20.
――だが、そうして話は俄然穏やかにまとまるかと思われた、その時だった。
「ちょっと待ちな!」
突如マステラが、相変わらずの嗄れ声で口を挟んできたのだ。
「そんなこと、出来るわけないだろ!」
それも瞳に剣呑な眼光宿した、もの凄い勢い持ち、
加えて手にした杖の先を、ぐいとアリソンたちの方へ鋭く差し向けたまま。
「それは、あんたたちにも分かっているはずだよ!」
「!」
「この男が、決してロクスム・ハラから出られないことは!」
そうしてその舌鋒は、次いで容赦なくリロイの方へも向いている。
「そう、リロイ、あんたは間違いなくここの食物を口にして、永遠の住人となったんだから!」
すなわちそれが、彼らにとって決して目を背けてはならぬ重い一言であった以上。
どんな手をもってしても、もはやどうにもならない、という。
「あ、そうか!」
「死の都の、束縛……」
「ハハ、やっと思い出したかい? そうさ、あんたたちにはどうあがいても、その大事な目的達成することは出来ないんだ!」
そう、つまりはその勝ち誇った言葉によって、老婆は途端少女たちに深き絶望、突きつけてきたわけであり。
「く――」
「アンデッド・キマイラの話は嘘……ど、どうすれば」
それゆえたちまち二人の旅人の面に、困惑の表情まざまざと浮かんでいたのは言うまでもなく、さらにアリソンに至っては知らず、焦慮に駆られた呟きさえ零していたのだから。
「だから、さっさと諦めて帰りな。……本当はひっ捕らえてパルメノンの元へでも送ってやりたいくらいだけど、リロイの手前さすがにそれは容赦しておくよ。とにかく、ここはもうあんたたちの居て良い場所じゃない」
「この街の呪縛は、絶対――」
「そう、どんなに力ある魔道士が、抗おうとしても」
むろんそんな両者へ、とどめ刺さんとなおも続く老婆の声。今の彼女にとって、まさしく勝利はすぐ目前、それはそう思わせるに実に相応しい響きだったといえよう。
「分かったね?」
特に、刹那その黄色い瞳、禍々しいまでに眩くぎらつかせたのを見れば。
相手の弱点、完全に突いたとばかりに。
それくらい、この街を支配する掟は絶対であったがゆえ。
「そ、そんな……」
「アリソン!」
そしてそれゆえだろう、余りの絶望にアリソンは思わず身体よろけさせ、さらにそれ見て慌てて近づいたコールに支えられる状態ともなり、
「しっかりするんだ、まだ方法は!」
「でも」
「ハハ、何言っているんだい? だからもう、ここのことは忘れるんだね!」
当然の如くマステラはますますその嫌らしい笑み、大きくし、
「もうそれ以外に、選択肢は――」
「フム……だが、本当にそうなのか?」
――かくて嘲笑と落胆混沌と混じり出した中、次の瞬間そんな老女制してリロイが突然静かに口を開いても、少女はあわや、それを完全に聞き逃すところなのだった。
◇
「え?」
「あん?」
「何?」
それはアリソンのみならず他の二人をも同時にそちらへ振り向かせた、何とも引きつける力持った声音だった。
「リロイ……?」
そう、知らずアリソンが呟いていたように、そこに立っている魔道士は、いつしかどこか謎めいた表情現わしていて。
何か重大なこと、これからいざ告げんとするかの如く。
「どういうことだい、そりゃ?」
――ゆえにマステラがすかさず訝しげに訊ねても、対して彼の様相が変わることはまずあり得そうもなかったのである。
「いや、マステラ。あんたの今言ったことが、本当に正しいのかと思ってな」
「?」
「つまり、アリソンたちにはもう諦めるしか道がないのかという」
しかもさらなる不可解さが、次なる言葉には含められており。ロクスム・ハラの領主をして、思わず目を大きく見開かせた程の。
「だって正しいも何も、もうそれしかないだろう? これが紛れもない事実ってやつだ」
「確かに、それを前提条件にすれば」
「前提――?」
よって当然ながら老婆は、そんな相手に対し我知らず怪訝そうな口ぶりとならざるを得なかったのだが――しかし一方当のリロイはリロイでまるで構わず、むしろどこか超然とした一言放ってきたのだ。
「しかしあんたがもうここから出られない、それ以外の前提なんてあるわけが」
「郷に入っては郷に従え、じゃないが、要はここの食べ物云々のあれ、だな。そう、たとえそれが誰であろうと、途端死者の都の住人にしてしまう」
何よりそこには、場違いにも妙に落ち着いた感さえ認められ。
「そうさ、その通り。……あんただって、100年もこの街にいるんだ。重々承知しているはず」
それゆえ応じた老婆の声には、むろん何を今さら、とでも言いたげな響きが明白に含まれている……。
「――だから、それが本当なのか、てことさ」
しかし、リロイの奇妙な雰囲気はいささかも変わることがない。
「その言葉、が」
「? ロクスム・ハラの掟に関してかい? しかしこれこそ、まさに揺るぎない事実――」
「いや、違う。俺が言いたいのは、今の話についてだ」
いや、その語りがいよいよ核心中の核心へ迫ってきたゆえか、むしろその漂わせる様相は怪しさ一層増したくらいで。
「今?」
それゆえ老婆が途端素っ頓狂な声出しても、彼は一向に構わず。
「そう。はっきりと述べた」
――はたして次には、そうした催促するが如き声、放ってもおり。
「あたしが言ったって、でも――」
「ああ。もちろんそれはただ一つ」
「……リロイ、あんたがここの食べ物を、口にしたっていう?」
たちまちマステラをして、ハッと何か重要なこと思い出させていたように。
……ただし刹那、彼女はその自らした発言の余りの内容に、思わず驚いたようでもあったが。
「! な、何だい、だからそれがどうしたって言うのさ。そう、もうそれは変えようのない真実そのものでしかないんだから」
「……だが、見たのか?」
「え?」
「俺が実際、この街で食事するところを」
しかも次いで魔道士が、さらに眉をひそめさせる一言、妙に迫力籠めてのたまってきたとくれば。
「食事? いや、そりゃちゃんと見たことはないが……」
それゆえ当然、老婆の応答はやけに覚束ないものと化し、
それははたして当惑、あるいは不安、そのどちらだったと言うべきか。
「で、でも、そんなの見なくても、あんたが実際100年ここに住んでいるのは歴とした事実なんだから、当然食事もしたんだろ? だったらそんな」
「うむ、確かにいくら俺が力ある魔道士でも、生命体である以上何かは必ず食べなくてはならない。そう、もしそれが死者の都のものであったとしても、それしかないとすれば。……とはいえ、俺だって何も用意せずただこの街へぶち込まれたわけじゃない。すなわち一応、事前にそれなりの準備はしてきたのさ」
「準備、だって?!」
いずれにしても、気づけばその表情もはや慌てているとしか言いようがなく。
「だがまさか! この街へ入る時、あんたの持ち物チェックは充分やった。外のもの一切持ちこませないために。……いや、そもそもたとえそうした食料隠しておけたとしても、100年、その内に必ず尽きてしまうはずだ。だから、いくら準備していたとはいえ……」
「こいつを持っていたとしても、かい?」
「な、何?」
そしてそんなことのたまいつつ、おもむろにニヤリとしたリロイが外套の内側から何か見せつけるように取り出すと、
「は、葉っぱ?」
――たちまち怪訝さに満ちた色で、その顔は厚く覆われていたのである。




