという。たとえその先に広がる光景が、いまだ閉じ箱の中の如く不明瞭だったとしても。
「まあ、十分分かっているとは思うが、つまりこれから俺とともに旅をするとすれば、それは必ず絶望的に危険なものとなるはず。まさに命の危機すら日常茶飯な。……何せ、相手はあの知恵も力も持った魔女たちだからな。油断なんてもちろんもってのほかだ」
「……それは、承知しているわ」
「それに、そもそも巨人の復活自体が相当困難な仕事であることはまず間違いないんだ。そう、これはどうやっても数日で終わるような生半可な内容じゃない。それゆえ、いつ君らが故郷へ帰れるかも全く分からない。ただ一つ言えるのは、ひたすらその期間が長くなるということだけ。それは10年か、あるいは100年か――さあ、だとしても行くつもりか?」
そこにただならぬ意志の炎、アリソンたちハッとさせたくらい、しかと宿しながら。
相手試そうとする、真摯なる気迫すぐその傍に置いて。
――メラメラと。
「ああ、待て、そんな真似をされると、あたしがあいつらに何をされるか……」
ゆえにマステラが最後も最後、懇願の意すらこめて放った言葉、――しかしそれはその時風のようにただ室内を無駄に流されていっただけで、
哀れ、廃神殿の薄闇の中へたちまち飲みこまれてしまったが如く。
「ええ、もちろんよ!」
「――この剣に賭けて、絶対に成し遂げると誓う」
「……そうか」
……そう、とりわけリロイ・シュバルツシルトと対峙する二人の若者が決意で固められた余りに確かな答え、真剣な表情で告げるや、およそそれに敵うなどあり得るはずがなかったのだった。




